死んでも足掻き続けよう
「椿、お前の考えは、わかった。確かに、兄として、助けてやりたいと、そう思ったのは、事実だ。芹沢千夜の生き様を認めた時、俺も、力を貸そう。」
フワッと笑った千夜。その言葉は、何よりも嬉しいかった。
「ありがとう。二人に、お願いがあるんだけど。」
「なんだ?」
スッと、千夜の顔が変わった。真剣な眼差しに、慶喜の背筋も、スッと伸びた。
「ケイキが、退却命令を出した時、全軍の撤退をお願いしたい。新選組も会津も、新選組を、会津より北に、出陣させないで、頂きたい。
そして、逃げるような事は、絶対しないで。最後の最後まで、頭で、居て頂きたい。
それが、私からの、お願いにございます。」
三つ指を突き、頭を下げる千夜
「わかった。約束する。」
「ありがとうございます。」
今日は、たくさんの願いが叶った。もう、些細な変化なんかじゃない。日本は、大きく、————変わろうとしている。
それでもまだ、変わり始めたばかり。
私も、芹沢の様に土台を創り上げられるだろうか?
喜びと共に、襲いかかってくる不安と、恐怖………。カタカタと震える手を、そっと隠す。これぐらいの恐怖、どうって事ない。
そう、自分に、言い聞かせた。
慶喜と容保が、公務の為屯所を去り、西郷も、多忙の為、帰ってしまった。客間で、皆の緊張の糸が切れた様に、
「……つ、疲れた…」
新選組の局長らが座り込んでしまった。
「千夜、新選組は、面白いね。」
……嫌味?
「馬だの土地だの、終いにゃ血判状って!信じられねぇ……。」
「信じてよ、今、現実に、起こったんだから、さ。」
「……」
そういう意味じゃねぇよ。と、土方が千夜を見やる。
「 おんし、身体は、大たまかぇがか?
(お前、身体は、大丈夫なのか?) 」
「頭が、グワングワン回ってます。」
「お前、それ早く言えよ!横になれ!山崎、総司を呼んで、薬を!」
「御意!」
千夜は、無理矢理、その場に、寝かされた。
「………大丈夫だよ?よっちゃんは、過保護なんだよ。」
そう、言いながらも、千夜の手は、震えていた。
「何が、大丈夫なの?もっと、自分を大事にしなよ。」
「…………。桂、稔麿達は?」
「2、3日後には、京に入れる。」
「わかった。よっちゃん、新選組の————。」
「わかってる。下関に連れてく隊士は、決めるから、とにかく、今は、休め。」
「近藤さん。新選組で、脱走者が出た時、
近藤勇についていけなくなったのではなく
、私の考えや、やり方に同意出来ないものは、
新選組を去る事を許して頂きたい。」
寝たまま、頼む事では無いが、今の千夜には、これが限界。
「それは、ダメだ。」
そうだよね……。
無理に、決まってる。
そんなの、区別なんか出来ないから。
「すいません。一ついいですか?」
「なんだ?」
「近藤さんは、幕府と、新選組どちらが大事ですか?」
「………。新選組だ。」
「よかった。」
スパーンッ
「ちぃちゃん!」
また、過保護な人が来た。
千夜に近づき、半身を抱きおこし、口に薬を放り投げ水を流し込んだ沖田
「ちぃちゃんは、もう、部屋に戻しても?」
「ああ、構わねぇ。」
よいしょ。と、立ち上がり、千夜を抱き上げ、沖田達は部屋を去った。
「嵐が、来たみたいじゃったな。」
「ああなっても、人が死ぬのは嫌なんだね。千夜は。」
「何とかしたいが、こればっかは、仕方ねぇ…。」
千夜が、居なくなり、男達だけで、話し合いが行われたのだった。
沖田は、自室の前着き、足で襖を開けて千夜を横抱きして、襖を閉めた。
「総ちゃん、足で襖開けたらダメ。」
「————今は、いいの!」辞めたい
千夜は、布団に降ろされ、そこに座った。
「水、欲しい。」
はい。っと竹筒を渡してもらい、
千夜は、らゴクゴクと、水を飲む。
「竹筒、持っていったでしょ?
飲んじゃった?」
口の渇きは、引き続き続いていたから
沖田が持っていかせた竹筒は、
随分前に飲み干してしまい、もう空っぽ。
「もう、カラだよ。
ダメだね、こんなんじゃ。」
「何話したの?教えて?」
千夜は、話した内容を沖田に話し、
血判状を見せた。
「頑張ったね。
これは、千夜が頑張った、ご褒美だね。」
ご褒美って程、軽いものではない
だけど、
他に、言い方が見つからなかった。
沖田は、血判状に目を通す
————芹沢千夜に、力を貸す事、
日本を一つにする為に、千夜に力を貸す藩、人には手出ししない事。
同盟は、千夜無しで話を進めない事。
その代わり、芹沢千夜は、
————死んではならない。
三枚共、同じ内容。
「それも大事だけど、近藤さんが、ね。」
「…ん?近藤さんが、何?」
目を潤ませる千夜に、沖田は、尋ねた。
「近藤さんに、幕府と新選組どちらが大事か聞いたら、新選組のが大事だと言ってくれた。
それが、嬉しかった。その紙よりも、ずっと……。」
血判状は、確かに紙。契約書みたいな物だ。
確かに、価値もある。
だけど、近藤さんの言葉は、千夜が、ずっと欲しかった言葉。
「そっか。」
僕も、その言葉は、嬉しいよ。
「芹沢は、間違ってなかった。」
「千夜、教えて?君は、何で、そんなに芹沢さんを……。」
そこまで、言って言葉が出てこない。
信じてるの?慕ってるの?
それを、聞いてもいいのか?と、思ってしまったから。
「芹沢は、私の命を救ってくれた。幼い時だから、記憶が曖昧なんだけどね、
芹沢がね、私を連れ出してくれたの。大っ嫌いだった城から。
水戸に、送り届け様としてくれたんだよ。芹沢は、だけど、着いたのは多摩だった。なにがあったのか、わからない。
でも、途中で、芹沢からはぐれてしまって、襲われた。殺されそうになった所で、芹沢が、助けてくれた。逃げろと、言われて逃げた。
私を助ける時に、刺されてしまって、親戚の家で芹沢は療養した。
私は、記憶が無かったから、知らない人に助けてもらったと、思い込んでいて、芹沢を訪ねる事は無かった。」
だから、千夜の中で芹沢は、大きな存在………。
「じゃあ、芹沢さんが、居なかったら?」
「新選組には、出会えなかった。」
「あいつが、いなければ私は、きっと、襲われなくとも、自ら命を絶っていた。
あいつが、居たから、多摩に行けたしよっちゃんに出会えた。
総ちゃんにも、新選組のみんなにも……。
私の生きたい。と、思うものをくれたのは、
————芹沢鴨なんだ。」
そんな。
だとしたら、ちぃちゃんにとって、芹沢さんは、僕にとっての近藤さんと同じだったって事?
そんな大事な人を、殺させてしまったの?僕達は……。————僕には、出来ない。
それを、自分の覚悟だと、芹沢鴨の願いだと、そう言った千夜。
そんなの……。そんな事って……。
今頃わかる、千夜の覚悟と、その重さ。
「総ちゃん、私ね、あなた達に、沢山の事を教えて貰った。新選組は、私にとって宝物なの。
私が、できる事なら、何だってする。」
この時代に、飛ばされた時の覚悟は、決して、嘘ではない。
「ちぃちゃん。」
この子は、僕達の手を汚さない様に、暗殺を一人で行い、争いがあれば、自ら先陣をきり戦って、それ以上に、まだ、僕達の為に、何でもすると言ってくれるの?
僕より、小さな身体でどうして、こんなにも、頑張ってしまうの?
「ちぃちゃん。君の背負うものは、僕も背負うって言ったでしょ?
それが例え、地獄に落ちる事だとしても、君と一緒なら、何も怖くない。堕ちるとこまで堕ちて、一緒に、這い上がってみない?
地獄に落とされたからって、ジッとしてる程、僕らは弱くないでしょ?
死んでも、足掻き続けようよ。
僕と一緒に。ねぇ。千夜。」
死んでも、足掻き続ける。




