藤堂と媚薬
カタンッ
少しの物音にも過敏に反応する千夜。
「あぁ、わりぃ…ちぃ。」
どうやら、藤堂が御飯を運んでくれたのだが、サジを落としてしまった音だったらしい。
そんな千夜を見かねて、土方は、幹部しか千夜には、近づかせなくなっていた。
誰が、伊東派か明白では無い今、再び千夜を狙われる危険性を排除しようという、それが土方の考えであった。
「ちぃ、喉は?」
大丈夫か?そう言う意味だろう。
「…少しなら……」
話せるようにはなった。懐から小瓶を取り出した藤堂に、千夜は、その小瓶を見つめながら首を傾げた。
「何?」
差し出された中身を覗けば、無色透明の液体が入っている。
「…喉に効く薬だってよ。」
「ありがとう。」
素直に受け取る千夜に、藤堂は、視線を逸らしながら口を開く。
「メシ食ったら飲んでみろよ。まぁ、気休めだろうけどな。」
御飯を食べる千夜は、いつもと違い、ソワソワしてる藤堂の様子が気になった。
「…どうしたの?」
「イヤ、あのさ、変な噂を聞いてな……」
「噂……?」
そんな事を気にするような藤堂では無かった筈だ。
「ちぃがさ、芹沢鴨を……殺したって……。
そんな訳ねぇよな。芹沢さんは、自害したんだもんな…」
と、まるで自分に言い聞かせるように、藤堂は言う。
自分を疑ってる。そういう事だろう。
彼は、今、近藤派では無い。
さっきから鼻をくすぐる、伊東の匂い袋の香り。いつかは、言わなきゃいけないとは、思ってた。だから箸を置き、押し入れから書物を出した。芹沢が書き記していた日記だ。
「これ、読んでいいの?」
「うん。」
そんな分厚くもない書物を開いた藤堂
そこに書かれていた内容は、壬生浪士組のあり方。目指す道。会津藩への疑惑、
幕府の腑抜けが!
と書かれている。まぁ、芹沢さんらしいな。と次のページを捲れば、病に苦しむ芹沢鴨の言葉。
逃げ場を失い…たどり着いた答え……
もう、止めてくれ。武士としての死を…。
……頼めるのは千夜しかいない。土方が動き出す……
あいつの覚悟を確かめる……俺を継ぐと言ったあの女の…
そして、自害に見せかける。それで仲間が死なぬのなら、病に負けた無様な武士として死のう
————それでも、武士であり続けたい。
あいつらが知らぬ武士で居続けたい。
ページを開けば、その先は、真っ白だった。
藤堂が千夜を見た瞬間、千夜は、口を開いた。
「芹沢鴨を殺したのは、————私です。」
「……そ…んな……
芹沢さんを暗殺しようとしてたのか?
近藤さんは!
何でちぃが……何でちぃが、やらなきゃならなかったんだ! 」
「……全てを背負う覚悟を芹沢鴨という男に知ってもらうために……」
流れる涙……今、思い出しても、芹沢を殺す事が、あってたのか、わからない。間違ってたのかもわからない。
それでも、芹沢鴨が望んだ。だから、実行した。
それでも、今でも、あいつの声に支えられてる。
「平ちゃんなら、どうする?
自分が病で、もうすぐ死ぬとわかったら 、そのまま、死を待つ?」
「————それはっ!」
ただ、死を待つなんてイヤに決まってる。
武士なら武士らしく、戦って死にたい。
芹沢鴨の気持ちが、ほんの少しだけ、わかった気がした。
「だけど、芹沢さんは、何で会津に……土方さんに……」
「出る杭は打たれるんだよ。
芹沢が怖かったんだろうね。病になっても……。そして、邪魔だった。近藤さんをのし上げるのに————。芹沢は、近藤さんに新選組を託したのに 、何故、分かり合えなかったのかな?」
寂しそうにそう言った千夜。藤堂の渡した小瓶に手をかけた
「ダメだっっっ!それは、飲んだらっ!」
突然怒鳴った藤堂に、千夜は笑った。
「私は、平ちゃんを信じてるから。」
ドタドタと、藤堂の怒鳴り声に沖田らが部屋に入ってきた。
「平助?何?なにがあった?」
千夜が持つ小瓶に目がいく
「ちぃ、頼むそれは……っ!飲んだらダメだっっっ!」
「喉の薬でしょ?」
何をそんなに慌てる必要があるのか?
「平助、テメェちぃに何を!」
胸ぐらを掴む土方
「……伊東さんに……それをちぃに飲ませろと……」
このままじゃ、平ちゃんが……
「よっちゃんもさ、何、熱くなってるの?
ただの薬だよ。飲めばわかるでしょ?」
静止させる事をさせず、千夜は、薬を飲み干した。
「………ちぃ?」
「…にがっ……ほら、なんともない……
よっちゃん、いつまで平ちゃんの胸ぐら掴んでるの?」
ケロリと言い放つ千夜を見て、土方は、藤堂からバッと離した。
「ちぃちゃん、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ?平ちゃんが裏切るわけないじゃん。でしょ?
だって、辛い時も苦しい時も、共に戦ってきたのは、伊東さんじゃなくて、
————私達、新選組でしょ?
藤堂平助は、新選組の大事な仲間だよ。」
「…ちぃ……」
俺は、俺は……!伊東さんに頼まれて…媚薬を……。なのに……俺を庇う為に……
大事な仲間なのに……俺は、なんて事を…!!
「ほら、平ちゃんもそんな顔しない。大丈夫だって言ってるじゃん。みんなも、仕事に戻って?」
「本当に大丈夫なんだな?」
「……よっちゃん、姑みたいだよ?」
「誰が姑だ!」
「しつこいって事ですよーだ。」
「………お前、可愛くねぇ。」
「可愛さなんか求めてません。」
「はっ!それぐれぇ元気なら、大丈夫だな…」
と、部屋を退室しようとした土方。しかし、動こうとしない沖田に、千夜は、ため息を吐いた。
「総ちゃん、仕事しないとダメだよね?
隊務をおろそかにしたら、近藤さんにいいつけるよ?」
「そ、それは、ダメです!」
「じゃあ、戻ろうね。私は平気だから。」
「わかった……」
渋々ではあったが、二人は、部屋から出て行った。




