久坂と、禁門の変
「ちぃちゃん、僕、決めた。近藤さんの為に、命をかけて戦うけど、死ぬ時は、君と共に死ぬ。」
見開いた千夜の瞳を見て、沖田は、クスッと笑う。
「君が死ぬ時、僕は死ぬ。僕が死ぬ時、君も連れてく。もう、君から、離れてなんかあげない。死んでも、君と一緒に戦おう、だから、勝手に、死んだら許さない。
僕を置いて行ったら地獄で、お仕置きだからね?」
こんなの、病んでるとしか言えない。でも、それでも私は、————もう、一人になる事は無い。
そっと、抱きしめられた身体は、布団の中の様に温かく、溢れる涙は、嬉し涙。
一人が、怖かった。一人が、嫌いだった。
孤独になんて、————なりたく無かった。
「返事は?」
「ありがとう。」
「そこで、お礼なの?クスッ…。でも、どういたしまして。」
手の震えは、さっきの言葉のおかげで、止まっていた。
私は、もう、一人になる事は、許されない。そんな、束縛なら、喜んで受け入れる。
汚れた半紙を綺麗にするのは不可能。真っさらになんて出来ない。
だったら全部を、真っ黒くしてしまおう。
綺麗な、人間なんていやしない。真っ黒くなっても、手が、真っ赤に染まっても、誰にどう見られても、綺麗事だと罵られても、信念だけは、絶対、曲げない。
私の戯言に、力を貸してくれる人が居た。だったら、最後まで、足掻き続けよう。
死しても彼と、地獄に落ちても、大好きな空に行きたいと————足掻き続ける。
彼と一緒なら、なにも、怖くない。
その、2日後、吉田が、久坂と共に、屯所に訪れた。
「へぇ。君が、長州のヒメ?」
品定めする様な、久坂の視線が、気持ち悪いんですが……。
「久坂、千夜をやらしい目で、見ないでよ。
千夜、久しぶりだね。」
ニコッと笑う吉田を見て、ホッとする。
「稔麿、元気そうでよかった。」
私の背後から、殺気が漂ってるのは、気のせいですかね?
「吉田、後ろの小太りの斬ってもイイ?」
「ダメに、決まってるでしょ?ったく、沖田は、相変わらずだね。」
血の気が多いと言うか、なんというか……
「それは、どーも。」
「褒めてねぇーよ!」
「………小太りって…」
地味にショックを受ける久坂の周りは、どんよりとした空気が流れる。
そんな、久坂に構うことなく、客間に通して、お茶を出した。
「で?僕に話って?」
「挙兵し、京を守ってはみませんか?」
「挙兵?戦になるの?京が?」
「いいえ。私は、長州のヒメと呼ばれ、長州藩と血判状を結びましたが、長州の方、すべてに、認められた訳ではありません。
薩摩藩の島津久光、福井藩の松平春嶽、宇和島藩の伊達宗城らが京都を離れてる今、脱藩志士、天誅組の残党らが、こんな好機に、大人しくしてる訳無い。
そして、新選組も下関戦争に向かう。
毛利は、牢……。会津も居るけど、藩主不在。
頼れる者が居ないのが、現状です。」
「………。だから、僕に?初めて会ったのに、僕を信用してもいいの?
もしかしたら、僕が、君を認めてない、一人かもしれないのに?」
クスッ
「貴方が初めてでも、私は、存じ上げております。
久坂玄瑞は、長州第一の俊才と吉田松陰が認めた男を、疑う必要は、無いはずです。」
「はは。成る程ね。吉田が惚れるのもわかる。
挙兵、考えてもいい。京って言っても広いからね。ある程度、情報が欲しいかな。」
「それは心得ております。二日時間を頂きたい。それまでに、必要な情報を手に入れてみせます。」
必ず————。
そう言った千夜に、沖田は、不安そうな顔をして千夜を見つめた。
昼は、山崎ら観察方に、不穏な噂がないか調査してもらい、夜は、愛次郎と島原に潜入し調査に当たった。
千夜の予想は的中した。
池田屋で死んでいった志士達の仲間が、誅組の残党と共に————京に、火を放とうと目論んでいた。
おかしな話だ。宮部を殺したのは、天誅組だと言うのに……。
そんな事を隠してまで、京に火を放つ必要があるのか?
後10日で、下関に向かわねばならない。
頼れるのは、長州藩と、西郷、新選組の仲間だけ。
相手の人数が全くわからないのが、現状だ。
歴史が少しずつ変わってしまった。
本当なら、天誅組は、もうバラバラになってしまっている筈なのだ。
一番多い時期で1000人程であったが、今は、どれぐらいの人数が残っているのかすら、不透明。史実なら、禁門の変では、天王山に陣を布く筈。
長州が、会議をした場所が、男山八幡宮。
そこなら、志士達が体を休ませているかもしれない。人数がわからなきゃ、動けない。山崎を連れ、男山八幡宮に、忍び込んだ。
「……。ホンマにおったわ。」
間が抜ける様な声の山崎。志士達が、男山八幡宮に本当に居た。
「烝、仕事だからね。気を引き締めて?」
「俺はいつでも、引き締まっとる!」
「………」
どの口が言うの?
そんな事より、男山八幡宮に居る人数は?
「大体、60人ぐらいだね。」
「これで、全部やないやろ。」
そりゃ、そうだろうね。こんな神社に
大集合した日には、戦の始まりだろうしね。
西本願寺は?
他に、不逞浪士が身を寄せれる場所は、何処か?と頭を動かし、情報を掻き集めた。
大体、掴めた人数は、ざっと200人。
だけど、皆が皆、京に火を放とうとしてる訳じゃないだろう。
新選組、薩摩、長州を合わせれば、それぐらいの人数相手なら、力を合わせれば、何とかなる。
だけど、タイムリミットが、もどかしい。
久坂に挙兵の申し出をしたが、こんな企てを知って仕舞えば、片付けてから、下関に行きたい気持ちが強くなる。
さて、どうしようか……?
闇夜の京の町。
黒装束を身を包む桜色の髪が、ゆらゆらと風に靡く。
手には弓を持ち、狙いをつけ、弓を放つ。
シュッ
スパンッ
奉行所の入り口に一本の矢が突き刺さる。
「曲者か! 出会えっ!出会え~~~!」
「なんだ?どうした?」
奉行所は、大混乱
「矢がっ!」
矢を指差す男。その矢には、文が結びつけられていた。
かなり離れた場所からそれを見下ろす、桜色の髪の女。
「曲者じゃ、ないんだけどね。」
そう言って、闇に消えた。
同様に、所司代にも同じ矢が、同じ夜に見つかった。
*
前川邸の道場で、いつも通り、朝稽古で汗を流して居たら、
「ちぃ、お前、何したんだ?」
よっちゃんが神妙な面持ちでやってきた。
「ああ、よっちゃんおはよう。」
「おはようじゃねぇ!」
朝会ったら、おはようだよね?
こんにちは。のが良かった?と、小首を傾げる千夜をみて、はぁ。っと、土方が溜息を吐いた。
「奉行所と所司代から、不逞浪士捕縛の要請が来たんだよ!」
「仕事なら、別にいいんじゃない?」
グイっと、首元を掴まれる。私は、猫じゃないよ!
「ちょっと来い!」
意味がわからないまま、ズルズル引きずられ、
人目のつかない前川邸の倉庫の近くまで、連行された。
「よっちゃん、痛いって!」
「昨日の夜、お前どこ行ってた?」
えっとー……??
とりあえず、首の手は、外して欲しいんですが。
逃げないようにする為か、首根っこを掴まれたまま、身動きが取れない。
「総ちゃんと、一緒だったよ?」
「総司に、確認しても良いんだな?」
「……………。構わないよ?」
いや。本当は、良くないんだけど。
「土方さーん。」
ゲッ。なんとも間が悪い沖田の登場に、千夜は、逃げようと試みるが、土方の手は、首を掴んだまま離してくれない。
「あれ?何で、ちぃちゃんの首元掴んでるんです?猫と遊びたいなら、アッチに居ましたけど?」
と、親切に、猫のいる方向を指差す沖田。
「誰が、猫と遊びてぇって言ったんだよ!」
「あれ?違ったんですか?じゃあ、さっさと、
その汚い手を離して下さいね?」
「汚くねぇよ!」
「おい、総司。昨日の夜は、ずっと、ちぃと一緒にいたか?」
「………。土方さんって、どんだけ無粋なんですか?そんなに、知りたいんですか?
そーですよね?ちぃちゃんと、何でヤったか、
理由まで、知りたい人ですもんねー。」
「ち、違うっ!俺は、ただ、ちぃと一緒にいたか……確認だ確認!」
「一緒でしたよ?」
それが、何か?
それを聞くと、バッと、首から土方の手が離れた。
「だったら、いいんだ。うん。」
「ちなみに、何があったんですか?」
所司代と奉行所から、不逞浪士の捕縛要請が来たことを話した土方は、用が済んだのか、その場を去って行った。
逃げようとした千夜
「ちぃちゃん。」
ビクッいつもと違う声色で、千夜を呼ぶ沖田の声に、千夜は、身体を停止させた。
「さて、君は、何をしたのかな?」
こわい、こわい……。
まだ、よっちゃんに言った方が……。
いや、どっちも変わらない。




