早まった、どんどん焼け
自室に連れてこられて、正座した千夜の目の前には、沖田の姿。
「さて、ちぃちゃん、昨日の夜は、山崎君と佐々木と調査に行ったんだよね?」
そう。昨日は、ちゃんと総ちゃんの許可を貰って動いたのだ。
「………。はい。総ちゃん、朝稽古が途中だし
話は後からでも……。」
ちらっと、沖田を見てから、立ち上がりかけた腰をまた、畳に戻した。
ニコニコしている方が怖いって、今、初めて知ったよ。
千夜の前には、笑顔の沖田。しかし、目は笑っていない。
「佐々木は、途中で帰った。」
「で、ちぃちゃんは、何をしたのかな?
山崎君も知ってるなら、僕、絞め殺さなきゃいけなくなっちゃう。ね?」
ね?じゃないよ……。
はぁ。
「奉行所と所司代に、不逞浪士の情報を流した。」
「…………。バカなの?」
「後9日しかないから、誘き出そうと、して。」
「僕が、言ってるのは、そこじゃない。見つかったら、ちぃちゃんも捕まっちゃうんだよ?」
その通り、だから姿を見られない様に、矢を放ったのだ。
「見つかってないよ?」
「じゃあ、何で、土方さんは、ちぃちゃんに聞いたの?」
……そう言えば……
「ちぃちゃん、君が止めたいのもわかるし、下関に行かなきゃいけないから、焦るのもわかるけどね、長州や他のちぃちゃんに力を貸してくれた人を、もっと、信用してあげなよ。」
「…信用……」
してないわけじゃない。
「信用してるって言えないよ?久坂には、情報を提供するだけでしょ?それ以上は、ちぃちゃんの仕事じゃない。」
「………」
「ちぃちゃん、君は何でも一人でやってしまうけど、 じゃあ、僕たちは何の為に居るの?
新選組は、何であるの?組みは、支え合うものでしょ?
血判状をくれた人達だって、ちぃちゃんを支えたいから、血判したんだよ?
一人でやってしまうなら、そんなのいらないよね?」
「………。ごめんなさい。」
僕に謝られても困るんだけど。
だからと言って、久坂に謝るのも違うしね……?
「もう、いいよ。わかってくれたなら。
お願いだから、一人で抱えるのだけはやめてね。」
「……はい。」
シュンッと項垂れた千夜。
「わかれば、もういいよ。」
ポンポンと頭を軽く叩く
「さ、朝稽古戻ろうか?」
「……うん。」
そして、その翌日、京の町に火が放たれた。
長州藩邸付近と堺町御門付近から出火 。火を放ったのは、天誅組と脱藩志士達。
長州藩、久坂に挙兵して貰い、天誅組と脱藩志士達の捕縛は任せ、新選組は消火活動を開始した。
木造家屋の江戸時代。火が回るのが、明らかに早い。それでも、何もせずに、見ている訳にはいかない。
飛び火ぐらいなら、布団でも濡らして火を覆えば消える。それ以上なら、バケツリレーならぬ桶リレーをした。
いつしか、町の人達が手を貸してくれ、長い列になっていった。
壬生の狼と呼ばれ、人斬りと、後ろ指を刺された新選組に手を貸してくれる人がちゃんといた。長州藩邸近くから出火した方は、何とか鎮火し、
後は、堺町御門付近なのだが、到着した時、思わず立ち竦んだ。
家が炎にのまれてしまって居たのだ。
新選組も半数は、こちらに出動していたのに、
炎の威力に、なすすべなく、怪我人の救護しか、出来なかったらしい。
その間にも、炎の威力は、増す一方。
こうなってしまったら、家を壊すしかない。
火を食い止める為に…………。
火がついたばかりの家を新選組が壊しにかかる。一箇所ではなく、二箇所、三箇所と、壊す家は、増えていく。
火も落ちつきだした頃、また、新たな家に火が燃え移る。そんな事の繰り返しだ。
「どうすりゃいいんだよ!壊しても、壊しても、火がおさまらねぇ!」
新八さんが叫ぶ。
みんな、同じ気持ちだ。家なんて、壊したくない。それでも、壊さなきゃ、火は、次々に京を焼き尽くしてしまう。
飛び火が無いか、あたりを見渡して居た千夜は、視線を一点に向けて固まった。
燃え上がる家の前に、力無く地べたに座る女性の姿。土方が気がつき、声をかけた。
「どうした?早く逃げねぇと……。」
女の人は、目に涙を溜めて、土方を見つめる。
「…ヤヤコが! !」
赤ちゃんが、燃え上がる家の中に居るのは、
女の人の様子から、わかった。
だけど、助けるのは、無理だと思うほど、
火の勢いは、凄まじかった。
バシャン カコンッ
転がった桶。自分の前を通り過ぎた浅葱色……。
————今、誰が、僕の前を通り過ぎた?
何が、起こったの?
「千夜さんっっ!」
何で、ちぃちゃんを呼ぶの?………どうして?
「ちぃ……っ!」
何?何で、土方さんが、地べたに座り込んでるの?
再び燃え上がる家を視界に映す。
「…ちぃちゃん?」
どうして?返事が無いの?
わかってる。僕の前を通り過ぎたのは、
……ちぃちゃん……
あの燃え上がる家に、水を被って、入って行った。
僕も、行く。あの、炎の中に………。
フラフラと沖田の足が、燃え上がる家に向かう、ガシッと掴まれた沖田
「離して下さい!土方さん!」
僕の腕を掴んだのは、土方さんだった。
「離す訳ねぇだろうが!お前は、新選組の刀なんだろうが!」
そんなの、どうでもいいよ! !
ちぃちゃんが、死んじゃう………
「離して下さい!」
「総司、テメェ少し落ち着け!」
永倉がそう言いながら、沖田を押さえ込む。
落ち着けと言われて、落ち着ける訳はない。
目の前にある、家の中に居るのは、わかっている。
なのに、燃え上がる炎の前に、なす術がない。
何人に取り押えられてるのかも、千夜が入ってどれくらいたったのかも————全くわからない。
ゴウゴウと音を立て、燃え上がる炎。
「ちぃちゃん! ! !
————…千夜っっっ! ! 」
叫んだって、返事はない。
家は、赤くなる。
炎に包まれ、どんどん、燃えていく———。
もうダメだと、女の人も泣きじゃくる。
「…ちぃ…が……」
藤堂のそんな声が聞こえてきた。
沖田が土方らと、揉めている間に、零番組と平隊士らで燃え上がった家の隣の建物を壊した。
「嘘、でしょ?千夜……。返事しなよっっ!!」
ドカーーーンッ
その音に、皆の動きが停止する。いつだか、蔵を爆破させた千夜を思い出す。火が回る中、火薬を使うバカは、彼女しか居ない。
「……ゴホゴホッ…」
そして、人影が燃え上がる家から出てきた。
何かを抱えて……
「……キョウちゃん! !」
泣きじゃくった女性が、一番始めに動き出す。
叫んだのは、赤ちゃんの名前だろうか?
ススだらけの彼女は、ヤヤコを女性に渡した後地に膝をついた。
ゴホゴホッ…ゴホゴホッ
咳き込む彼女を、ただ呆然と見つめる新選組の面々。
本当、この子なにしてくれちゃってるの?
唖然とし過ぎて、声すら出なかった。
ありがとうございます。といった女性。その声に、やっと、脳が動き出す。
「………テメェは……
死んだかと思っただろうが!」
土方の声に
「……あの炎は、洒落にならない。死ぬかと思った………」
「…………」
本当に、死ぬと思ったのだろうか?
はぁ。
「………良かった。」
沖田が力無く地べたに、へたり込んだ。
その日のうちに、火は全て鎮火
天誅組は壊滅し、脱藩志士達は、長州藩が24名身柄を拘束した。
史実では、
約2万7000世帯を焼失。
物的被害は焼失町数811町(全町数1459)、焼失戸数49,414軒(全戸数27,517軒)、人的被害は負傷者744名、死者340名
だが、早まった事により、風向きも、放火の威力も弱く約7000世帯を焼失し、
物的被害は焼失町数13町、焼失戸数9,414軒、人的被害は負傷者145名、死者10名
と、被害は、最小限に食い止められた。
新選組は、消火活動や怪我人の救護をしたため
町人から感謝され、壊した家などの
廃材撤去なども率先して手伝ってくれた。
いきなり、好い人扱いの新選組。
平隊士らが戸惑う姿が面白い。
六角獄舎には、全く火は、及ばず、囚人33名が判定をされないまま斬罪される事も無かった。




