病と副作用
部屋まで、千夜の手を繋いで歩く。縁側から見える月は、満月だった。彼女の歩む歩幅に合わせて、ゆったりとした歩みをして、部屋に入った。 彼女を座らせ、沖田は、向き合って、自らの腰を落ち着かせた。
そっと、千夜の頬に触れる沖田の温かい手。
「叩いて、ごめんね。」
痛かったね?
どうして、そんな、悲しそうな表情で、優しい言葉をかけるの?
「総、ちゃん?」
でもね。と、沖田は、続ける。
「殺してなんて、言わないで?死んで、欲しくないよ。生きてて欲しい。
二度と、言わないで、お願いだから…っ。」
悲しそうな声で、千夜を見つめて、そう言った沖田。今、初めて分かったのだ。
彼女が、どんな思いで生きて欲しいと自分に言ったのか。
何故、山崎が生きると言わなかった自分に薬を渡さなかったのかが……。
「……ごめん、…なさい。」
最近、総ちゃんは、悲しそうな笑みをする。
苦しめたくないのに、苦しめてるのは、私。
「……な…さい。ごめん……な、さい。」
ジワジワと、涙がたまり、頬を伝う。
私が、弱いから、貴方を苦しめてしまう。笑って、欲しいのに、寂しそうに笑う彼。
私の所為だ————。
「ちぃちゃん…泣きたいなら、沢山泣いて。
辛いなら、辛いって言って?」
「…え?」
泣いたって、何も変わらない。辛いって言っても、誰も、助けてくれない。それが、千夜の中では、当たり前の事になってしまっていた。
敵は、居ないと、言いながら、仲間は大事だと、言いながらも、裏切りばかりの時を生きた千夜には、味方が、誰も居なかった。
一緒に、戦う仲間は居た。しかし、自分の感情なんか、ぶつけた事なんてない。
もう、どれぐらい、一人で生きたのか、わからないぐらいだ。
「支えるって、言ったでしょ?僕は、ちぃちゃんに、————支えられてるから。
だから、さっきみたいに、自分の思ってる事は、話して欲しい。」
「…え…でも……」
叩かれたよ?
「ダメだね、僕。すぐ、頭に血が上っちゃって、君を叩いちゃった。
僕に、ちゃんと話してくれたのは、嬉しかったよ。僕は、君を守るって決めたのに、やる前に、無理だと思ってしまった。
僕が、やらなきゃいけないのは、戦地で、君を守る事じゃない。もちろん、君が行くなら守るよ。
守るけど、君の病を治すのが先。一緒に戦うよ。君の病と……。」
「…ごめん…なさい。」
コツンっと額に総ちゃんの額が当たる。
視界は、総ちゃんで、埋め尽くされる。
「違うでしょ?ごめんなさいは、悪い事した時だよね?」
「ありがとう。」
「うん、よくできました。ちぃちゃんは、一人じゃない。僕がいる。
僕で頼り無かったら、土方さんが、
それでもダメなら、
————新選組全て、君の味方だよ。」
……味方……
ぎゅーっと、目の前の総ちゃんを、抱きしめた。
「嬉しい。ありがとう。」
「どういたしまして。」
沖田もまた、千夜の抱きしめ返す。
少しして離れた身体。
ちぃちゃんが、僕を見て————笑ったんだ。綺麗な笑顔で、少し照れ臭そうに……。
それを見た瞬間、込み上げてくる感情。
「————っ!」
「総ちゃん、大好き。」
久しぶりに見た、彼女の本当の笑顔。
嬉しい。ただの笑顔なのに、彼女が、笑ってくれるのが………。
僕の涙腺は、耐えてくれなくて、溢れ出た涙で、頬を濡らしていった。
辛いのは、僕じゃなくて、彼女なのに、一度流れ出した涙は、止まってはくれず、そっと、手拭いで、涙を拭いてくれる、優しい彼女。
「生きたいって、言って欲しかったくせに、
私がこんなんじゃ、ダメだよね?戦おう。一緒に、病と。」
「うん。」
「だから、泣かないで?」
「うん。」
ただただ、嬉しくて、僕は、彼女を抱きしめた。
次の日から、ちぃちゃんは、薬を服用しだした。ただ、ちぃちゃんは、薬の副作用が強く、
口の渇き、目の霞み、視力調整がうまくいかず、転んでしまう事もあった。
他にも、ちぃちゃんが薬を飲まなかった理由になった、手足の痙攣と全身の痺れが、ちぃちゃんを悩ませる。
時間さえあれば、木刀を持ち、振り回す。
身体が、うまく動かず、木刀を地に、落としてしまう事もあり、酷い時は、視界調整が出来ず
体制を崩し、顔面を地に強打した事もあった。
薬を飲ませないほうがよかったのかもしれないと、何度も思った。
ただ一つ、食欲が、多少出てきた事だけが、
僕にとっては、何よりの救い。
副作用が、軽くなってきたのは、————1週間後の事だった。
「ちぃちゃん、今日、出かけようか?」
「いいの?」
病気が、わかってから、いや。屯所に帰ってきてからというもの、ちぃちゃんは、外出禁止。
巡察すら、出してもらえなかった。
あの、過保護な土方さんなら、仕方ないけど。
「許可なら、もらったよ。」
許可を貰ったと聞けば、ちぃちゃんは、嬉しそうに笑った。
ずっと、狭い屯所の中に居たのだ。それは、嬉しいに決まってる。
「どこ行くの?」
本当に、嬉しそうに聞いて来た彼女、僕の頬すら、緩ませる。
「秘密。ちぃちゃんは、支度して。」
支度して…。って、袴姿の千夜は、この格好じゃ、ダメって事だよね?と考えながら、部屋に戻る。
「……何を着れば……??」
こういうのって、デート?……逢引?
どっちも、同じなのに、初めての事だからか、戸惑う千夜。
一人で、バタバタと支度をし、髪も結い上げて、簪をさした。
少しだけ、薄く化粧をしてみたが、
「……コレで、いいかな?」
鏡を見ながらそう言った千夜。
スッと襖が開く
「ちぃちゃん、そろそろ…………。」
固まる沖田。そして、顔は真っ赤に染まった。
「総ちゃん、変かな?」
クルッと、沖田の前で回ってみるが、反応なし。
「やっぱ、嫌い?着替えるね。」
着替えようと、向きを変える千夜の腕を
沖田は、咄嗟に掴んだ。
「ごめん、綺麗で、驚いただけだから。
そのままで、出かけよう。」
「?うん?」
千夜を町に連れ出した沖田は、どうにも、女姿の千夜を直視出来ないで居た。
見慣れた袴姿や、たまに見る太夫の千夜とは、全く違う。
女物の着物を身に纏い、薄く化粧をした千夜は、町の人が振り返る程に
————美しい。




