伊東派の勧誘
藤堂と二人きりとなった部屋。突然、苦しそうに胸を押さえた千夜は、苦笑いする。
薬は確かに媚薬だった。
二人にバレない様に平静を装い、冗談まで言った千夜。それは全て、演技であった。
千夜を支える藤堂は、顔を歪めた。
「————っ!ちぃっ!!何で、なんで俺を責めない!裏切ろうとしたのに…。なのに、なんでっっ!」
裏切ろうとした人間までも、彼女は、庇い続ける。藤堂には、その理由なんて分かるわけがなかった。
「仲間だからだよ!どんな理由があろうと、平ちゃんは仲間だよ!
近藤さんの考えが気に入らないから、同門の伊東につくのは違うでしょ?
伊東が平ちゃんの何を知ってるの?
ご落胤?町の人に後ろ指を指された事?人斬り集団だと言われた事?
辛さを知ってるのは、————新選組の仲間でしょ?近藤さんだけが新選組じゃないよ!」
「…だけど俺は……伊東さんに憧れて…」
「————藤堂平助っ!
お前は、仲間を傷つける人間が正しいと言うのか?」
千夜の言葉に、藤堂は、ハッとした。
「私が正しいなんて言わない。私だって間違う時もある。どっちも選べないなら、自分の道を行けばいい。私のように……」
「…ちぃの様に?」
「私は、新選組が好き。近藤さんも好きだけど
近藤さんも間違う時もあるでしょ?
私は、新選組の為に、平和な世の為に戦う。
————私を助けて?平ちゃん。
力を貸して欲しい。」
はぁはぁと、膝をついた千夜を支える藤堂。
俺の身の潔白を訴えるために、わざと薬を飲んで、それでも、まだ俺を仲間だと言う。
助けてくれと…力を貸してくれと、そう言った彼女。伊東が正しいと思った事など無い。
どれだけ悩んでも、どちらが正しいか。その答えは、見つけ出せなかった。
でも、自分の為に、ここまでしてくれる人間は、多分きっと居ない。
そう思ったら、自然と言葉が出たんだ。
「…俺、なんかの力でいいなら……」
と、そんな言葉が————。
それを聞いて、フワッと笑う千夜に、安堵する。
「交渉成立。だね?」
「……ああ。」
お前には、敵わない。
千夜が懐から取り出した白い小瓶。それを見て、藤堂は、千夜に尋ねた。
「……それは?」
「媚薬があるなら、解毒薬もあるってね。火事の中盗み出してきた。」
「…………」
それを一気に飲み干した千夜。
「先に言ってくれっ!焦ったじゃねぇか!」
「まぁ、敵を欺くには味方からってね。
やられっぱなしも、しょうに合わないんで。」
あはっと笑う千夜に脱力する。
————本当、お前はすげぇよ…。
と、藤堂は、笑った。
そして、なんだかんだで、いつもの如く胸の音を聴き始めてしまう千夜を藤堂は、抱きしめる。
ちぃは、総司の恋仲、恋仲、恋仲
でも、まだ好きな女……
と、藤堂の頭の中で何度も復唱される。
「…ちぃ離れた方が……」
ピッタリと張り付いた身体。男とは違う柔らかい身体に、藤堂は、理性を保ちながら口を開く。
色々と、問題がある。理性が……とか。
「いいじゃん、たまには。平ちゃんの心音、聞かせてよ。」
ものすごい可愛いけど、死にたくはない。
藤堂が、そう思った矢先、襖に人影が映り、
スパーンッっと襖が勢いよく開かれた。
「平助っ!」
そして、怒鳴り声に、藤堂の心音が早まった。
「————い、伊東さん!」
現れたのは、伊東であった。
「薬を飲ませたら、連れてくるように言ったはずだが?」
千夜が藤堂に抱きついてる意味を伊東は、知らない。媚薬を飲ませ、藤堂を襲ってるように見えているのか、不機嫌丸出しで千夜を藤堂から引き離した。
伊東は、知らないのだ。心音を聞いているのを邪魔すると千夜は、怒る事を————。
あちゃーっと、藤堂が頭を抱えた。
「あら、あら、ご自分が薬を飲ませられないから人を使う卑怯な方が、何の誤用で?」
薬が効いている筈なのに、千夜は普通に立って伊東を睨みつける。
薬を飲ませれなかったのか?と、藤堂を見るが
彼の表情からは、その答えは、読み取る事は、出来なかった。
「残念ながら、この媚薬、私には、もう効かない。」
ククッと笑う伊東
「だったら別の方法で、ひれ伏させてあげるよ。例えば、仲間を殺してくとかね。
強気にして居られるのは、今のうちだよ。」
伊東は、千夜に近づき、彼女の耳元で
————もっと強い媚薬だってあるんだから。
と、そう囁いた。
背筋を震わせる、その言葉。
————仲間を殺してく?
ダレガ?———ナンノタメニ??
千夜は、呆然とその場に立ち尽くす。
「ちぃから離れろ!」
藤堂が伊東に、殴りかかるが、アッサリとかわされ、彼を蹴倒し壁に叩きつけた伊東は、ニヤリと笑った。
「せっかく、————利用できると思ったのに、使えない男だ。」
少しでも、この男に付いて行こうと思った自分を恥じた。初めから、自分の事など、駒としてしか見て居ない男の発言に、藤堂は、怒りで顔を染め上げた。
「い、伊東っ!テメェ!ちぃから離れろっ!」
そう怒鳴ったものの、蹴倒され、壁に背をつけて立ち上がろうとする藤堂。そんな事には構わずに、伊東は、千夜に近づき彼女の首を締め上げた。
引き離そうと伊東の腕を取るが、男の力に敵うわけなく、畳に叩きつけられる。
クソッ……。体の傷さえ治ってれば……。
懐から銃を取り出し、空砲を三回撃ち鳴らした。……それは千夜のSOS。
バタバタと足音に加え、天井から降ってきた黒い固まり。観察方の山崎である。
チッと舌打ちした伊東は、すぐさま皆が駆けつけた反対側の襖から逃げ去ってしまった。
「大丈夫か?」
と、藤堂に声をかけた山崎。
ゴホゴホと咳き込んだ千夜を横目に映しながら力なく座り込んだ藤堂に、かける言葉が見つからない。
「平ちゃん?」
そこに、千夜が歩み寄る。
自分は、首を絞められたのに、裏切ろうとした自分の心配をする彼女。
「大丈夫だ。俺、利用されてたんだな……情けねぇ……」
「情けなくないよ。私を守ってくれたじゃん。
かっこよかったよ。」
そんな、温かい言葉をくれる千夜に、ただ口角を上げるのに精一杯だった。
「ちぃちゃん!」
げっ…タイミング悪く沖田が部屋へとやってきて、
「平助が格好いいって、流石に傷つくんだけど?」
そんな事を言われても助けてくれたのは、平ちゃんだし。
「アホか、藤堂さんがちぃを助けてくれたから
格好いいって言っただけや。どんだけ、独占欲が強いんや?」
「…………どっか閉じ込めときたいぐらい。」
流石に発想が怖いです。
沖田ならやりかねないと思う藤堂と山崎であった。
それから、隊士が千夜を見張る。そんな日が何日も続いた。
千夜の体の痣も薄くなり、肋骨はまだ完治では無いが回復に向かっていた。
伊東も目立った行動はしてこないし、ごはんに毒も盛られなくなっていった。
かわりに、伊東派の勧誘が始まった。
永倉、原田、他の幹部隊士達に、呑みの席を設け、少しずつ接待をしていた伊東。
だが、飲む場所は島原がお決まりであった。
そこの情報なら、千夜のおかげで容易く手に入れる事ができた。
つまり、伊東の企みは、土方に筒抜け。という事だ。
年も暮れに近づき、山南さんに久しぶりに会うことができた。屯所では無く、長州藩邸で……
今、一番安全な場所だ。
「山南さん!」
無事で良かったと千夜は飛びついた
……が、元気がない。
「山南さん?」
「各藩の協力は、やはりあまり良いものでは無かったですが、何とか、話を聞いて貰えましたよ。」
と、にっこり笑う山南。
「ありがとうございます。話を聞いてくれただけで、私は嬉しいですよ。
それに、山南さんが無事で良かったです。」
そんな言葉に、山南は、彼女の頭を撫でた。
「天狗党は、よ。まだ動きそうにもねぇがな、
少しずつ、情報を得るために京に入ってはきてるみてぇだ。」
そう言ったのは高杉であった。
「幕府の返事はまだなんだろ?」
……そう。二カ月とは言われたが、もうすぐで三カ月になろうとしていた。
幕府が開国に対し、どう考えているのかすら情報が入ってこない。それが、今の状況であった。
「…うん……」
「まぁ、すぐに、わかりましたって言える事でもないですよ。」
それもそうだが……
「本当なら、御所か二条城に、行きたいんだけど…」
伊東一派を警戒しながら、何処かに行くのは、ちょっと無理がある。
幹部をぞろぞろ引き連れていく訳にいかない。屯所をがら空きに出来ないから
「山南さんは、しばらく此処で仕事して貰いますからね?新選組参謀には、沢山仕事をして貰わないと!」
まだ、山南の居場所はあると、千夜は、そう言いたかった。
「それは、ありがたいですね。
伊東さんにくれぐれも見つからないように…。」
「心得ていますよ。桂、高杉、稔麿、
山南さんをお願いします。」
わかったと言った三人の返事を聞き、千夜は、山崎と共に屯所に帰ったのだった。




