戦争の後
長州藩死者18人・負傷者29人、連合軍側は、死者12人・負傷者50人だった。
これは、史実通り。死者も、負傷者も、減らす事は出来なかった。
幕軍並びに、新選組も、少しの負傷者を出したが、かすり傷程度だった。
史実よりも、2日だけ早く、————下関戦争は、幕を閉じたのだった。
夕暮れ時、甲板の上で、夏の風を感じていた千夜。
背後から、パサッと、肩に掛かった、浅葱色の羽織。
「総ちゃん。」
振り返らなくてもわかる。彼の匂いが、羽織からしたから……。羽織を握りしめ、彼の方へと振り返る。
「お疲れ様。」
そう、優しく微笑む彼。
「総ちゃんもお疲れ様。」
千夜も、同じ言葉を返した。
「頬、痛む?」
キューパー中佐に斬られた頬に、手を伸ばし、撫でる沖田。
「大丈夫。」
「そう。」そう言って、離れていく手を見つめていたら、
「今日は、ささやかな宴だって。」
そう、教えてくれた。
「好きだね。本当、宴がさ。」
何かあると、すぐ宴だ。それでも、宴が好きなのは、自分も同じ。
「戦が終わったからね。ちぃちゃんの言う通り、連合国には敵わない。身をもって、実感したよ。」
「それが、狙いだったからね。攘夷は、無意味。日本は、孤立するべきじゃない。
この戦争でね、異国は、長州が好きになったんだって。戦ったのに、日本人が好きになるんだよ?それって、凄いよね。」
彼女は、嬉しそうに、そう口にした。
「戦って、初めて、わかる事もあるんだね。
でも、僕が斬りつけたのに、手当てをした後、英兵が、”アリガトウ”って言った時は、助けて良かったと思った。日本語なんて、学んでたか分からないけど、嬉しかったよ。」
「Thank you.英語で、ありがとう。」
「Thank you?
覚えた。かな?ちぃちゃん、僕に銃を教えて?」
突然の沖田のお願いに、千夜は、目を見開いた。
刀では無く、銃を教えて。なんて、言うと思ってなかったから……。
「どうしたの?急に?」
そう聞けば、彼は、空を見上げた。
「時代は、移り変わる。僕は、ちぃちゃんを守りたいのに、刀しか使えない。ちぃちゃんが、銃を使ったら、僕は、役立たずだ……。
だから、教えて欲しい。」
まさか、総ちゃんがそんな事言うなんて、思わなかった。
「………。」
「いつだか、ちぃちゃん言ったよね?一万五千対五千どちらが勝つか、僕は、五千が勝つと思った。この戦でね。違う?」
総ちゃんに、幕府対新政府の数を話したが、結果がどうなった。なんて、話していない。
しかも、かなり前の話をまだ、覚えていてくれた事にも驚いた。
「そうだよ。
新型の銃を持った、五千人に、一万五千人が負ける。だから、私は、銃を扱える様になりたかったのかもしれない。」
今も、銃を手にしているのは、旧幕府軍が、銃に負けたから……。
「ちぃちゃん………。」
「いいよ。」
「へ?」
「銃、総ちゃんに教えるよ。」
「……ありがとう。」
「どういたしまして。」
悲しげに笑う彼女を腕の中に、閉じ込めてしまおう。そう、思った時、
「千夜!」
吉田の声に、
「せっかく、二人っきりだったのに……。」
一応、終わったとは言え、今は、戦の真っ最中。夕日は、綺麗だが特別な事をしていた訳じゃないのに、文句を言い出した、沖田。
「稔麿?どうしたの?」
とりあえず、口を尖らせた沖田は、放置して、
千夜は、吉田に話しかけた。
「赤根がね、千夜と話がしたい。って、言うから連れて来た。」
なんだか、怒られた子供みたいに、不貞腐れた赤根の姿。
「…………。仲間が、これ以上死なずに済んだ。礼を言う。」
と、ぶっきら棒に頭を下げる赤根。
「お礼、言われる事してないよ?」
「連合国を止めたのはお前だ!」
そう、赤根は、声を大にして言い放つ。
「止めてないよ。日本が開国をしなければ、連合国は、また、日本を攻撃する。少しの猶予を、与えられただけだよ?」
「………開国。」
「改革をするのは、いい事かもしれない。
でも、幕府を倒すことが、本当に改革になるんですか?
そこで働き、生活する者達は、どうやって、生きていけばいいんですか?長州に、倒幕派に養う力はない!
職を無くした者たちは、路頭に迷う事になる!
それこそ、辻斬り追い剥ぎ……。
治安なんか、メチャクチャな世になります。」
「改革には、犠牲はつきものだ!」
「弱い者は、死ねばいいと?」
「それは……。」
「改革とは、改める事。
幕府の在り方を、変えてしまえば、いいんじゃありませんか?」
「在り方を変える?」
「幕府をそのままに、新政府を作ってみませんか?」
「幕府は弱ってるんだぞ!」
「だからこそ、より多くの力が、必要なんです。
毛利は、幕府に歩み寄りました。何故ですか?
藩を守る為に、長州藩主は、頭を下げたんです。あなたたちの為に、自分の命をかけ、憎んでるはずの幕府に、頭を下げたんですよ?」
「………」
「………」
「生活が苦しい者には、生活の保護を。職がない者には職を。島原や吉原、遊女達が、何故、親の借金を身体で払わねばいけないのですか?
おかしいと思いませんか?
この時代、女の幸せは、どこにありますか?
妾は必要ですか?」
「……」
「一人の女を幸せにも出来ないのに、妾をかかえる必要なんてない!
子を見る事が出来ないのに、子を作る資格なんてない!
女だって人間です。幸せになる資格はある。
改革をして、幕府を倒し、その先の事まで保証していかなければ、また、争いが起こります。」
吉田が、高杉が、久坂が、藩主が、何故、彼女の言葉を、甘い戯言を聞いたか、わからなかった。
何故、この女に力を貸すのかさえも、
————わからなかった。だけど、今、わかった気がする。
彼女の目は、戯言を言っている目じゃない。俺の心も今、動かされた。
彼女の言う世を、見たいと思った。だったら、彼女に力を貸そう。
幕府を新政府に……。————面白そうじゃないか。




