下関へ
朝廷からの度重なる攘夷圧力により、
ついに家茂は、攘夷開始と朝廷には約束したが、攘夷実行を掲げる長州は、前年の文久3年5月になると、
幕府命令の攘夷期日が来たと、下関海峡東側の田ノ浦沖で汐待のため仮停泊した。
そして、通りかかったアメリカ蒸気商船・ペンブローク号を突然砲撃。
それは、月のない真夜中のことであった。
この時は、闇夜だったし蒸気もすぐ上がり、運が良かったのだろうか、ペンブローク号は被害もなく豊後水道に逃げることが出来た。
これから約2週間後、フランスの小型報道軍艦が横浜から長崎に行く途中、下関海峡を通ったが、長州はまた、二隻の船から砲撃し、陸上の砲台からも砲撃した。
異国の船は、応戦しながら逃げ切った。
長崎に着いた異国船は、横浜に行くオランダ軍艦・メデュサ号に委託し、下関での砲撃事件を横浜のフランス艦隊司令官に報告した。
この横浜に行くオランダ軍艦もまた5月26日下関海峡を通ったが、長州は再び砲撃をし、メデュサ号も応戦しながら通過した。
長州藩は、半月足らずの間に3艘もの外国船を砲撃し、従って下関海峡は完全に長州による封鎖状態になった。
今度は、フランスの艦隊司令官が蒸気軍艦とタンクレード号で下関に侵攻し、前田と壇ノ浦台場を砲撃し、陸戦隊を上陸させて守備兵を駆逐し砲台を破壊して去った。
報復攻撃は、アメリカとフランスの間に何の連携もなく夫々に直接その侮辱を晴らしたが、長州の砲撃事件すなわち関門海峡封鎖は、攘夷鎖港を進める日本側の動きを突き崩そうとするイギリス、フランス、オランダ、アメリカの4カ国連合艦隊を呼び込むことになってしまう。
アメリカは南北戦争の真っ只中。
外交官のリーダーは退官し、
イギリス、フランス、オランダに
歩調を合わせようと方針が変わってしまった。
貿易をしたいだけの異国、
幕府が攘夷だから入港を拒みたい幕府。
長州の砲撃事件が、下関戦争を起こした。
青い空、見渡す限りの海原に、千夜は、不満そうな声を漏らす。
「何で、長州は攻撃した訳?」
ただいま、横浜より船に揺られて下関に向かっている最中。
もう、3日目だ。船の揺れが、気持ち悪い。
「そんな事言われても、俺は、京にいたんだから。」
困るよ。と、吉田。攻撃したのも、指示を出したのも、吉田では無いのもわかっているが、文句を言いたい。
「異国の良き文化は、取り入れるべきですよ。」
「日本が、乗っ取られる。」
なんなんですか?乗っ取られるって!
「乗っ取られないから。あのね、日本は手先が器用なわけ。で、医術もカラクリも世界から一目置かれるんだよ?
だから、連合国と手を組んで助け合うべき!」
って言っても、伝わらないよね?
「………。」
やっぱりか!!
「……気持ち悪い…。」
船は、苦手。船酔いも、3日たっても治る事は無く、ずっと、頭がぐるぐると回っている。
「ちぃちゃん、大丈夫?」
背中をさすってくれる総ちゃん。周りを見ながら、不思議に思う。何故、誰も船に酔わないんだ?
周りの人達は、海風を浴び、ケロリとしてらっしゃる。
「ちぃ、お前にも、苦手なもんがあるんだな?」
どういう意味ですか?
「飛行機ならまだしも、船は、苦手……。」
「ひこうき?」
ライト兄弟が有人飛行機を作ったのは、1903年まだ、先だな。
「空を飛ぶ、乗り物だよ。」
「空飛べるかえ?」
「そう。空から攻撃も出来るようになる。」
「………。恐ろしいね。」
ええ、恐ろしいですよ。特に、核ミサイルは……。
「え、ちぃちゃん乗れるの?」
「乗れるよ。戦争、何度も出てるんです。私。」
こう見えて。
「………」
「まっこと、勇ましい女子だな。」
なんて答えればいいのさ?本当、早く着いてよ。気持ち悪くて仕方ない。
下関に着いたのは、7日後の事だった。
地に、足が着いたら、頭が揺れてる感覚に身体は傾く。なんとか踏ん張るが、支えが欲しい。切実に。
「ちぃ、お前大丈夫か?」
「まだ、船の中に居るみたい。」
気持ち悪いのは、治ってはくれず、船酔いは、現在進行形で、続行中。
「総司、お前ちゃんと、ちぃを支えとけ!フラッフラだ!」
「言われなくても、支えてますって!」
あー、やっと船から解放。携帯で、撮影係りは、山崎烝。
「弱っとる、ちぃでも、おさめるか?」
そう言って、本当に、私に携帯をむけてくる。
「撮るのは、私じゃなくて、下関戦争ね?」
「わかっとるわ!何あったか、残さな、意味ないやろが!」
「………」
酷くない?もっともだけどさ……。
「お、千夜!」
遠くから駆けてきた男の姿。
「高杉?」
駆けてきた男に、ガバっと抱きしめられた。
……えっと……?
「久しぶりだな!」
「久しぶり。高杉戦の準備は大丈夫なの?」
「ちぃちゃん、離れようね~」
ベリッと、高杉と引き離された。
「総司、お前の寛大な心は、何処にいった? 」
「先ほど、叩き斬りました。」
ヘラっと笑う沖田
「………」
叩き斬れるものなの?
「まさか、幕府の船で来るとは、思わなくてよ、流石に焦ったぜ。」
「一応、幕府からの要請だからね、やっぱ、船は嫌いだわ。」
「あははは、千夜、酔ったか?」
「……はい。」
その通りでございます。
平隊士達は、
「ここが下関かー。」と、周りを眺めながら、
修学旅行にでも来た小学生の様にはしゃいでる。
「頼むから、気を引き締めてくれ!」
近藤さんの声に身を震わせた平隊士だが、視線は、未だ泳ぎまくっている。周りを見たくて仕方ないらしい。
「高杉?」
声がする方を見れば、スラリとした男性が、少し距離を置いて立っていた。
「赤根さん…?」
「その子が、長州のヒメ?」
「ああ。ちょうどいいトコに、赤根、こいつが千夜だ、長州のヒメ。」
「へぇ…。」
下関戦争で指揮をとる赤根武人が、そこに居た。
「……。普通の女子じゃん。」
何処か、素っ気ない態度の赤根。
「千夜さんを侮辱するな!」
何故だか、怒り出した平隊士達。
「はいはい、侮辱してないでしょう?戦だから、気が立ってるだけ。一緒に戦うんだから、仲良くして?」
黙った平隊士達を見て、ふいっと、視線を逸らした赤根は、あろう事か、ボソッと言葉の爆弾を投下した。
「新選組は、情けないね。女子の言うこと聞くなんて。」
キッと、睨みつけるのは、新選組幹部達。
はぁ。面倒くさい人ですね。
「大体、助けなんて、頼んでないし。」
「赤根!」
高杉が、赤根に怒鳴る。しかし、千夜は、赤根の前に立ち、高杉を制止させた。
「高杉、構わないよ。赤根さん、これは、負け戦です。それを知って、此処に来ました。誰が、死ぬかわからない。
それでも、みんな此処について来てくれました。
皆、日本が大事なのは変わりません。
例え、思想が違っても、
例え、戦地が敵地だと思っていても、
彼らは、日本を守りたいと思ってる
————武士です!
その想いを踏みにじる事は、私が、許しません。」
「………」
キュッと、赤根が唇を噛んだ。
自分が指揮をとる戦が、負け戦なんて聞きたくないだろう。
それでも、連合軍に無闇に突っ込んでいくような事はして欲しくない。
「敵わないと思ったら、降伏して下さい。
それまで、全力で我ら新選組と幕府は、助太刀致します。」
頭を下げた千夜。
チッと、舌打ちが聞こえたが、そんなのどうでもいい。少しでも、被害を押さえ、賠償金を減らす。————それが、幕府が動いた理由。
300万ドル、日本円にして、約4億円の大金。
これは、イギリスのしたたかな策略。アメリカは後に、賠償金を返還する。だが、イギリスは、違う。
己の国の為に使うのだ。だから、上乗せさせた賠償金は、払う必要なんてない。




