ようやく恋仲に
倒れた土方を立たせようと、手を伸ばした千夜。その途端、腕を掴まれた感覚がして、土方との距離が急速に近づいた。
唇に感じた、生暖かい感触に、千夜は、硬直した。
「…………。」
「あー! ! !土方さん! !
負けたのに、何、ちぃちゃんに、接吻してるんですか!」
「あ?挨拶だろ?」
シレッとした顔で言う土方を睨みつける沖田は、
「吉田を倒したら、土方さんを殴り飛ばします。」
そう宣言した。
「上等だ。ちぃは、渡さねぇ!」
しつこいよ?
私、なんで勝ったか、わかんないじゃん。
ドカッドスッ
吉田と沖田の殴り合いが、始まった。
二人共、顔までもが、傷だらけ。二人の勝負に、千夜が、入る事は無い。
ただ、二人を見つめ、無意識に祈るように自らの手を握り締めた。
そんな千夜が視界に入った沖田は、早く決めてしまおうと地を蹴り、拳を振り上げる。その速さに、対応が遅れ、ドカンッ倒れた吉田。
自分の前に現れた、影を睨みつける。
「お疲れ様。稔麿。」
しかし、目の前に居たのは、千夜で、すぐさま表情を変えた。
「千夜~」
ギュー っと、抱きしめられた身体。本当に、何の為の私闘なのだったのか?と、言いたくなる。
ゲシッ沖田の蹴りをくらった吉田は、千夜から離された。強制的に。
「ちぃちゃん、ちょっとは、嫌がって?」
「……。別に嫌じゃない。」
「————ちぃちゃんっっ!」
怒られても、困る。
「どうすんだ?俺を、ぶん殴るか?総司。」
「当たり前です。」
にらみ合う二人
「はぁ。本当に、私が、勝った意味がない。」
「ちぃは、黙ってろ!」
「ちぃちゃんは、黙ってて!」
そんな、声を揃えて言う事じゃないでしょう?
「はいはい、勝手にやって。」
脱力しそうな程に、軽い千夜の言葉を右から左に流す。そして、二人の殴り合いが始まった。
ワラワラと隠れていた平隊士が見学に出てきた。
沖田と互角にやり合う土方を見た平隊士は、
「副長って、強い。」
そう、声を上げ出す。
まぁ、いつも文机と戦ってるからね。
実戦で出てくる事が少ない土方。殴り合いをする姿なんて、見た事ないんだろうね。
二人が戦ってる間に、コソコソと右手の晒しを変える。
ドサッ倒れた男に、「やっぱりね。」と、千夜が声を上げた。
「クソ!総司に負けた!」
「よっちゃんも、歳だね~。」
「歳を引っ張り出してんじゃねぇ!」
気にしてんじゃん。
「さて、私も戦うかなぁー。」
「お前、まさか、総司とヤル気か?」
なんか、言い方が、嫌なんだけど。
「当たり前でしょ?こんな機会、滅多にないよ?ねぇ、総ちゃん。」
幹部隊士が殴り合いなんて、もう絶対出来ないだろう。だったら、戦ってみたいと思う。
「あんまり気は進まないけど、確かにこんな機会、滅多にない。勝負なら、受けて立つ!」
ふっ
「それでこそ、総ちゃん。」
一番組組長 沖田総司
と
零番組組長 芹沢千夜
二人が向かい合い、戦いは始まった。
沖田の拳を、自分の腕をクロスさせ受ける千夜
それでも威力が凄いのか、身体がグラリと後退する。傾いた身体を修正する為に、グルッと、バク転した千夜。
「なんだ?あの身のこなし。」
バク転なんかやる人間はいないだろう
身を立て直したら、回し蹴りを沖田にくらわせた。
「あいつら、本気か?」
そんな言葉が、自然と出る。
「ちぃ、あいつ、右手痛いんやないか?」
右手を少し庇いながら、沖田の拳や足をかわしていく千夜。
二人が拳を振り上げ、ドスッという音が聞こえ、一人が膝をついた。
「ちぃが、負けた?」
そんな、土方の声が響く。
胸を押さえた千夜。
負けた。総ちゃんに。やっぱ、敵わない。
生きたいと思った、一番組組長、沖田総司は
————やっぱり、強い。
「ちぃちゃん、何で?避けれたでしょ?」
殴った相手を抱きとめる沖田
「避けれたら、避けてるでしょうが。あー悔しい!総ちゃんに負けた!!二回目だし。」
胸を押さえながら、そう言う千夜。
「————はぁ。僕の恋仲は、強すぎる。」
「負けたじゃん!」
「僕の立場がないでしょ?」
ぎゅーっと、千夜を抱きしめる沖田。
「………。すいません?」
「何で、聞くの?」
「何となく。」
「おいおいおい。二人の世界作ってんじゃねぇよ!」
全くそんなつもりは無いが、ただ、皆んなが、
話しかけてこなかっただけではないか。
「僕が勝ったんですから、ちぃちゃんに、手出さないで下さいね。」
「…………」
誰も返事しないし、
「全員、死にたいようですね?」
ニコニコしながら、指を鳴らし沖田は言う。
ズササササー
平隊士「死にたくないです!」
「ちぃちゃんに手は?」
平隊士「出しません。」
何?この変な会話。に、しても疲れた。
総ちゃんは幹部隊士ともめてるし、会話もなんとなくわかるから聞かなくてもいいよね?
右手、痛いな。
右手をみたら、やっぱり傷口が開いてらっしゃる
————痛い。
ゴロンと転がっても、上に見えるのは天井。空見たかったのに、負けた。総ちゃんに……。
鬼副長率いる新選組に、私は、足元にも及ばなかった。
この世界の新選組も、どんどん強くなっていく。私も、よっちゃんの事は、言えないんだ。
彼らの背をまだ追いかけている。追いつきたくて、追い越したくて、まだ、まだ、足掻く。
ゴールはきっと、明治時代。
彼らをそこまで連れて行く。誰もかけることなく、だから私は、もっともっと。強くならなきゃいけないんだ……。
どれぐらい、道場の床に転がってただろうか?
ボーっとしていたのか、気付いた時には、目の前には男の人が心配そうに覗き込んでいた。
「……総ちゃん?」
「やっと、気付いた。」
周りを見れば、誰もいない。
本当に、どれぐらい床と仲良くしていたのだろうか?
こんな事が、最近多いのは、自覚していたんだ。
「みんなは?」
「………」
少し顔を歪めた沖田…
それを気づかせたくなくて、千夜を抱きしめる。
「さっきまで居たよ。土方さんなんかね、
『ちぃを泣かせたら、すぐ奪うからな!』
だって。ちぃちゃんの部屋も、僕の部屋に移動だよ。」
本当は、さっき。では、ない。
しばらく、千夜は一点を見つめて、動かなかった。右手の晒しも、新しくなっているのも気づいてないだろう。
「そっか。」
何が、そんなに彼女を苦しめているのか?
心が病んでしまう程に、何を抱えているのか?
どうやったら、治せる?
目に見えない病
咳をする訳でもない。熱が出るわけでもない。
せめて一人じゃないと伝えたくて、抱きしめた腕に力を入れた。
「お風呂入ろうか?」
「そうだね。」
二人は、ボロボロのまま。
「あ、あの!一緒に////」
自分で言って、赤くなる沖田。
「いいよ?」
「誠ですか!すぐ、入りましょう。今すぐ!」
————可愛い。
クスっと、千夜が笑ったら、
「何で笑うの?好いた人とお風呂に入るのは
男の………………。何でしたっけ?」
「マロン?」
「————違います。」
「お、ばれた。」
「ちぃちゃん!」
「わかった。ごめん。ロマンでしょ?」
「そうそう、ロマンなんです。」
こりゃ、烝に教わったな。
チャプン…チャプン…風呂場に響く水の音。
「気持ちイイね~」
ブクブクブク。顔を俯かせ、すでに水面に口まで浸かってしまった沖田。
「総ちゃん、沈むよ?」
自分で、一緒に入りたいと言った沖田だが
顔を赤らめ、鼻の下まで湯に浸かっている。
「男のロマンなんでしょ?」
「やってみると、恥ずかしい…/////」
何処の乙女?普通は、きっと逆なんじゃないか?
「じゃあ、出る?」
「ダメです!」
何故に?
腰を抱きしめられ、沖田に背を向ける形で座らされる。
「ちぃちゃんの肌キレイ。」
そっちの発言のが、恥ずかしい気がするよ?
千夜の背中に指を這わせる沖田。その手つきは、いやらしい。
「…っ…総ちゃん…?………くすぐったい。」
「ちぃちゃんには、お仕置きが必要だよね?」
「なんで?」
その黒い笑みを、向けないでください。
私、なんかしたっけ?
「…ん…」
沖田を振り返りながら、その笑みを見ていたら、唇を押し当てられた。
それだけでは、許してくれなくて、口付けが深くなっていく。少し開いた唇をこじ開ける様に何かが口に入ってきた。苦しくて口を開けたら
ニヤっと総ちゃんの口角が上がった。
「お仕置き、お終い。」
お仕置き?だった?よくわかんないけど…
「なぁに?もっとする?」
いや、何も言ってません。ぎゅっと抱きしめられる身体。総ちゃんの温もりが、心地いい。
頭を撫でる大きな手が、鍛えられた胸板が、
優しい視線で、私を見る総ちゃん。
どうしよう。こんなに、好きなんて、知らなかった。
私の為に、闘ってくれた。顔にも、腕にも、痣を作りながら。その傷、一つ一つまでもが、愛おしい。
「総ちゃん。愛してるよ。」
「どうしたの?でも、僕も愛してる。」
ユラユラ揺れる湯の中で、愛を確かめ合う二人。
「土方さん、風呂入りたいのに入れねぇ」
藤堂が土方に報告を入れる。
「なんで?」
「ちぃと総司が……」
風呂を出た後、土方に怒られた二人だった。




