薬と副作用
土方さんと、少し話してから、夕餉を食べる為に広間に向かった。
「いただきます。」
で、いつも通り始まった、夕餉の時間。
ガヤガヤと、相変わらず、騒がしい。
「新ぱっつあん、俺のオカズ取んなよ!」
「ああ?聞こえねーな。」
「絶対、きこえてんだろ!」
「テメェら、飯ぐらい静かに食えねーのか!」
土方さんの怒鳴り声なんて、幹部隊士は、聴き慣れている。
「だってよー新ぱっつあんが、オカズとったの土方さんも見ただろ?なあ?」
同意を求める平助に、ガコンッっと、拳骨が落ちた。
「うるせーんだよ。」
「痛って———!俺、悪くないじゃん。」
まだ、言ってる藤堂。
で、結局、ちぃちゃんから、オカズをわけてもらってるし、全く……。
ちぃちゃんも、あげてしまうから、どれだけ食べたのか、全くわからない。頼れるのは、山崎君の目視だけである。
山崎の近くに、歩み寄り、
「山崎君、ちぃちゃん、今日は?」
どれだけ食べた?と、尋ねれば、
「二、三口。ごはんと味噌汁飲んだだけや。」
……全然食べてない……
「………。沖田さん、後でちょっとええか?ちぃの事で。」
「わかった。」
ちぃちゃんの事って、なんだろう?
自分の席に戻り、中断していた夕餉を食べ進める。はっきり言って、味なんかわからない。
とりあえず、口に詰め込む。そんな感じだ。
ガタっと、音が聞こえて、また、三馬鹿が暴れてると、そちらに視線を向けたら、ちぃちゃんが口に手を当てて、うずくまっていた。
「ちぃちゃん!」
ごはんなんか、どうでもよくて、すぐに駆け寄った。
「ごめん。大丈夫。食べ過ぎちゃったかな。」
ごはんなんか、そんなに食べてないのに、そう言った千夜。そんなにも、食べ物を拒絶してしまうのか?
「千夜さん、ご懐妊?」
平隊士の言葉を聞いて、沖田は、キッと、睨みつけてしまう。
普通なら喜ばしい事でも、その言葉は、ちぃちゃんを深く傷つけるだけ。平隊士になんの悪気なんかない。知らないのだから……。
「馬鹿な事言ってねぇで、さっさと、飯食え!」
土方さんの声に、平隊士は、慌てて、ごはんを食べ始めた。
「部屋、先に戻るね。」
「うん。」
部屋を出て行ってしまったちぃちゃん。
……子供か。
子供は好きだし、ちぃちゃんとの子なら、欲しいに決まってる。だけど、ちぃちゃんが自分を刺さなければ、僕達は、絶対に、出会えなかった。それぐらい、彼女との身分というものが違いすぎるんだ。僕たちは————。
ごはんの後、千夜が居る、自室に一旦戻った沖田。
千夜は、畳の上に壁にもたれかかり座っていた。ただ、ボーっと、遠くを見つめて居る彼女。
話を聞いただけで、心の病を取り除いてあげれないのは、わかってる。
「ちぃちゃん、僕、用事があるから、少し待っててね。」
「うん。」
戻ったばかりの部屋を出て、山崎の部屋に、向かった。ちぃちゃんの話を聞くために。
*
「で?ちぃちゃんの話って?」
山崎の部屋に来て、腰を落ち着かせたところで
沖田は山崎を見てそう言った。
「ちぃはな、平成の世で言う”鬱病”や。」
………
「鬱病?」
名前を言われても、知らない病。
「抑うつ気分、意欲・興味・精神活動の低下、焦燥、食欲低下、不眠。そういう症状が出るんやて。」
「ごめん。…しょうそうって…何?」
「イライラしたり、焦る事や。」
「症状は、ほとんど合ってる。でも、どうやって治したら。」
「ちぃは、薬、持ってるはずや。」
「え?」
「医学書に載った病気はな、ほとんど、ちぃが、かかったりした病や。もちろん、松本良順先生のとこで診た患者の記録もあるやろけどな。けど、この鬱病ってのは日付が、平成になっとる。」
医学書に書かれた場所を見せながら、山崎は言った。
「松本先生は、生きてない?」
その通り。と、言わん限りにニコっと笑った山崎
「松本先生が死んでからは、ちぃは、自分の手に入れた薬を書き記しとる。
ちぃは、認めたくないんよ。自分が鬱病やと。
誰でもなるんよ。
隊務したないとか、今日は、出かけたないとか、そんなんの寄せ集めみたいな病。
少し、心疲れてしもうただけや。
ちぃは、強いねん。そんな病になんか殺されん。」
あんな弱ってるのに?
ちぃちゃんを強いという山崎君
「でも、薬飲まないと、いけないんでしょ?」
「見とってみぃ。ちぃは、必ず足掻き出す。
此処まで、必死やってん。最後まで、あいつは何があっても諦めん。新選組がある限り、あいつは、死なん。」
「どうして、そんな事、言えるの?あんなに、弱ってるのに!」
「あいつは、芹沢鴨の意志をついだんよ。新選組の土台となった男の意志を————。
生半可な気持ちで、継いだんやないんよ。
ちぃの覚悟は、病なんかに、負けたらいかんのや!見てるのは辛いやろ?苦しいやろ?
でもな、ちぃは、もっと、もっと、苦しいねん!
もっと前から、誰かに助けて貰いたかってん。
それを一人で抱え込んだから、今の状態になってしまったんよ!」
「…山崎君……」
「俺かて、ちぃが好きや。沖田さんがおろうが、自分の気持ちはどうにもでけへん。
守ってやりたいし、あいつの為なら命だってくれてやる。それは変わらん。
ちぃは、必ずかえってくる。もう少しだけ、ちぃを信じて待って欲しいねん。ちぃを休ませてやって欲しい。」
頭を畳に擦り付けるぐらい頭を下げた山崎君。
こんな彼を見たのは、初めてだった。
「ちぃが、戻らんかったら、俺を殺してくれてかまへん。
ちぃは、必ず、足掻きだす。見守ったって?お願いします。」
頭を下げ続ける、山崎君ちぃちゃんの為に土下座をする。
土下座なんて、みっともない。ずっと、そう思っていた。だけど、今は、違うんだ。頭を下げ続ける山崎君が、カッコイイと思ったんだ。
嫌なんて、言えるわけない。早く元気になってもらいたい。早く薬を飲んでもらいたい。
でも、彼が頭を下げてまでお願いするのは、
ちぃちゃんを思っての事。
同じ人を好きになった、彼の願い。ちぃちゃんを悪いようにするわけじゃない 。
「わかったから、頭を上げて?」
「ホンマか?」
バッと起き上がった山崎に、僕、騙されたのかな?と、思う沖田。
ニカッと笑った山崎君を見て、余計にそう思う 。
「いやーよかったわー。」
この人、言ってることはカッコイイと思うのに、どうにも、緊張感というものがない。
「……で、話は終わったんだよね。」
「沖田さん、冷たない?」
はぁ。
「ちぃちゃんの病気を教えてくれて
どーも、ありがとう。山崎君が命をかけなくても、ちぃちゃんは僕が守るから大丈夫です。じゃ。」
「沖田さん!最後以外棒読みやん!」
ヒドイッと声がしたが、さっさと、ちぃちゃんのトコに戻ろうっと。
「沖田さん。もう一つ。」
そんな言葉に、沖田は、足を止めた。
「ちぃは、薬の副作用が怖いんかもしれん。」
山崎は、沖田に、薬の副作用を書き記した紙を渡した。
「ありがとう。」
そう言って、パタンッと、襖は、閉じられた。
「知ってんのや。俺は、ちぃの兄上代わりやったんや。恋仲なん、なれんのなん知ってたんや。帰ってきたかと思ったら、何、病気なんなっとるん?————ど阿呆が!」
今だけ、泣いたってええやろ?
ちぃ。はよ、目覚ませ。お前は、芹沢千夜やろがっ!




