屯所移転問題と馬
千夜は、小さくため息をして、
「死ぬ気は、全くないから安心して。」
と、言った。
その言葉に、安堵した慶喜は、ちらりと、容保を見やり、千夜を見て、口を開いた?
「椿、容保が、まだ話があるんだと。」
「ケイちゃんが?」
「容保ね、椿。
佐々木只三郎並びに小寅は、新選組を襲ったと耳にしてね、それは誠か?近藤。」
ビクッと肩を揺らした近藤。角屋で襲われたあの時の話だと、近藤はすぐに気づいたのだ。
「不逞浪士は、捕縛しましたが、それが、佐々木という男かは、存じ上げませぬ。」
「芸妓は、小寅で間違いないね?」
「その通りにございます。」
んーっと考えている容保。
「椿、小寅は……」
「会津の忍び。」
「知ってたのか?」
「調べたからね。
あの殺気は、人を殺したことあるんだろうなって。」
「へー。」
「で、それがどうしたの?」
「殺されたよ。二人とも。」
「は?何で?」
だって佐々木は、鳥羽伏見の戦いで死ぬ筈。
「疑われてるのは、天誅組と天狗党。京の外れで、暗殺された。」
「それって、身柄は、会津が預かったから自由の身だったって事?一応不逞浪士で、捕まったから。」
「そうだね。未遂だとはいえ、君たちには、申し訳無いことをした。」
頭を下げた容保公。
「いえ、我らは、我らの仕事をしただけで、
会津の方とは、存じ上げませんでした故
頭を下げられるような事はありませぬ。」
「そうか。」
頭を上げ千夜を見る。
「すまなかった。」
これは、何にへの謝罪か?脳裏をよぎったのは、義理父だった。
「謝るなら、初めからやるな。
その、謝罪は、聞いてあげない。」
芹沢鴨の暗殺に対しての謝罪なんか、聞いてやらない。もう、誰が謝っても、帰ってはこない。虚しくなるだけだ。
「容保、良い世を作ろう。それが、死んでいった者へのせめてもの、償いだ。」
死んでいった。では、無い。
殺してしまった者達への……償い……
「椿……。わかった。
約束しよう。良き世を————。」
今は、その言葉だけで充分。多くは望まない。
「椿、お前、馬には乗れるのか?」
この方、本当に、マイペースだよね。
流石、千夜の兄。
「乗れるよ?何で?」
「屯所には、馬が居ないから、いつも移動は徒歩だろ?」
それ以外、ないじゃない?車なんて無いんだからさ、この時代。
「そうだよ?」
馬と移動手段を聞かれても、なんだと言うのだ!
「馬をやろうかと、思ってな。」
サラッと言ったけど、新選組の三人の顔が、引きつってるよ?馬。馬か。屯所に、馬小屋なんかない。馬小屋??
屯所も狭いしな、そして、屯所移転を思い出した。ニヤっと、笑う千夜。
「馬って、何頭頂ける?」
「お、おい、ちぃ!」
図々しいなんてわかってる。けども、背に腹は変えられない。
「……5、6頭なら。」
「いえ、お気持ちだけで……。」
慌てて、頭を下げる土方。
「よっちゃん失礼だよ。せっかく、くれるって言ってるのに。」
いや、いや、いや、失礼なのは、ちぃだ!
「あのな、頂いたとしても、狭い屯所の何処に馬を置くんだ!」
待ってましたと、いわん限りの千夜の顔に、土方は、ため息を吐いた。
「前川邸の横の広い空き地。そこを買い取る。」
前川邸の横は、確かに空き地だが、
「千夜さん、屯所にそんな大金はありませんよ?」
「わかってますよ?
私が支払います。前川邸も買い取って、屯所の増築もしたいなぁ。」
また、とんでも無いことを言い出した。
「で、馬って10は無理?」
頭を抱える新選組の局長と二人。
「二頭なら、会津から出すよ。」
「一頭、長州から。」
「じゃあ、薩摩から一頭。」
「嫌、そこまでして頂く理由がありません。」
「長州は、千夜に助けられてるから、それぐらいはするよ。」
「薩摩も千夜に期待してうから。」
薩摩は、金持ちだからね。
「会津は、褒美って事で、新選組は、よくやってくれてるよ。」
感動する近藤、土方、山南
「「「有り難き幸せ!」」」
結局、馬は頂ける事になった。残るは、馬の置ける場所だ。
「屯所が狭いか。土地の金ぐらいなら出してやる。」
「え?本当?」
「ちぃ、そこは遠慮するんだよ!」
遠慮どころか、飛びついちゃった。
「だって、隊士が可哀想でしょ?」
確かに、一部屋に三人ぐらい詰め込んでいるが……。
「椿、お前、まさかとは思うが、相部屋じゃないよな?」
流石に、その言葉には、千夜も固まる。
「ま、まさか……」
言い訳は、とてつもなく苦手。
「はぁ。相部屋なんだな?」
ケイキは、部屋を見たいと言う始末。お偉方は、近藤さん達にお任せして、部屋を見たいと言ったケイキを引き連れ、屯所の中を歩く。
「本当に、狭いな。」
だろうね。ケイキの住んでるところが、立派過ぎるんだと思うけどね。
「ココだけど、本当に見るの?」
部屋の前まで来て、往生際がわるい千夜。
「見る。」
はぁ。
スッと、開け放った襖。ビクッと、部屋の中にいた人物が肩を揺らした。
「沖田と同室?」
何が起こってるのか、沖田はわからない。
「えっと?何事?」
「狭い。」
部屋の中を、見渡すケイキ。
「あのね、部屋の広さは、普通だからね?」
「俺の住んでる所の物置部屋より狭いぞ。」
物置以下な部屋な訳?でも、8畳はあるよ?
「このぐらいの部屋に、隊士が三人、酷いところは四人詰め込んじゃってるんだよね。」
は?何言ってるんだと言った顔をするケイキ。
いや。本当だからね。
「どうやって寝るんだ?」
「布団で寝るでしょ。」
「………」
そうじゃないんだが……。
「お前が屯所を広くしたい理由は、わかったが……、何故、相部屋が沖田なんだ?」
「恋仲だから。」
サラッと言う千夜に、沖田が焦る
ピシ
「恋仲?椿、お前、散々見合いを蹴散らしといて、
選んだのが沖田か?」
見合いって、ちぃちゃん聞いてないよ?
と、言わん限りの視線を向ける沖田。
「だって、好きだから、しょうがないじゃん。」
沖田は、これだけで、嬉しくてたまらない。
はぁ。と、ため息のケイキ。ふくれっ面の千夜に、何を言っても無駄だとは知っている。
ジロッと沖田を見て、また、ため息を吐いたケイキは、
「もうわかった。部屋に戻るぞ。」
二人の仲を認めた訳じゃないが、女の表情をする千夜を見たことは無かった。
今は、目を瞑ろう。大事な妹の為に。ね。




