水戸へ。天狗党を探りに
布団に縛り付けられそうな勢いだったから、
その前に、布団には入ったものの、ねれない。
熱があるって言っても、今は、微熱。
たいしたこともない。夜になると上がるけども。
禁門の変も起こらず、京は平和。
だけど、水戸の出である天狗党が動き出したらしい。
長州と、ケイキは、
天狗党では無いが、深く関係がある。
高杉に関しては、下関での釈明に
古事記をツラツラと述べたらしい。頭使うの疲れたんだね……。きっと。
屯所の増築もはじまり、馬小屋よりも、馬が先に届いたから前川邸の蔵が馬小屋になってしまっている。
長州藩主も、下関の賠償金や奇兵隊の成果を褒め、牢から釈放された。
坂本と中岡は長州藩に身を潜めてもらった。
新選組は、今は、安全では無いからだ。
千夜も安全じゃない。襖の向こうには、原田が、槍を持ってるし、部屋には、文机に向って座ってる土方が、物音がする度に振り返る鬼……。
病人じゃないってば!と、叫びたい。
まさかコレ、伊東が来るまで続かないよね?
本当やめて…… ?
三日後、千夜の熱は下がった。
幹部隊士達は、千夜を外に出さない様にするのに必死である。
————無駄なのにね。
今日の夜、千夜は江戸ではなく水戸に発つ。
伊東ばかりに、気をとられてはならない。天狗党が、少しずつではあるが京へ来ている。
幕府の方針が、開国に向けば、京は、激戦地になるのは、目に見えて、分かる事だ。なにしろ、政治の中心は、この京にあるのだから。
尊王攘夷を掲げる新選組隊士も、離隊となれば、切腹になる。————切腹なんてさせない。
新たな世を拒み死を選ぶなら、
せめて、私の手で最後を————。
新選組だけではない。大きな戦が起きる。
たくさんの人が、死んでしまう……。
それでも、幕府の方針が決まれば、どちらにせよ、争いが始まるのだ。
その中で大きな勢力を持つ、天狗党。どうしても、動きを知りたかったのだ。
公武合体派は土佐藩、越前福井藩、宇和島藩
だが、藩の中にも、色んな思想の人間がいるのだ。全てが味方ではない。
もう、史実なんか、役に立たない。
もう、誰も知らない歴史を歩みだしたのだ。
それが、間違ってるのか、合っているのか、
誰もわからぬまま時は流れるのだ……。
残酷な日本の争いへと————。
早朝、いつものように、山崎が千夜の部屋にやってきた。襖を開け、部屋に入ると、手に持っていた晒しやらを畳に落としてしまった。
部屋の中の布団は、綺麗に畳まれ、人の姿はない。部屋にいる筈の千夜の姿すらない。
慌てて刀を確認するが、千夜が大切にしていた
芹沢鴨の刀が、どこを探しても見つからなかった。
————これは、誘拐ではない。
千夜は自ら動き出したのだと、山崎は、考えた。それが、何処に行ったのか、わからない
山崎は、急いで副長、幹部隊士に知らせを入れ、すぐさま、捜索へと隊士達が駆り出された。
「……総司に、殺される…」
藤堂が、頭を抱えながら、そう言った。
そして、突然、頭を上げた藤堂は、急に、駆け出したのだった。
何故だか、あの場所に、何かある様な、そんな気がして藤堂は走った。
毎日、毎日、欠かす事は、ほとんど無かった芹沢鴨の墓参りをする千夜を思い出した藤堂。
はぁはぁ。と、息を切らし、たどり着いた場所は、墓場。
芹沢の墓の前に、普通、文など置く事は無いだろう場所に、文があった。
「……ちぃ、お前、何やってんだよ!」
居ない人間に怒鳴る藤堂。これで、誘拐でない事は、明白となった訳だ。彼女の身を案じ、ただ、大事に文を抱きしめた。藤堂も、山南も、
千夜を探してやれない。明日、御所に移動が決まっていた。
だからこそ、この日、千夜は、水戸に発ったのだ。そんな事すら知らず、藤堂は、文を持ち、
屯所に戻らざるを得なかった。
屯所につき、文を開く。
藤堂の周りには、いつものメンバーが集められていた。
「勝手に、居なくなり、申し訳ありません。
自分の生まれ故郷である水戸にいき、天狗党の動きを探る為、突然いなくなる事をお許しください。
水戸徳川家は、尊王ですが、開国は受け入れられないでしょう。
幕府の決断は、まだのはず。
下関の事を話している段階では、当分の動きは無いかと思われます。
長州には、グラバーに、武器の調達をお願いしています。
三日。三日で必ず帰ります。
怪我のなきよう、ご武運をお祈り申し上げます。」
ガタンっ
「ど阿呆が! !まだ、熱下がったばっかなんねんぞ!何、考えとんねん!」
誰に、怒鳴っていいのかさえ、わからない。当の本人は、そこには居ないのだから………。
残された紙に怒りをぶつける山崎。皆、気持ちは、同じだった————。
*****
桜色の髪を靡かせて、東海道を馬で駆ける千夜の姿。彼女の顔には、焦りが感じられた。
関所なんか、通ってる場合ではない。女は、厳しく取り締まられる。
手形は、もっていても、そんなものは、飾りにしか過ぎない。偽物と言われるのがオチだ。獣道や畦道を馬で通るしかない。
獣道に入れば盗賊、山賊に出会う確率が高い。しかし、今は、ここを通るしか無い。
三日。本当なら、水戸に到着なんてする筈がない。龍馬に頼んで船を出してもらえばよかった。と、千夜は、そんな事を考える。
「千夜!少し休もう!」
後ろで馬を走らせる男が、そう叫んだ。
「………」
以蔵なんか連れてくるんじゃなかった。
「急いでんの!休みたいなら一人で休め!置いてくよ!山賊にでも食われてしまえ!」
そんな千夜の冷たい言葉に、ヒッと、顔を引きつらせる以蔵。この男、強いが打たれ弱い。女でも耐えれる程の拷問に、泣き叫んだらしい。
次第に、雲行きが怪しくなり、ザーザーと雨が降って来てしまった。結局、休まねばならなくなって、あたりを見渡せば、鉱山なのか、岩場に大きな穴を発見し、そこへ以蔵と雪崩れ込んだ。そこで、焚き火をし、腰を落ち着かせた。馬も入るぐらいに大きな洞窟。
「まだ静岡だよ。ここまでは、どうにか、通り抜けれたけど、こっからは厳しい…」
裁かれた天狗党の事を思い出し、暗い表情を見せる千夜。
彼らを、止められる訳ない。
私と同じだ。信じたモノのために戦う。
天狗党に参加した、常陸久慈の僧侶・不動院全海は、その剛力から「今弁慶」と呼ばれていたが、和田峠の戦いで討死した。この時、高島藩士・北沢与三郎はその力にあやかろうと全海の死体から肉を切り取り、持ち帰って味噌漬けにして焙って食べたという。
思い出して、吐き気がした。そんなモノで強くなれるものか。そんな事を考えていれば、雲の間から日が覗いてきた。外を見れば、雨は止んだ様子。千夜は、スッと立ち上がりながら、まだ、竹筒の水を飲んでいる以蔵に、声をかけた。
「以蔵、さっさと、行くよ!」
えーっと、いう顔をする以蔵。
「……。よし、今からお前を解体してやる。」
「!!イキマス、イカセテクダサイ。」
完全なる脅しに、怯む以蔵。本当に解体する訳ないじゃん……。と、千夜は、呆れ顔だった。




