悲しげな笑み
開けっ放しの襖から、「総司。」と、声をかけた。
部屋の隅に頭を抱え座り込んだ沖田は、視線だけ、土方に向けた。
「なんです?土方さん。笑いにでも、来たんですか?」
全くもって会いたくない人物に、不機嫌丸出しで、声を出した沖田。
コッチも、不貞腐れかよ。
はぁ。何度、ため息するんだよ、俺は………。
「ちぃなら、俺の部屋だぞ。何があった?」
「ちぃちゃんに、聞けばいいじゃないですか。」
僕に、聞かないでくださいよ。
「話さないから、お前のトコに来たんだろうが!」
「ほっといて下さいよ。」
「ほっといたら、仲直りできんだな?」
土方の言い方に、沖田は、眉間にシワを寄せた。
「嫌な人ですね。」
「俺は、ただ、聞いただけだろうが!」
「…………できません。僕、間違ってないですし。」
二人揃って、同じ事、言ってやがる。
「あのな、俺だって、忙しいんだよ。なんで、恋敵のお前の仲直りなんか、手伝わなきゃ行けねぇんだよ!」
「仕事したらいいじゃないですか。」
どんだけ、こいつら似てんだよ……。
「じゃあ、俺が、ちぃと寝るからな。」
そう言って、土方は、沖田の部屋を出ようとする。
「だ、ダメです。」
喧嘩してようが、それだけは、嫌な沖田は、土方の思惑どうりに、彼を呼び止めてしまった。
「だったら、話せ。」
う……はぁ。
沖田から聞こえた、ため息に、ため息吐きたいのはコッチだ!と、土方は思う。
沖田は、本を見せながら、土方に、千夜が、下関戦争に行くつもりだ。と、話した。
幕府も、どうやら行くらしく、新選組も出動要請が出る手筈だ。という事を話し、千夜が、殺して。と言った事も、自分が、殴った事も、話した。
土方は、少し考えながら、
「まぁ、ちぃの言い分も、わかるがな。」
「なんで、わかるんですか!殺してって、言ったんですよ?」
「あのな、言葉を選ばなかった、ちぃも悪いが、あいつが、幕府の人間も、俺らも、巻き込むのと同じなんだろ?」
土方も言葉を選んでいない。
「………。巻き込むって…。まぁ、そうなりますね。」
「そこで、誰かが死ぬかもしれない。それは、ちぃにだって、わからねぇ訳だ。一緒に行こうと、行かまいと、それは、変わらない。
それでも、行って、誰か、死ぬのと、行かないで、誰か、死ぬのじゃ、全く違う。
お前、近藤さんが、もし、もしだぞ、自分の居ない所で、死んだとしたら、どう思う?」
やたらと、もし。と言う、土方。
「自分が居れば、守れたんじゃないか?」
と、誰もが思う。強い人ならば尚更、そう、思ってしまうもの。
「ちぃだって、同じだって事だ。」
「でも、ちぃちゃんは、病気で————」
「病んでるのは、心で、身体じゃねぇだろ?
ちぃの性格なん、今に始まった事じゃねぇだろ…
あいつは、言い出したら、曲がらねぇ。誰が、なんて言ってもな。」
「土方さんは、知らないから、ちぃちゃんが、部屋に戻ったら、倒れるように寝るんですよ?」
「だったら、テメェが、ちぃを曲げるか、下関戦争に連れて行って、自分で守るか、どっちかしかねぇだろ! ?」
「守るって、無茶も、大概に言って下さいよ。」
「無茶か、やってみてから言え。お前、そんなに、弱えのか?」
弱いとか、そういう問題じゃない。
「ちぃちゃんは、オナゴなんですよ?」
「都合のいい時だけ、女にしてんじゃねぇよ。
テメェは、ちぃに勝ちたくて、ずっと、その背を追っかけてたんだろうが!
それとも、なにか?ちぃは、お前と恋仲になったから弱くなったのか?」
「……そうじゃないです。」
「あいつは、わかってんだよ。お前が、心配してるのなんか…。今まで、あいつは、どんなに、キツイ事言われても、絶対、部屋から出てく事なんか無かった。
あいつは、自分が、間違ってるなんて、もう、わかってんだよ。お前も、そうだろ?総司。」
「……僕は、間違って無い。」
「だったら、何で手を出した?自分の思い通りに、ならねぇからだろ!
そんな事で、いう事聞く女じゃねぇぞ、ちぃは
そんな女がいいなら他へ行け。」
「…………」
「まぁ、俺は、ちぃが、行きてぇなら連れてくがな……」
「どうしてっ!」
沖田の問いに、土方は、ニヤリと笑う。
「手元に置いといた方が、安心だからだよ。
置いていって、勝手な行動されるより、連れて行った方が、いいに決まってるだろ!」
どんだけ、過保護なんですか?
……この人……
「下関の事、考えてるなら、あいつは、自分の身体の事も、考えてるだろうよ。
ついて行くと言って、足引っ張るほど、ちぃは、バカじゃねぇ。
少しは、信じてやったらどうだ?」
……信じて……
『ちぃは、必ず、かえってくる。』
山崎君も、言ってた……。
『自分の身体の事なんか、知ってるよ』
ちぃちゃんは、自分の身体の事を知ってた。
『ちぃは、薬持ってる』
『足引っ張るほど、バカじゃねぇ』
ちぃちゃんは、もう、病と向き合ってる。
僕が、知らなかっただけで……
ちぃちゃんは、もう戦っている。自分の病と……
土方が、部屋から去り、しばらく考える沖田。
土方さんの所で、寝て欲しくないし、ちぃちゃん心配だし、結局、僕が折れなきゃいけない。
信じて……。って、別に、ちぃちゃんを
信じてない訳じゃない 。
みんな、僕より、ちぃちゃんをわかってあげてるから、焦るし……ムカつく……
大体、土方さんが何か言うと、屁理屈にしか、聞こえないんだよ。
ブツブツと、文句を言いながらも、土方の部屋に、千夜を迎えに行く沖田。
部屋の前まで来ると、立ち止まってしまう。
はぁ。この部屋、どうやって入ってたっけ?
気まずいからか、部屋の入り方すら忘れる沖田。
スッと、普通に入ったら、土方に、驚いた表情で見られてしまう。
「なんなんですか?失礼にも、程がありますよ。」
いや、何も言わずに、入って来て言う台詞がそれ?
まだ、スパーンッと、入ってくれた方が…いい……のか?ん…?
まぁ、いいや。
千夜は、壁に寄りかかって、窓の外を見ていた。ボーっとして、微動だにしない。
千夜の病は、夜が一番酷い。
沖田が、近くに歩み寄る。
「ちぃちゃん?」
「…ん?」
声に反応して、視線を沖田に向けた千夜
「あ、総ちゃん。」
そう言って笑う。少し寂しそうに、沖田は、悲しげな笑みを浮かべる。
「部屋、帰ろうか?」
「うん。」
彼女の手をとり、
「土方さん、ありがとうございました。」
頭を下げた沖田。少し驚いた土方だったが「ああ。」と、一言だけ返した。
それを聞いて、沖田と千夜は、土方の部屋を後にした。




