女だからって舐めんな。
沖田によって、捲られた布団。
胸当てと腰巻の姿のままの千夜の姿。
襦袢は羽織らせてはあるが、脱がす時に、小さな呻き声を上げた千夜に帯びをしめられないでいた沖田。
肋骨を折られてるかもしれない。そう考え、
腹の痣が痛むだろうに、帯びなんて巻けなかった。
その姿に、発句集を片手に唖然とする土方。
「さっき、部屋に来たら………ちぃちゃんが倒れてて……今、布団に横にして、痣を冷やして…たん……です…。腕も、腫れ上がってて……
足も………」
気が動転してるのか、ショックが大きいのか、
言葉に詰まる沖田。
「…かっ……つ……ふぅ……」
辛いのか、寝ながらも呻き声を漏らす千夜は、なんとも痛々しかった。
「……と、とにかく医者を!山崎は今いねぇんだ、総司は、腫れてる場所を冷やしてやれ!」
「……は…い。」
ドタドタと平隊士か誰かに医者を呼ぶように声をかけに行った土方
何で、ちぃが!
そんな声が聞こえた…
「…もっと早く気づいてあげたら……こんな事には……」
手には沖田が贈った桜色の手ぬぐい。右手は治ったのに、彼女はコレを離さない。
「千夜……ごめん。」
沖田も誰も悪くない。でも、謝らずに居られなかった。————気づけなかった自分自身に
しばらくして、松本良順先生が屯所に現れた。
そして、千夜の傷を見て、
「胸の骨が三本。折れとりますね。腕も上げるのが辛いかと…」
そんな素振りも見せなかった。痛いとも何も……
「…千夜くんは、御飯を食べてないのでは無いか?前に会った時より、痩せたように見える。」
そこで、沖田は思い出す。
『伊東甲子太郎に毒を盛られ土方の弱点だと罵られた。』そう言った千夜の言葉を……
「……毒…。きっと、毒を盛られて、御飯を食べられなかったんじゃ…?」
「だけど、どうして、」そう思うのか?と、沖田に尋ねる土方。その視線に、沖田は、少し躊躇いながらも口を開いた。
「ちぃちゃんが過去に、土方さんの弱点だと罵られたと……」
「…伊東か……?」
「…そうです。」
ガシガシと頭を掻く土方。近藤が気に入ってる伊東に何も証拠が無いのに言いがかりをつける事はできない。
「しばらく、この事は伏せろ。」
「土方さん!なんでですか!」
「明日から山崎をつける。証拠があれば、叩けるだろうが…な。
俺だってな、お前と同じだよ。今すぐにぶん殴って腕の一本でも、へし折ってやりてぇよ。
でも、出来ねぇんだよ!
……おれは、新選組の副長なんだから…」
「………」
そんなの、わかってるよ……
僕だって、彼女を傷つけた奴らを殺してやりたい。それすら出来ず、赤く腫れた場所を冷やしてやる事しか、できないなんて————っ。
しばらくして、千夜は目を覚ました。布団に寝かされいる事に、ただ、傷がばれてしまったんだと、悟る。見られたくは、なかった。己の傷だらけの身体なんて………。
だけど沖田は、千夜には何も問わなかった。
誰にやられたか?とも、どうして黙ってたか?とも…!逆にそれが、酷く、怖かった。
「…お腹減ったでしょ?お粥なら食べれる?」
「……えっと、総ちゃんが作るんじゃないよね?」
つい、前に作ってくれた、黒い異臭を放ったお粥を思い出してしまったのだ。
「ん?僕それぐらい作れるよ?前のは、土方さんが作ったんだよ?」
……本当ですか?とは聞けない……
「…じゃあ、お願いします。」
としか、言えません。
「じゃあ、待っててね。」
と、部屋を出て行った沖田の背を見送り、とりあえず、痛む身体に帯を締め、松本先生が処方してくれた痛み止めは飲まず、未来の鎮痛剤を飲む。
大麻ばかり体に入れたくないからだ。
スッと襖が開く音に、随分と帰りが早いな。と、振り返った瞬間、
口を押さえられ、折れた肋骨を鷲掴みにされる。そして、そのまま、布団へと倒れ込んだ。
「あ〝ぅ…ぐっ……う……」
目の前の男は、口に狐を描き、千夜を組み敷いた。
「いい声ですね。……それに、いい表情……」
気持ち悪い事を言ってんな!伊東!
そう思っても、手で口を塞がれ声が漏れるだけ
痛みで、身体が動かない。胸を押し返しても、ビクともしない、鍛え上げられた男に、なすすべも無く、ただ、距離を取るためだけに、胸を押し返し続ける。
「何故、私が、新選組になんかに入ったか教えてあげましょうか?……………君菊……」
目を見開く千夜に、満足そうに目尻を下げる伊東。
何故?何故、私が君菊だと知ってる?
なんで?髪だって目の色だって……全く違う。
バレるはずはない。
そんな、慌てる千夜を伊東は、抱きしめた。
離れたいのに離れられない。口から手が離れたと思ったら、今度は違うモノが当てられる。生暖かいソレは、伊東の唇だ。
気持ち悪さに、千夜は、ガリッと噛み付いた。
「…つっ…」
離れようと、もがけば、痛む場所を掴まれる。
「…ぐぁあ……んっ……」
「俺のモノに…。」
ふるふると頭を横に振る。
君菊が私だと知れようが、そんなのはどうでもいい。
私が、好きなのは総ちゃん。
なのに、自らの唇を奪う男は、全く違う男…………嫌だ……嫌だっ!
そう思うのに、離れない唇。離せない身体…
「新選組なんてどうでもいい。お前を手に入れれば、日本は、俺のモノだ……」
全て知っているという事だ。長州、薩摩、坂本の事を…もがく千夜だが、それは、些細な抵抗にしか、なってくれなかった。伊東は、クスッと黒い笑みを見せ、
「————新選組を潰されたくなかったら
言うことを聞け。」
言うことを聞かなければ、新選組を潰す…?
天狗党とも関わりがある伊東。
身体の力が、抜けてしまいそうになる。
私が愛した浅葱色の羽織を纏った男達。彼らは強く、賊軍となってもなお、戦い続けた。
それは、幕府なんかの為じゃない
————己の志しの為に戦った。
彼らは武士だ。信念だけは、曲げやしないっ!
千夜は、伊東の胸を押し返して居た腕を布団へと落とした。
「そんなに、新選組が大事か?己の身体を売ってまで……ククッ」
なにが、おかしいのか?
「抱きたいなら、抱けば……?それでも、私はお前の言う通りにはならない。」
伊東は、千夜の首筋に顔を埋めようとする。しかし、千夜は、再び口を開いた。
「お前、何か勘違いをしてないか?
新選組は、お前が思ってるほど弱くない。
テメェに潰される様な組じゃねぇ!
そして、お前が思ってるほど、私は、弱くないっ!! 」
ドカッと音がして、伊東が、体制を崩した。そして、その隙をつき、千夜は、立ち上がりカチャっと伊東の頭に銃を突きつけた。
「女だからって舐めるなと、言ったはずだ……。」
「クククッますます欲しくなった。…必ず手にいれてやる……お前を。な。」
そう言い捨てて、伊東は、部屋を後にした。
吐き気がする。千夜は、痛む身体を抱きしめながら、そのまま畳にへたり込んだ。
カタカタ震える身体……怖かった……
唇をゴシゴシと袖で拭く。あかくなるほど強く、強く、拭き続けた……。




