逢引の邪魔
起こってしまうかも。と、言われても、
”はい、そうですか ”とは、言えない。
そんな簡単な、内容じゃないのは、わかってる。
八月十八日の政変により、京都を追放されていた、長州藩勢力が、会津藩主・京都守護職松平容保らの排除を目指して挙兵し、京都市中において、市街戦を繰り広げた事件で、京都市中も戦火により約3万戸が焼失するなど、太平の世を揺るがす大事件。それが禁門の変。
大砲まで、投入された激しい戦闘により、長州側は、400人もの死者を出した。入江九一・久坂玄瑞「松門四天王」の二人が、禁門の変で死んでしまう。
そして、
長州は朝敵になり、第一次長州征伐に………。
それは、止めたい。だけど、下関戦争に、早めに行きたいのに、幕府の要請は、まだない。
もどかしい。
「桂、ちぃちゃんは、まだ…。」
病が、治ってない。そう、言いかけて、言葉を飲み込んだ。そんなの、桂だって、わかってる。禁門の変を起こしたくないのは、桂も同じ。
止めたいのに、どうしていいか、わからない。
時間もない。縋る場所は、結局、ちぃちゃん……。
「毛利は…?」
「もうすぐ、此処に来る。」
「………そう。」
お茶を見つめたままのちぃちゃん。何か考えている様な顔に、声をかけてあげる事もできない。
ただ、手をぎゅっと握りしめる。
————…ありがとう。と、微かに聞こえた声。その声は、湿った様に聞こえた。
もういいよ。休んでも。とは、言ってはダメ。
山崎君の言う通り、見てるのは、辛いし、苦しい。だけど、ちぃちゃんのが、もっと辛いんだ。考え、決断をしなければならない。結果次第で、誰かが、————死ぬ……。
その責任を、彼女は、背負っている。君の重圧を少しでも、僕に…。そんな想いを、握った手に込めることしか、してあげられない。
スッと開かれた襖。
長州藩主、毛利が、部屋に入ってきた。
ちぃちゃんが、そちらに視線を向けた瞬間、
明らかに、部屋の空気が、変わった。
そして、ちぃちゃんの顔も、決めたからという顔に、変わっていた。
藩主が、腰を落ち着かせ、千夜を見る。
「千夜、久しいな。他藩がな、挙兵すると聞かんのだ。」
ジッと藩主を見た後、千夜は、口を開いた。
「挙兵したいのは、毛利、お前だろう?」
見開いた藩主の目は、不自然に、揺れた。
これは、明らかな肯定。
「………何を言っている?俺は、京に火は放たないと、約束しただろう。」
確かに。でも、
「挙兵しないとは、約束してはいない。」
藩主の顔色が、どんどん悪くなっていく。
「挙兵したいなら、すれば?」
投げやりな千夜の言葉に、三人の男が驚いた。
止めたがってたはず。なのに、挙兵しても構わないと言う千夜。
男達は、どうしても、何故だ?どうして?と、考えてしまう。
「挙兵しても、長州は負ける。自分から仕掛けて、無様に負け、天王山で、腹を斬る。
そして、————朝敵になりさがる。
それが、長州の誇りなら、私は、止めやしない。」
「………。負ける?朝敵?お前は、長州は勝つと……。」
動揺を隠しきれない藩主。
これで、藩主が、挙兵したい事は明らかだ。
「誰が、全部の戦に勝てるなんて言った?
お前は、何をしたいんだ?
天皇を誘拐して、長州に連れて行き、その後は、どうしたいんだ?
大事に、大事に、天皇の身の回りの世話でもしたいのか?違うだろ!尊皇攘夷を掲げながら、
天皇を殺してしまおうと、考えているんだろう!天皇も、攘夷も、本当は、どうでもいいんだろ?」
「俺はそんなこと————」
「長州藩が、日本の頂点に立てれば、お前は、何でも、やるつもりだろっ!」
「………………」
すべては、長州が頂点に、立つ為だけに……。
「毛利、何故、私が、此処に居ると思う?」
そんなのは、毛利は、知らない。
千夜が、来ていると伝えられ、禁門の変の話だ。と思っただけ。
「………」
「お前を、止めて欲しい人間が居たから、
私は、此処に居るんだ。
お前に、間違った事をして欲しくないと願っているから、私に助けを求めたんだよ!
いつまでも、何も知りません。って顔してんじゃないよ!お前、藩主だろうが!自分の考えぐらい、ちゃんと話せ!」
藩主は、諦めた様に、
「はぁ。お前には、敵わんわ。お前の言う通り、挙兵を考えている。
八月十八日の政変の結果、藩兵は、任を解かれ、京都を追放された。
藩主の俺と、子の定広は、国許へ謹慎を命じられ、政治的な主導権を失った。」
「国許に謹慎?あんた、京にいるじゃん。」
「名を変えれば、京になど、残これるわ。」
「……………」
無理があるよ?毛利。
「……で、挙兵?」
「あぁ。土佐藩、久留米藩らと共にな。
長州は、幕府に虐げられてきたんだ。今こそ、
長州の力を見せつける時なのだ。」
「何で今なの?長州と薩摩が、朝敵になったのは、もっと前。徳川家康の時代でしょ?どうして、今なの?」
「…………」
「悔しいからでしょ?
薩摩は、同じ朝敵だったのに、今は幕府と、仲良しこよし。だから、あんたは、焦ってるんだろ?」
「————違うっ!」
「何が、違うの?何も、違わないじゃない!
何で、薩摩は、認められ、長州は認められない?なんで?どうして?長州が何をした?
————薩摩が羨ましい。
それが、あんたの今の想いだろ?」
「違うと、言っているっ!」
「何が、違うか、教えてあげるよ。
薩摩はね、幕府に歩み寄ったんだよ。どれだけ、迫害を受けたとて、どれだけ、虐げられられた過去を持とうと、幕府が悪くても目を瞑って、自分達が悪かったと、藩の為に、家族の為に、そう言ったんだと、私は、思うよ。
お前に言えるか?毛利。
お前の頭一つで、全部変わってしまうんだ。
お前達の生活も全部……。
挙兵し、朝敵になるか、幕府に、歩み寄るか、
決めるのは、お前だ。毛利。藩士達だけじゃない。藩士の家族の命も、お前の手の中にあるんだ。」
「何故だ、お前が、力で押さえつけてしまえば
挙兵などせずに済むだろう?何故、選ばせる!」
「力で押さえつけて、なんになる?
そこに、お前らの意志がないなら、長州藩じゃないだろうが!
私は、毛利、お前に長州藩を頼むと、言ったんだ。
託せない男なら、桂にでも頼んだよ。お前を信用してるから、託したんだ!
全部私が決めてしまえる藩なら、力を貸して欲しい。なんて頼まない!長州のヒメとも、呼ばせやしない。
幕府が、どうとか、そんなのは、どうでもいい。
私は、知らないよ。
お前達が、虐げられてた事も、何も知らない。
私は幕府の人間。私には、歩み寄れただろうが…。
できないことなんかないんだよ。
ただね、間違った事をして欲しくない!」
「………」
「毛利、忘れるな。お前には、まだ、間違った事を止めてくれる人間がちゃんといる。
自分に恥じない答えを出せ。」
「…………。わかった。」
*
「ちぃちゃん、よかったの?あのまま、帰っちゃって。」
言いたい事を言って、長州藩邸から逃げるように出てきてしまった。
「すぐ、答えを出せる程、簡単じゃないでしょ?」
「まぁ、そうだけど、不安じゃない?大丈夫?」
不安に決まってる。それでも、信じるしかないんだ。
毛利を————。桂を————。
いや、長州を。




