君と一緒に守るモノ
倒れた千夜は、意識の無いまま、屯所へと帰ってきたのだった。
ピチャピチャ………。
沖田の部屋に響く、水の音。手拭いを絞りながら彼は、眠ったままの彼女を視界に入れた。
もう、屯所に帰ってから二日、ちぃちゃんは、眠ったまま。
下関で戦い、救護に、連合国への説得。幕府の役人への説明。本当に、駆けずり回っていた。
賠償金が減って幕府は大喜び。
長州、薩摩、坂本、新選組に、報奨金があたえられた。
薩摩は、西郷は来られなかったが、兵や武器を工面してくれたからだ。
固く絞った手拭いを彼女の額に乗せ、顔に掛かった桜色の髪を退けた。
攘夷の無意味を連合国の凄さを、平隊士達には伝えた。土方さんも坂本も長州の人達も口々に、己の藩の隊士や藩、幕府に訴えかけた。
一橋公、容保公も同じ考えだった。あの脅威を敵にしては、ならないとそう言ってくれた。
ちぃちゃんが目を覚まさないのに江戸に隊士募集をしに行くと話が持ち上がった。
沖田は、酷く反対をした。伊東甲子太郎は、入隊すべきではない。と、わかっていたから。
だけど、京に来るときに、名を変えたと聞いただけで今、なんと名乗っているのか、わからない。
隊士募集は9月末に行く筈なのに一ヶ月も早まってしまった。
平助を、行かせるわけにはいかない。ちぃちゃんが、守ってきたものが……壊れてしまう……
皆と、一緒に明治を生きたい。そう、言ったちぃちゃんーー。
僕に、出来る事……。沖田は、眠った千夜を見て、部屋を出た。
「近藤さん、少しいいですか?」
近藤の部屋に訪れた沖田
「江戸への、隊士募集。少し、時期を遅らせて貰えませんか?」
「何を言ってるんだ?総司幕府に認められたんだ。隊士は、必要だろう?」
何を言ってるんだ?といった感じの近藤。
正直、怖かった。自分の気持ちを話すことが……でも、言わなきゃ………。
「……。近藤さん、確かに、隊士は、多い方がいいかもしれません。しかし、幕府に認められたのは、本当に、新選組なんでしょうか?」
怒られるのなんかわかってる。それでも、それは本心であった。
「何を言っとるか!総司! !」
沖田に掴みかかった近藤
怖い……。
信じた人に、憧れた人に、自分の考えを言うのは怖くてたまらない。だけど、ちぃちゃんなら
きっと、こう言うんだ。
”新選組の為に”僕は、間違ってない!
沖田の胸倉を掴んだまま、鬼の形相を見せる。
騒ぎを聞きつけ、ドタバタと、局長室に土方さんらがやってきた。そこでの光景に、ただ絶句し、
「…近藤さん、総司、何が……」
あったのか?と、声が小さくなっていく。
この二人が衝突した事など、今まで一度もない。土方ですら、少し躊躇しながら口を開いた。
「僕は、ただ、江戸に行く隊士募集を
少し、遅らせて貰えないか聞いただけです。
確かに、幕府に認められたのは新選組なのか?
とは言いましたけど。」
と、最後に付け加えられた言葉に、土方は、納得したように頷いた。
近藤が何に腹を立てたか、理解し、再度二人に声を出す。
「 ……で、近藤さんが、総司に掴みかかったって事か……。」
頭をガシガシ掻く土方。
「とりあえず、二人共落ち着け。近藤さんも総司から手を離してやれ。」
まだ、掴んだままの状態だったが、土方の声を聞き、怒りを押さえながらも、近藤は、沖田の胸倉から手を離した。
「何事ですか?
……………総司が局長を怒らせるなんて珍しい事もあるものですね。」
ニッコリ笑った仏の山南が、少し遅れてやってきた。
「お願いします。少しだけでいいんです。
隊士募集を遅らせて下さい。ーーお願いしますっ!」
膝をつき、頭を下げる沖田の姿
「……総司……」
「悪いな、総司。家茂公の護衛も兼ねての隊士募集だ。日時は、変更出来ない。」
「……そんな……」
将軍に護衛となれば、延期にすることなんか不可能。自分に出来る事ーー
ならば、せめて、平助だけは、行かせない。そう、考えた沖田は、頭を下げたまま、
「僕を連れて行ってください。平助の、かわりに……。」
ちぃちゃんの側に居たい。離れたくない
だけど、仲間の死を少しでも、遠ざけれるなら
僕がかわりに行こう……江戸に……
頭を畳に擦り付け、沖田は、必死に願う。今の僕には、これしか出来ないからーー
頭を下げ続ける沖田。
僕は、頭を下げる事は、格好悪いと思ってた。
でも、今は違う。
無様?情けない?ーー何が?僕には、これしかできない。だから、無様だろうが、情けなかろうがそんなの関係ない。
武士が頭を下げて、何が悪い!
自分の守りたいものも守れず、踏ん反り返るのが武士ならば、武士になんてならなくていい。
間違ってる事を、間違ったままに、ダラダラ生きるなら、生きる価値なんて無い!
全部、彼女が教えてくれたんだ。
武士は、刀を振り回すだけが武士じゃない。
刀が無くとも、心は、信念は武士であり続けるーー。
僕の愛した人が、甘ったれた僕にくれた、大事な思い……。
時に、殴り、時に、怒鳴り、時に、優しさをくれた。泣き、苦しみ足掻き続けた彼女
あんな小さな身体で、あんな小さな手で、
全てを守りたいと間違った事を間違ってる勇気を持てと、芹沢千夜が全て僕に教えてくれた事だ……。
だから、僕は、頭を下げる事ぐらい出来る。
バカにされようが罵られようが、殴られようが
君と同じ様に、僕も、仲間を守りたいんだ。
ーーーー君と一緒にーーーー。




