誘拐と帰還
パチパチと音を立てて西本願寺を燃やしていく。しかし、その炎は、ボヤ程度のモノであった。
まるで、焚き火を見る様な山南の姿に、藤堂は、困惑しながらも、彼に声をかけた。
「よかったのかよ?山南さん。寺に火をつけっちまって……。」
「彼女が中に居るんです。致し方ないでしょう。平助、火消しを呼んでください。」
「おうよ!」
まかせとけ!と、言わん限りに走っていった藤堂を見て苦笑いする山南。
彼の目的は、西本願寺を燃やす事ではない。
「私には、やるべき事があるんですよ。」
そう言って、
燃える西本願寺に入ってく山南。目指す先は、千夜がいる部屋であった。
*
放たれた炎に、伊東は、部屋から逃げ出した。
「伊東さん! 寺に火が!」
慌てふためく鈴木ら伊東派の連中は、
あろう事か、千夜を置き去りに逃げ出していった。
この時、千夜は、違和感を覚えた。
————火を放ったのはこの部屋だけの筈。
なのに、開け放たれたままの襖から見える場所も、赤く燃え上がっている。
何が起こっているかわからない千夜は、その場に倒れこむ。
身体が痛い。声も出ない。
私は、ここで死ぬのか?歴史を変えられずに……
彼女の周りに襲い来る炎。煙だらけのその部屋に居るはずのない人物が現れた。
千夜を抱き上げ、優しい声色で彼女に話しかけた。
「……今から言うことを良く聞いて?」
唇の動きだけを見ながら、彼の話しに耳を傾けた。話が終わり、碧い瞳が見開かれる。
「大丈夫。もう、心配ない。」
その言葉に、煙を吸いすぎたのか睡眠薬なのかわからないが、千夜の意識は、遠のいていた。
目が覚めた時、目の前には、へいちゃんの姿があったーーーー。
「ちぃっ!山南さんは! ?」
「………っ。」
声を出そうとする千夜だったが、喉に手をやり、顔を顰めた。声が出ないのだ。薬と煙の所為で……。
燃え上がる一部を指差し、彼は、そこに居ると藤堂に伝えた。
そんな場所に、彼は居ない。それを知りながらも、そうするしかなかった。
『私を死んだことにして下さい。逃げるわけではない。新選組の為に、各藩に訴えかけてみます。開国と、日本を一つにする為に…』
そう言った彼の想いを、足蹴にする事などできるはずがない。
「……そんなっ!山南さんっっっ! !」
例え、仲間が、悲痛な叫びをあげようとも、本当の事など言えなかった。
……ごめんなさい。嘘をついて。
泣き叫ぶ藤堂を見ながら、千夜もまた、涙を、流した。それは、悲しみの涙では無かったーーーー。
火がおさまった時、千夜がいた部屋から遺体が見つかった。それは、山南のものではない。しかし、後日、その遺体は、何故か、山南の遺体として処理をされたのだった。
藤堂に抱き抱えられるかたちで、馬で屯所に帰った千夜。
「ちぃちゃん!」
帰ってすぐ駆け寄って来たのは、沖田であった。
「………」
自分を真っ直ぐに見つめる彼女は、不安げに瞳を揺らす。
「総司、ちぃは、西本願寺の火事の所為で、声が一時的に出ない、みたいなんだ。」
「……大丈夫なんだよね?」
「千夜。」
「ちぃ。」
「あぁ、ちぃ。は、な。
ただ、山南さんが————死んだ。」
何言ってるの?
「平助、なに?冗談だよね?山南さんが、死ぬわけ……」
「死んだんだよ!西本願寺でっ!!ちぃを逃そうとして!!」
私の所為でいい。そう思って、病院に連れて行かれた時に、平ちゃんにはそう伝えた。
山南さんは、私を助け様として、倒れてきた仏具によって、身動きが取れなくなってしまったと……。
生きてるなんて、言えるわけない。本人が、死んだことにして欲しいと言ったのだから…。
これで、平ちゃんが伊東と行動を共にしようとも、私には、まだ、切り札がある。平ちゃんを殺させない為の切り札が————。
恨むなら、私を恨んで。仲間が辛い表情を見せても、目的の為なら、平気で嘘を吐く。全ては、みんなの為だと、そう信じるしかない。
「何かあったんですか?平助、久しいですね。」
何食わぬ顔で、その場に現れた伊東の声に
「…伊東さん。」
藤堂は、声を上げ、
千夜は、キュッと沖田の着物を握った。
ススだらけの千夜とは対照的に、着替えたのか
綺麗な着物の伊東の姿。
「すいません、伊東さん。
ちぃを休ませますので、失礼します。」
そう言って、副長室に幹部達がなだれ込んだ。
千夜の思いがわかる文を土方が皆の前に置く
「ちぃ。山南さんは、死んでないな?」
スラスラと、千夜の考えてる事が書かれていく。
中村が、千夜が長州に捕まる前に、土方に託した一冊の何も書かれていない書物。それは、千夜の想いを綴れる書物。これを使われて仕舞えば、千夜の嘘は、いとも簡単に暴かれてしまう。
読み進めてく皆は、ツラツラと書かれていく内容に驚きを隠せない。無論、藤堂にもそれは伝えられる……
「伊東の野郎……」
「声が出ないのは、煙だけか?」
と、尋ねられれば、無条件に千夜の想いは、綴られていってしまう。
伊東に媚薬を飲まされたことも、犯されそうになり、伊東が新選組の誰かを殺そうとしてる事
彼の狙いは、千夜である事まで、皆に知られてしまった。
伊東は、離脱を考えてるが秘策があると。
まだ今は、伊東を泳がせて欲しいという千夜の考えが、スラスラ書き進められる。
「でも、西本願寺からは遺体が!」
そこで、千夜の想いが書き綴られていく書物が何も書き綴られなくなった。
「おかしくねぇか?あの遺体。
ちぃが居た場所は確かに火は凄かったけどよ、ボヤ程度の火事だったのに、少し離れた場所にから見つかった遺体は真っ黒だったんだ?」
そう言われれば、火事で遺体が見つかったが
西本願寺が燃やし尽くされた訳じゃない。
あの遺体は、何故、真っ黒だったのだろうか?まるで、身元が知れる事を嫌がっているかの様に————。
「………。とりあえず、今は、ちぃちゃんを休ませてあげてください。4日も監禁されてたんですから…」
4日?そんなに私あそこに居たの?
光も届かないし、たまに人が入ってくるだけだったから、全く日にちがわからなかった————。
「ああ。そうだな。見張りは増やすからな。」
嫌とは言えない千夜は、コクンッと頷いた。




