千夜の過去——弐
そんな事を、続けていれば、ちぃちゃんの体力は、限界になる。
慶応四年一月に始まった鳥羽伏見の戦い。山崎君、源さんの死。
三月中頃には、左之さんと新八さんの離脱があり、近藤さんが、部下は黙って、ついてこればいい!と、二人に言ったらしい。
二人が去った後、本当に、これで、よかったんですか?と、ちぃちゃんが近藤さんに聞いたら
————負け戦に、仲間を縛り付けたくない。と、そう言った。
ちぃちゃんは、近藤さんの本当の気持ちを伝えようと、二人の後を追ったが、もう二人は、居なくて、近藤さんの気持ちを伝えることも出来ず、近藤さんの元に戻ったところで、ちぃちゃんは、倒れてしまった。
そして、喘息の発作が出てしまい、戦線離脱を余儀なくされた。
そして、大阪で僕と一緒に、幕府の医師・松本良順により千駄ヶ谷の植木屋に匿われて、生活を送った。
僕の体は、労咳に蝕まれ、やせ細り、それでも刀は、離さなかった。
ずっと、近藤さんに呼ばれるのを待っていた。と。病に蝕まれても、どんだけ体力が落ちても
生きたいと、死んでたまるかと、沖田総司は、口に出さなくても、ちぃちゃんには、そう見えたと、言った。近藤さんの斬首を、ちぃちゃんは、見に行った。
助けたかったから。 だけど、近藤さんは、笑って首を横に振るだけ。結局、近藤さんの斬首は、止められ無かった。
近藤さんは元気かなぁー
と、まだ、生きたいと願ってた僕に絶望なんて教えられなかったと。悲しげに語ってくれた。
そして、恩師が死んだのも知らないまま沖田総司は、死んだ。
ちぃちゃんに、愛の言葉を残し、冷たくなってから、自分は、沖田総司が、好きと気づいた、ちぃちゃんは、自分をバカだと言った。
沖田が、居なくなり、ちぃちゃんは、沖田の願いを叶えるために、仲間を助けるために、母成峠に走った。
彼女の行く場所は、仲間の屍ばかり。泣いてる暇さえくれなくて、敵は最新式の銃。
幕府軍にも、銃はあったが旧式、まったく違う
それでも、銃を撃ちまくった。
土方さんを追って、北へ北へと、一人で進んでいった彼女。
気づけば、明治になっていて、共に戦った仲間は、両手に収まる程しか居なくて味方だと思った藩は、いつの間にか、敵になっていて、何を、信じていいのか、わからなくて
ただ、空を見て、僕を、仲間を思い出し
また、刀や銃を手に、たくさんの屍を見ながら
土方さんの元に走った。
錦の三旗を見て、何が、幕府だ、何が、新政府だ。同じ日本の人間なのに、殺し合って、なんの意味がある!こんなの、悲しすぎるだろ!
そう、彼女は、叫んだ。その声すら、爆破音に揉み消されたそうだ。
土方さんに追いついた時、戦争は、終わっていた。必死で、土方さんを探すが見つからない
明治2年5月14日
相馬主計新選組局長に就任、弁天台場の新選組、降伏する。
明治2年5月18日
旧幕府軍降伏、戊辰戦争終結
それが、新選組の最後。
それだけでは、ちぃちゃんの過去は、終わらない。土方さんは、結局、見つけられず、僕との約束であった、刀を土方さんに渡す事も、果たせなかった。
ちぃちゃんは、戻る場所すらなくなって、しばらく、京に戻り、島原で生活を送ったが、自分の姿も髪も何も変わらない事に気づき、たくさんの思い出が詰まった京を出て行くしかなかった。
松本先生が、江戸にいた為住む場所は困らなかったらしいが、江戸で、医術を一から学び直し、医術の職についた。
ただ、ひたすらに働いて気を紛らせた。
戦争が起これば、死を求め、自ら戦いの中に身を投じ、怪我を負っても死ねず、結局、なんのために戦ってるのか、わからないまま
普通に訪れるはずの死も、迎えられず、名を変え、住む場所を変えた。
死ねない事に絶望し、自らを傷つける日々。
何をしても、死ねず、ズルズルと、平成の世迄生きた。彼女。
新選組の本ばかり読み漁り、医術をノートに書き記し、戻れもしない、幕末に思いを馳せていた。
ちぃちゃんは、そう言った……
全てを聞いて、彼女を再度抱きしめる。日が高かった筈なのに辺りはもう暗い。全部、彼女が、一人で抱えてた事。
壮絶な人生。
そんな言葉だけで、済ませていいのかわからないぐらい、考えられない
彼女の幸せな時は、試衛館で暮らしていた時と、新選組にいた時だけ。
————150年以上生きていて
幸せな時と言っても、一人じゃないだけで、新選組は人斬り集団。
血に塗れ、人を殺した。
彼女は、オナゴなのに、と思ってしまう。聞いてるこっちが、辛くなる。
それでも、聞いてよかったと思う。少しでも、君の背負うモノを知れたから。
ちぃちゃんの傷を抉ってしまったかもだけど、その傷は僕が癒せばいい。
一緒に歴史を変えることで————。
一緒に新たな世界を見ることで————。
一緒に生きることで————。
僕は、ずっと君と共に、あり続けるから。
腕の中で、話し疲れて泣きながら眠ってしまった彼女を
「————守るから、必ず!」
ずっと、守ってくれてたんだもん。僕にも、君を守らせてね。
スパンッ と、襖が突然開き、沖田は、ビクッっと肩を跳ね上げた。襖が、勝手に開く訳なく、開け放たれた襖を見れば、一人の男の姿。
「土方さん。」
自分もその開け方をしてたから、文句は、言えない。
「オメェらは、飯だって言ってんだろ!」
いやいや、今、初めて聞いたよ?
「………ん?よっちゃん?」
あーあ。ちぃちゃんが、起きちゃったじゃない。
「なんだ?ちぃ、総司に泣かされたか?可哀想に…。」
ヨシヨシと、わざとらしい土方。しかも、千夜を自分の方へと奪うように抱き寄せた。
「小春を、男と見破れない土方さんに言われても何とも思いませんけどね。」
「あ、あれは!お前だって、わからなかっただろうがっ!」
慌てる土方
「山崎くんと抱き合って寝てた土方さんは、
黙っててくださいね。」
小春を見たことある人だと思ったが、佐々木だとは思わなかった沖田は、負け惜しみで、かなり前の事を引っ張りだした。
「う……」
嫌な過去を思い出して、顔面蒼白の土方。
「で、いつまでちぃちゃんを抱きしめてるんですか?離して下さい。汚れます。」
シレッとした顔で言い放つ沖田
「汚れますって!テメェに言われたくねぇよ。とりあえず、飯だ。」
「ちぃちゃん、先に行ってて?」
「うん。わかった。」
千夜の背を見送り、土方を見た、沖田。
悔しいけど、僕一人の、力じゃ、どうにもならない。少しでも多くの協力が欲しい。
「土方さん、頼みがあります。」
ちぃちゃんを助けた、土方さんなら
僕が、信用した、————この男なら、新選組ごと、きっと、力を貸してくれる。
新選組と新たな世界を作り上げる。
ちぃちゃんから聞いた史実なんて
僕達が、新選組が、
ぶち壊してやればいい。




