喧嘩
スッ。沖田は、薬の副作用が書かれた紙を懐に仕舞い、自室の襖を開ける。
その音に、千夜が、手に持ってた物を慌てた様子で、背に隠した。
「ちぃちゃん、何、隠したの?」
千夜に歩み寄りながら、沖田は優しく問う。
小首を傾げた千夜は、視線を彷徨わせたのち、
「…………。何も?」
そう、答えた。可愛いけど、確かに、何か隠しているのは、明らかだ。
沖田は、その嘘に黒い笑みを貼り付けながら、
「ちぃちゃんは、そんなに、お仕置きがいいんだね?」
と、意地悪く言い放つ。
その表情と、声に、ビクッと肩を震わせ、ふるふると首を振る彼女。
「じゃあ、隠したモノ見せて?」
少し脅迫に近いが、ちぃちゃんの反応がいちいち可愛いから、つい、口調だけ、いじめてるみたいになってしまうんだ。口調だけだよ……。多分……。
おずおずと、手に持ってた物を、僕に差し出した
「絵草紙?……新選組!」
彼女が見ていたのは新選組の本だった。
話は聞いたし、別に隠さなくてもいいのに 、そう思いながらも、見ていた場所が気になった。
「どこ見てたの?」
ペラペラとページをめくってく千夜。
そして止まったのは、京に火を放つ、どんどん焼けという浮世絵。それと同じ場所に、赤く塗りつぶされた地図に、顔を歪ませた。
赤は、燃えてしまう場所である事は、すぐにわかった。
こんなにたくさん、燃えてしまうのか。京の町が……。
まだ、起きてない禁門の変。
それが起きる日付は、七月十九日。字は読めないけど、それぐらいわかる。
ちぃちゃんは、もう、先の事を考えてるんだ。
その時、ガサッと、ちぃちゃんの背から本が転がる
「————あ!」
彼女が隠したかったのは、多分こちらの本なのだろう。声を上げたのが、証拠だ。
千夜の手より早く、沖田がその本を拾い上げる。幕末と書かれた本。しおりが、してある所を開くと下関戦争の文字。
戦争?
本が、読みたいが、読めない。長州藩が、何処と戦う?
元治元年七月……
…………。
新選組の本をパラパラめくるが、下関戦争は載ってない。
どんどん焼け、禁門の変。そのページに戻ってみれば……長州藩……の文字。
————ちぃちゃんは長州のヒメ。
そう、呼ばれて居た。
隠したって事は、下関戦争に、行くつもりって事で————間違いない。
「ちぃちゃん、一人で行くつもり?」
「違うよ。幕府と新選組も一緒に、下関戦争に、参加する。」
「長州は幕府の敵だよ?」
参加するわけ…
「幕府は動くよ。 必ず。」
ニコッと、笑ったちぃちゃん。
何かしらもう、手は打ってあるという事だろう。
「ダメだよ。例え、幕府から新選組の出動要請が来ても、ちぃちゃんは、行かせない。」
行かせられる訳ない。痩せた、ちぃちゃん。
病なのに、戦争なんかに、連れて行けるわけない。
キュッと、唇を噛んだ、ちぃちゃんは、納得していない表情を見せた。
「だったら、私を殺して?」
ただただ、目を見開いた。
「な、んで?どうして、殺してなんて言うの?」
千夜の肩を掴み、力任せに揺らす。そんな言葉を聞きたいんじゃない。
一緒に生きたいと言ったのに、何故、僕に、殺してなんて言うの?
「攘夷の無意味を知らなければ、日本の未来は無い。戦争なんか、起こらない方がいいに決まってる。誰も、死んで欲しくない。
でも、言葉だけじゃ、誰もわかってくれない!
エゲレスが、メリケンが、連合軍が、どれだけ凄いか、今のこの世界の日本人は知らない!
下関戦争は、私には止められない。異国は、日本に、開国をせよと言ってるだけなのに
何故鎖国をする必要がある?
————孤立してるんだよ。日本は!」
「だからって、ちぃちゃんが死ぬ必要はないでしょ?」
「————あるよ。私が、幕府の人間を動かしたのに、私が、新選組を連れて行って欲しいと頼んだのに、みんなを危険に晒して、なんで私だけ、平和な場所に居なきゃいけないの?
攘夷の無意味を知らせたいのに、何も出来ないなら、————殺してくれた方がいい!」
パシーンッ
頬が痛い。まさか、総ちゃんに、叩かれると思わなかった。
「————殺してなんて、言うなよ!一緒に生きようって、言っただろ?」
「………」
「連れて行けないのは、ちぃちゃんが病だから…だからーー」
「……知ってるよ。自分が可笑しいのぐらい
わかってる。
それでも、 下関戦争には、絶対いくから。」
そう言って、ちぃちゃんは、部屋を飛び出してしまった。
頭を抱え座り込んだ。
何してんだろう。ちぃちゃんを、叩いてしまった。右手がジンジンと痛む。
「……守るって、言ったばかりなのに。」
しかも、怒鳴るなんて……。ちぃちゃんは、病なのに……… 。
*
スパンッ突然、部屋の襖が開け放たれ、
部屋の主人は、文机に向かったまま、襖の方に視線を向けた。
「……ちぃ?」
スタスタと、かつての住人が土方の部屋に入ってきた。
引きっぱなしの布団に、勝手に入って、丸まってしまった。
「………はぁ。どうした?」
「……………」
話す気は、無いらしい。狭い屯所。
沖田の声も、嫌でも聞こえる。詳しいことはわからないが、喧嘩した。って、ところだろう。
で、土方の部屋に逃げ込んだと……
「黙ってたら、わかんねぇよ。俺だって仕事があるんだよ。」
「………やればいいじゃん。」
気にするな。という事だろうが、気になるのだから仕方ない
「総司と喧嘩したんだろ?何があった?」
「私、間違ってないもん。」
大体、頭に血が上った人間は、そう言うんだよ。
「そうか?物騒な言葉が聞こえたぞ?俺には……」
屯所中に聞こえてるだろね。総ちゃん怒鳴ったし。
「………殺してって言った。」
「はぁ?そりゃ総司だって怒るぞ。」
「……だって………。めんどくさい。寝る。」
言い訳は、苦手な千夜。
「自分が、悪いとこあったって、わかってるんだろうが。」
「………………」
「はぁ、わかった。寝てろ。総司の所、行ってくる。」
「………………」
はぁ
なんで俺がと言いながら、腰を上げる土方。
向かう先は沖田の部屋




