悪化する病
私闘をした、その日のお昼頃、長州の三人が、帰る事になった。
三人の顔には、痣。
池田屋事件の時よりも傷を負った、志士。
屯所の門まで、新選組幹部もお見送った。
「千夜。約束は、必ず果たすよ。」
ジロッと、沖田を見てから、千夜に視線を向けた吉田。
「本当、男の趣味は、どうかと思うけど。ね。
何かされたら、言うんだよ?いつでも、迎えに来てあげるから。」
そう言いながら、千夜を抱きしめる吉田 。我慢、我慢。と、頭で考える沖田。
クスっと、笑う千夜。
「おい、吉田離れろ!俺だって、千夜を抱きしめたい!」
「順番に、やる事じゃないよ。」
まったくもって、その通り
「桂!」
そう言った千夜は、桂に白い腕を伸ばした。
誰もが、彼女が、桂の胸に、飛び込んだ様に見えたに違いない。
「————、頼む。」
桂は、少し驚いた表情を見せて、口角を上げた。
「ちぃちゃん?離れようね?」
ズルズルと桂から、引き離された千夜。
「何、沖田は、慌ててるの? 千夜は、俺に、
長州藩を頼むって言っただけだよ?
一応、長州のヒメなんでね。」
「————え?それだけ?」
本当は、それだけではないが、長州の動向を見て、禁門の変が起きない様に、しなければならない。京に、桂が残るなら託すのは、桂しかいない。
随時連絡が欲しいと、お願いしたのだ。
「そうだよ。」
何故か、シュンっと、項垂れた沖田。少し、可哀想だけど、そのままにしとこう。
「千夜が、居なくなると寂しくなる。」
そう、言いながら、抱きしめてくる高杉。
そっと、離れた温もりは、半年間、一緒に居て、私を支えてくれた、長州藩士。
離れるのは、寂しい。頬を濡らしてしまう程に……
「ほら、千夜泣かない。新選組と敵じゃない世を。」
「日本の夜明けを。」
「約束する。なんたって、長州のヒメだからな!」
「————ありがとう。
力を貸してくれて。本当に、ありがとう。私の戯言を真剣に、聞いてくれて。
桂、高杉、稔麿。必ず、いい日本にしよう。」
「「「おう。」」」
「じゃあな。千夜。」
「うん。」
これは、さよならじゃない。だから、笑って見送ろう。
「ご武運を。」
ぐしゃぐしゃ頭を撫でられて、長州藩士達は、千夜に背を向ける。
小さくなっていく背中。三人の姿が見えなくなるまで、千夜は、門の前で見送った。
私には、神も仏も、なにもつかなくて構わない。あの三人を、どうか————御守りください。
長州の3人が去った日から、千夜と、沖田は、同室になった。ボーっと、する事が、日に日に見ててわかる程多くなった。
今も、彼女は、縁側で、僕の膝を枕にして、眠っている。サラサラの桜色の髪を撫でる。
沖田は、労咳の薬を飲み出し、身体も軽くなって、咳混む事も、赤を吐く事も無くなった。
なのに、ちぃちゃんが……
「沖田さん、ちぃは、ごはん食べれた?」
声が聞こえた方向を見れば、山崎の姿。
沖田は、千夜を起こさない様に、山崎君に首を横に振る。ちぃちゃんは、ごはんを食べても、吐き戻してしまう。
どれだけ動いても、食欲は、落ちていく一方。
それでも、彼女が隊務を休む事は無かった。
睡眠薬に強い、ちぃちゃんは、夜、寝るのも、ままならない。いつも、夜中に、白い鷹を見上げ、たまに、白い鷹を腕に乗せ、夜を過ごす。
山崎は、千夜の脈をみて、少し痩せた頬に、触れた。
「また、様子見に来るわ。」
そう言って、山崎は、去ってしまった。何もできない、もどかしさ。再び、沖田は、彼女の頭を撫でる。
まだ、桂達が、去ってから、半月も経って無いのに、僕だけ、元気になっても、嬉しくない。
少し、土方さんに用事があって、副長室を訪ねれば、
「総司、ちぃは?」
何度も聞かれる、ちぃちゃんの容態。
何も変わらない状況に、説明するのも嫌になる。
「変わりませんよ。何もね。」
そう、言うしかない。
副長室にいる時間も、少なくなった。ちぃちゃんは、そこに、居ないから。
部屋に戻る途中で、桜色の髪を見つけた。
「何してるの?」
僕の声に、少し驚いた様子で、振り返ったちぃちゃん。まるで、いたずらをしている、子供みたいに、見つかっちゃった。って顔をする。
「餌を、探してたんだけどね。」
「凰牙だっけ?あの、白い鷹の餌?」
「そう。」
歩み寄っていけば、本当に、地面を掘ってたらしい。中庭の至る所に、掘った形跡があった。
「なんか、平隊士が前に、魚釣りに行ったみたいで、ここ掘ったらしくて、何にもいない。」
「まだ探す?」
首を横に振った千夜
「凰牙は、狩りで餌捕まえられるから。いけないんだよね、もう、森に返したのに私の都合で呼んだら、さ。」
寂しそうに、そう言う彼女を僕は、抱きしめてあげる事しかできない。
「もう、凰牙を自由にしなきゃね。」
彼女の背負ったものを無くす事は、不可能。
だけど、それを軽く出来るのは、
————僕しか居ない。
「僕が、側にいるよ。
もう、一人で抱えこまないで?君の背負ってるモノを、僕にも、背負わさせてよ。僕ね、ずっと君に、負けたくなかった。君に追いつきたい、追い越したい。そればっかりで、世の中の事なんて知らないし、先のことなんか、考えた事もない。
ただ、自分のことだけ、考えて生きてたんだよ。でも、それは逃げてただけなんだよ。
世の中っていう、たくさんの人から。
君が、気付かせてくれた。」
私は、何もしてないのに……
「君の生き方に、憧れた。
仲間の為に、命をかけてもいいと、組の為に、僕達の為に、いつも君は、考えてくれてる。
本当は、怖くて堪らないのに、間違った事は、間違ってるっていう君を本当に凄いと思った。
君と、新たな世を見てみたい。
君の目指す日本に、僕は君と立ちたい。
だから、僕にも手伝わせて?
千夜と共に、新たな世をつくりたいんだ。」
「……総、ちゃん。」
「だから、もう、苦しまなくていい。僕も一緒に、千夜の力になるよ。」
苦しいぐらい強く、抱きしめられた。




