伊東甲子太郎、入隊
伊東甲子太郎が来てから、二、三日は何事も無かった。
四日目、食事中に千夜が口元を覆った。
……毒だ…
何事も無かったようにお茶を飲む。微量だが、全てのモノに毒を入れられている。
ニヤリと笑った伊東の顔に、背筋がゾクゾクとする。
それだけじゃない。
伊東派からの暴力、幹部も平隊士もいない場所でだ。
女は、新選組に必要ないと、すぐに出て行けと
怒鳴られ、着物で隠れる場所ばかりを狙う奴ら。
叩きのめすのは、簡単なんだ。
だけど、今は耐える事しか出来ない。
次の日の朝、伊東に遭遇した。
「あら、千夜さん。勉強会を開く事になったんですよ。
いかがです?ご一緒に……」
勉強会。
「別に構いませんけど…」
それがいけなかったんだ。
その日を気に、伊東がやたらと千夜に近づく様になった。
肩を抱いたりと、必要ないのに触れてくる。
立場が私より上。
だから、文句を言えない訳ではない。近づいてくるなら、伊東の本性がわかるかもしれない。だから、あえて、文句は言わない。触られようが、ただ、耐えるだけ……。
そして、伊東が言っていた、勉強会が夜、始まった。
「攘夷は必要なんです!」
力説する伊東。
攘夷は必要だと、そう言う彼に、疑問を抱いた。
どう考えても、おかしい。近藤さんは攘夷の無意味を知った筈。なのに、伊東は、攘夷は必要と言う。
————何故?
伊東は、開国派だと歴史書の一部の本には書かれていた。
だが、目の前の伊東は攘夷派だと、自ら訴えている……。
何故、伊東を入隊させたかったのか?
学があるから?
学があるのは山南さんだって同じだ。厳し過ぎる局中法度。それによる脱走者は確かに多い。
一時期、250人はいた新選組隊士
だが、今は180人程……。
厳しくするのは、隊士を武士だと扱うから…。
でも、本当にそれだけなのだろうか?
私の知らない場所で、何かが起きてるんじゃないか?
伊東派の暴力。
私が、邪魔なんじゃないか?
新選組にとって————
伊東派からの暴行の時に感じた視線、
それは……一体誰だった?
————私は、みんなを守りたいだけ……。
仲間は誰?
食事に盛られる毒に、殴られ蹴られる日々。
そんな日が、二週間は続いていた。
二週間、夜は島原や御所に身を寄せ、
総ちゃんに身体の痣を知られぬ様にした。
帯が腹の痣に触れて痛む。
腕を上げるのも痛くてたまらない。
朝、屯所に戻れば、男達の足音が聞こえてくる。
また……始まる。殴られ、蹴られ、泣きもしない千夜
ペッと口の中の鉄臭い赤を吐き出した。
グイッと、胸ぐらを捕まれ、ハラリと落ちた文に、初めて、千夜が、目を見開いた。
————芹沢が残した私への、文————
地に落ちた瞬間に、グチャっと踏みつけられた文。
『お前は、それでいいのか?』
いい訳ない。芹沢を侮辱された。
落ちた文は拾えばいい。そう思っていた私に、落とされ汚されたら、文を書いた者への侮辱だと、教えてくれたのは……
芹沢————。
「なんだ?これ……」
文を拾い宛名を見た伊東派
「芹沢って、元局長だろ?荒くれ者だって話じゃねぇか!
女遊びも激しかったんだろ!
武士なんて、名ばかりだな!!こんな文……」
ビリッと破かれ、無残に地へと落ちた文。
キッと睨んだ千夜の目に、男達は後退する。
反抗なんかしなかった。ただ、殴られてただけの女だった筈なのに、殺気まで放つ。
女物の着物のサイドをビリッと破き、伊東派の一人に回し蹴りを食らわした。
「————!痛っ。」
「うるせぇよ!人が、黙ってればいい気になって!
私を殴りたいなら殴れ!私への暴言なら、いくでも言えばいいっ!だけどな。
———— 芹沢鴨への侮辱だけは、絶対許さない!!」
「————クソアマが!テメェなんか、新選組にはいらねぇんだよ!」
クスッと笑う千夜
「弱い男程、……………よく吠える。」
「なんだと!」
「私を止めれる男は、たった一人しか居ないんだよ!」
ドスッ!ガコンッ!!
「————痛っ……」
振り上げるたびに痛む腕に、締め付けてる帯、
食事もまともにしてない千夜に、余裕なんで言葉は、なかった。
男は、7人。刃物を使うわけにも、銃を使うわけにもいかない……。
思い通りに動いてくれない身体
地に落ちたままの文。
芹沢が私に残した、たった一通の大事な文。
「————己の信じた道を……」
信じれば、必ず道なき場所に道は開かれる。
『クソガキが芹沢鴨を継いだお前は
……そんなに弱いのか?
武士になりたいと、日本を変えたいと言ったのは
どこの、クソガキだっ! !』
クソジジイ……死んでまでもうるさい奴……
それでも、私は、あんたに憧れた。
病におかされても、逃げ道をなくされても
決して諦めはしなかった。
最後まで武士であり続けたお前を
継いだのは私だ……負ける事は許されない
「————壬生浪士組の為に…」
芹沢鴨の為に、新選組の為に、痛い腕も、腹も、今は、忘れろ。
ドンッドカッドスッ次々に倒れていく男達。
「……つ、強い…」
「…何言ってんの?お前らが弱すぎんだよ!
新選組を舐めんな。
テメェらなんか、平隊士より弱い!悔しかったら強くなって、私を倒してみろ!いつでも相手になる。」
呆然とした男達をほっといたまま
破かれた手紙を拾い上げ、部屋に戻った
倒れる様に畳に倒れこんで、手紙をパズルの様に並べる
「……つっ…くぅふ……はっ…」
痛い……イタイ
帯びを緩めたいが、倒れこんだまま身体が動かない。
破いたままの裾から白い足がでているが、そこすら痣だらけ。
着替えなきゃ、総ちゃんに、ばれる。
そう思うのに、身体は全く動かず、そのまま意識を飛ばしてしまった。
*
巡査も終わり、嫌でたまらない副長室への報告。
その後、
「まぁ、いいもの盗んじゃったけどね~」
っと手に持つ書物”豊玉発句集”
ヒラヒラと手元の書物を揺らす。
ちぃちゃんとでも読もうと前川邸に足を向けた。
「ちぃちゃん?」
襖越しに声をかけるが返事がない
別に勝手に入っても構わない筈なのに、なぜだか声をかけた。
スッと開けた襖の中を見て、目を見開かずに居られなかった。
破けた着物の裾……
多分千夜が破いたのだろう。襲われたなら帯も胸元もはだけて居るはずだ。
白い足の赤やらムラサキやらの痣……。
倒れたちぃちゃんの前には、いつも大事に持っていた芹沢鴨からの最初で最後の文が無残に破かれ泥だらけ。
それを並べてから意識を飛ばしてしまったのか?
とにかく部屋に入って、ちぃちゃんの身体の様子を見る。
口の端から少量の血。
「……一体何が……」
足の痣。だったら身体にもあるはず。
「…ちぃちゃん、ごめんね。ちょっと、脱がすから……」
気絶してる千夜に優しく声をかける沖田。
シュルッと帯びを解き
「………うっ……くっ……」
かなり痛そうな呻き声だが、目は覚まさない。
胸当てと腰巻のみの姿になった千夜
「………酷い…」
腹の辺りは、紫というより、黒みかかり…胸当ての隙間からも赤く腫れ上がったのがわかる
腕も色とりどりの痣
いつから……なんで?
どうしていいかわからず桶に水を張り、冷やす。
そっと布団に横たえる
……軽い……
「…なんでちぃちゃんが……」
二週間前から
千夜を抱いてない
島原だとか御所に用事があると
これが……原因か……。
なんでもっと早くきづかなかったんだ!
ドタドタドタドタ
スパーンッ
「 総司!テメェは
また、俺のものを勝手に持ち出しやがって! !」
ポイッと土方に投げ返された句集
いつもなら
追っかけっこに発展するのに……
ふと横になってる千夜に視線を向ける
布団を掛けてあるため、
普通に寝てるようにしか見えない
「ちぃどうした?
こんな時間にねるなんて……」
「土方さん、そこ閉めて下さい。」
わけがわからないが
とりあえず部屋に入って襖を閉めた
ゆっくり、 布団をめくった…




