伊東と西本願寺
ーーーー
ーーー
ーー
「……うっ……」
白い煙が部屋の中を漂う。
「……やっと起きた。」
目を覚ました途端、視界に入ったのは、ニヤリと笑った伊東甲子太郎の姿。
身体を強張らせながらも、逃げ道を目だけで探すのは、観察の癖だろうか?
ぐるりと見渡したが、逃げ道は、伊東の後ろの扉、ただ一つ。自分が、今、何処に居るのかさえ、全くわからない。
「逃げ出そうなんて考えない方がいいよ?外はね、たくさんの仲間がいるから。」
たくさんの仲間?
伊東にそんなに、たくさんの仲間がいたか?
「君は、俺の言うことを聞いてればいい。」
白い煙がなんなのか、わかってる。
……私を洗脳しようとしてるんだろう。
身体を起こそうとするが、腕を後ろに縛られていて身動きすら取れない。
自分の前に膝をついた伊東が、少し笑みを浮かべて、顎を持ち上げた。
「千夜。」
甘ったるい声が、気持ちが悪い。触るな!叫びたいのに声が出ない。
……何で……どうして……?
口の端から流れるのは……唾液……
「こんな煙がきかないのは、知ってるからね。
異国から取り寄せた、強い媚薬を飲ませたんだよ。……効いてるみたいだね?」.
ニヤリと笑った伊東。ゾクリと背筋が冷たくなって、鳥肌さえ立ってしまった千夜。
声を上げようとするが、やはり、声は出なかった。
だらしなく口の端から垂れた唾液を舐め取られ
伊東に唇を奪われる。
怖い……怖い……コワイ!!!総ちゃん!助けて……。
涙が、自然と溢れ落ちる。
「泣いてる顔も……そそられる……」
そのまま、首筋に顔を埋める伊東。
気持ち悪い……!気持ち悪い……!
イヤだ……!!
こんな奴に、抱かれたくない。
何も感じない。頭が拒絶する。
「クスッ。まだ、抱かないよ。
お楽しみは、まだ、————とっとかないとね。」
グッと、折れたままの肋骨を押される。
「……ぐっ……う…ぅ…はぁ……」
「いいか?逃げるなよ。逃げたら、お前の仲間が一人づつ————死んでいく。」
その言葉に、千夜の目は、大きく見開かれた。
冷静に物事が考えれない。力無く布団に横たえられ、伊東は部屋から出て行った。
私が逃げたら……みんなが死ぬ?イヤだ…
声が出ない事で、千夜の念を込めた紙が使えない。
使えるとすれば、次に伊東が来た時だろう。
窓も無い封鎖された部屋。
ここ……私は知ってる……西本願寺……
遺体を安置する場所なのか、死臭がする。血生臭い匂いさえする。そしてお香の香りが漂ってきた。
……吐き気がする。
声が出ない恐怖。手首を縛られる恐怖。
せめて、無事だと知らせたい。
懐に忍ばせて居た紙を、どうにか口で取り出し、布団に置き、後ろに縛られた手で撫でた。
「…そ……ちゃ……ん……つぅ……」
必死に声を出そうとすると
喉が潰れてしまうのではないかと思うほどの激痛が千夜を襲う。
離れすぎてるのか、紙からは返事がない。
手の縄をどうにか切り落とせないか?
だが、見つかればそこまでだ。
外に出られる扉は、目の前にあるのに、
痛めつけたのは此処に閉じ込めるためか?
ただ、救いだったのは、千夜の着物は着替えさせられていないという事。
袴に、幾つかのクナイが縫い付けてある。
何処かに、隠さねば……
コレを取り上げられたら武器はない。
懐のモノは、紙と薬の入った巾着しかない。
薬なんか役に立たない…
媚薬……抗生物質……喘息の薬……安定剤……
使えない…。これらの薬は乱用すれば麻薬と同様、強い依存や正常な脳に非可逆的なダメージを与えることになる。とにかく今は、クナイを隠さなきゃ……
全部で7本のクナイを動ける範囲で隠す。
寺の中だけあって、装飾品は多い。
腕の縄の見えない部分を少し切り
最後のクナイを布団を少し切り裂き中に隠した。
さすがに銃や武器になる物は、全て取り上げたらしいが、千夜は、まだ火薬を薬包の中に潜ませてあった。
何かあれば、吹き飛ばす事は可能。
「…はっ……痛……」
喉が異常に渇く。水が……欲しい…。
起き上がってられる時間も長くない。体力を温存しようと、布団に寝転んだら、また、足音が聞こえてきた。
スッと開かれた襖に薄気味悪い伊東の姿。
外には、見張りがいた。それしか、確認出来ないままに、襖は、閉じられた。
寝転がったまま伊東を見る。肩で息をする千夜の姿に、
「…弱った姿もイイね……」
伊東は、そう言い放った。本当に気持ち悪い奴。
「コレが欲しくない?」
竹筒を見せつける伊東。
……水……
物欲しそうな千夜の目を見て、伊東は、千夜の目の晒しを乱暴に外した。現れた綺麗な瞳を見つめて、満足そうに彼女に問いかける。
「水、欲しい?」
……水は……欲しい……。喉が異常に渇いて仕方ない。だから、素直ぬコクっと頷いた。
ニヤリと笑って近づいてくる伊東を危険視しているのに、身体が動かない。
さっき、クナイを隠すのに体力を使い切ってしまったのか?
逃げたい。けど、伊東の手に持つ水が、どうしても欲しい ————。
気づけば、千夜は、伊東の腕の中に居た。
「素直だね。じゃあ、あげるよ……。美味しい水をね。」
自らの口に竹筒の水を流し込み、千夜の唇に水を流す。
気持ち悪いのに、水が欲しくて、受け入れてしまう。口の中に入ってきた生暖かいモノ。
頭では理解してる筈なのに、身体が言うことをきいてくれない。
……イヤだ……やめて……
おかしくなる。ただ、伊東の口から与えられる生暖かい水が、千夜の喉を通過していく。
満足したのか、千夜を抱き締める伊東。
突き飛ばしたい。総ちゃんに会いたい。
動いて……私の身体……
「ちぃちゃん……」
ビクッと身体が反応する。
違う……目の前の男は、総ちゃんじゃない。
なのに……何故、総ちゃんに見えるの?
媚薬の所為?
身体を撫でられ、唇を奪われる。
違う……違う……総ちゃんの触り方じゃない!
「———嫌っ!」
伊東を突き飛ばした 。
「どうしたの?ちぃちゃん?
………クククッ。まだ、ダメか。時期に、身も心も俺に捧げるよ。
君は———、絶対にね。
だって新選組が大事だもんね?手始めに、誰を痛めつけようか?決めさせてあげるよ。君に。」
「だ……ゴホゴホッ」
誰も、傷つけさせない……
「ほら、そんなに苦しそうなのに、声を出すから……。
痛みを取ってあげるよ?俺には、それが出来る。」
そして再び、奴と唇が重なった。
口に流された苦いモノを受け入れるしかなく飲み込んだ。
しかし、すぐに不思議と喉の痛みが引いたのだ。———薬?
「千夜さえ居れば、新選組から手を引いてあげるのに。」
私から、新選組を取り上げるの?
イヤだと首を振る
「そんなに、新選組が大事?」
ギュッと痛む場所を握りしめられる。言う事を聞け。そう言ってるかの様に。
「………う………っ……」
こいつは頭がイカれてる。
千夜の首を絞めながら、唇を乱暴に奪う。
息が出来ない千夜は、伊東の着物を握りしめる。
何がしたいの?どうして?私なの?
自然と、千夜の目から涙が流れる。
「君は、俺の言うことを聞いてればいい。」
また、口に薬のようなモノを流され、無条件に飲み込んでしまう。
はぁはぁ……
「言うことなんか……聞かない……ゴホゴホッ」
布団に組み敷かれた状態のまま、左右に開かれた着物。伊東の唇が千夜の白い肌を這いずりまわる。
……こいつに……抱かれるぐらいなら……
千夜は、もがき、行灯を倒した。
炎があっという間に広がる。
抱かれるぐらいならいっそ、一か八か、木っ端微塵にしてしまおう。
————懐にある、火薬を使って…




