小春の正体
「千夜、本当、綺麗。」
うっとりと吉田が言うが、全く嬉しくない。
「長州に帰るんだよね?」
「普通に話さないでよ。」
「嫌です。」
「あはは。千夜は、千夜のままがいいだろ。」
「そうだよ。吉田。千夜が化けただけだ。」
桂って酷くない?化けたって、本人目の前にしていう言葉ですか?
まぁ、その通りなんだけども・・・
「長州に帰るけど桂は京に残すよ?何?俺が居ないと寂しい?」
ニタっと笑う吉田に、寂しくないけど。とは、言えなかった。何しろ、半年は共に過ごして来たのだから、いて当たり前。になっている事は事実である。
「赤根さんにも、会いたいなって。」
「何で赤根なんだよ。俺にしとけ。」
いやいや、今、会ってるじゃないか!
「赤根さんは、次の戦の後、藩内の融和を図るが、当時の藩政を主導していた俗論派と正義派諸隊の調停を行った事が同志に二重スパイとして疑われる契機となる。赤根さんの死は、本当に酷くて・・・」
と、視線を落とす。
「赤根が?」
「どうやって、死ぬ?」
「聞かない方がいい。」
一度の諮問もなされず、一言の弁明も認められないまま、赤根は、斬首された。
その獄衣の背には
「真は誠に偽りに似 偽りは以って真に似たり」
の八文字が記されていた。
処刑後、腑は鳥の餌食にされ、首は河原に晒された。
スパイ容疑に、新選組の伊藤甲子太郎が、関わったなんて言えやしない。
そんな最期、させてたまるか!
千夜の表情に、長州の三人は顔を合わせる。
「わかった。聞かない。だから、そんな顔をするな。」
「————うん。」
ニコッと微笑んだ千夜を見て、徳利を持つ右手にどうしても目がいく。
痛々しい晒しが巻かれた右手。宮部を助けるために出来た傷。
「痛い?」
「少しね。」
本当は、痛いのに、そう言わない千夜
「結局、宮部も死んじゃった。」
寂しそうにそう言う吉田。
「稔麿……。」
「あいつはさ、年は、俺よりかなり上だけどさ
信頼できる奴だったんだよ。本当に……」
そんなの、知ってるよ。じゃなかったら、
あんな場所に、助けに行こうなんて考えない。
「ごめん、千夜。少しだけ肩と手を貸して?」
「うん。いいよ。」
宮部が斬った手をそっと触れ、千夜の肩に顔を埋めた吉田。微かに揺れる肩を見て居ないフリをして掴んだ手を、握りしめた。
————辛いよね。仲間が死んでしまうのは。
宮部が残した物なんか無いから、傷を見て、涙する稔麿は、本当に、優しい人間なんだな。
*
何で、吉田がちぃちゃんに、くっついてる訳?
千夜の肩に顔を埋める吉田の姿を見れば、当たり前であるが、……面白くない……。
さっきから、沖田の横にいるのは全く知らない芸妓だが、やっぱり千夜以外の女は、嫌だ。
お酒は手酌して、芸妓は無視する沖田。視線ばかりが、千夜を映す。
そっと、土方に目を向ければ、最近馴染みの小春がついてるし。
でも、あの小春って芸妓。何処かで、会った事がある気がしてならない。
気の所為だよね?だって、興味無いし。
そして、視線を千夜に戻したら
吉田が、千夜の肩を抱いている。さすがにそれは、嫌で、ゴホンッゴホンッと、わざとらしく咳払いをし始める沖田。
「どうした?総司。」
いやいや、はじめ君に気付いて貰おうとしてやった訳では無い。
咳払いもダメ?早く離れて。
「沖田はん、一杯いかがどす?」
「ごめん、今、それどころじゃない。」
ずっと断ってるのに、芸妓がうとおしい。
スッと襖が開き、酒を持った女将が座敷に入ってきた。芸妓達に酒を渡す女将の姿は、普通の光景に見えるが、女将は、そんな事はしない。
小春と君菊にだけ耳打ちをし、女将が去った。
パタンっと襖の音
三馬鹿が酒を煽って、原田の切腹自慢が始まり、ガヤガヤした座敷。
君菊がゆっくり立ち上がり、山南さんの横に居た明里に耳打ちをして、近藤に耳打ちをした。
土方も異変に気付き、千夜へと視線を向けた。小さく頷く彼女に、少し難しい表情を浮かべた近藤。そして襖の向こうに感じた気配に、近藤は、千夜に力強く頷いた。
「宴は終いだ! ! !」
スパンッ近藤が叫んだ後に開かれた襖。
その向こう側に、10名ほどの刀を持った男達の姿があった。芸妓達は明里が引き連れ反対の襖から逃がした。
新選組は、刀を持っていない。学習しない千夜ではない。
「小春!」
「万事、整えております!」
隠した刀を取り出した小春。幹部全員の刀をだ。
あの子は、何者?そんな疑問を浮かべながらも沖田は、自らの刀を手に、一気に引き抜いた。
「刀を持って来たって事は、敵とみなすぞ!」
「幕府の犬めっ!天誅組が成敗いたす!」
己の刀を皆が手にし、
ガキンッ土方が刀を受け交わる刀
「ちぃ!何で、小春が残ってんだよ!」
他の芸妓は居なくなったのにも関わらず、小春だけ残ったのは何故か?
「隊士の顔ぐらい覚えなよ!よっちゃん!」
「た、隊士?」
驚くのも無理はない。土方が馴染みにする程いい女が、隊士なんて、誰も考えない。
ぼけっとした幹部達に構ってられない。天誅組が刀を振り回しているのだから。
桂達は戦っている。宮部の敵討ちのつもりだろう。
「小春、行くよ!」
重い着物を少し脱ぎ捨て、刀を左手に握った千夜が踏み込む。
「了解です。千夜さん。」
その声は、紛れもなく男の声。
何が何だかわからないが、斬らなきゃならない。
沖田と斎藤が、同時に踏み込み敵を斬り倒す。
千夜の背に沖田は、背を合わして立った
「あら、総ちゃん。寂しかった?」
冗談を言う余裕はあるみたいだ。
「とってもね!」
これは本当。
可愛い。こんな事言ったら怒られそうだ。
そんな話をしていたら
ガキンッ刀をぶっ飛ばされた。
「死ねっ!アマァァぁ!」
キィンッっと、首に斬りつけられる寸前のところでクナイで刀を受ける千夜。
「生憎、まだ死ぬ訳にはいかないんだよ!」
ザシュッバタッと倒れた男達。残った男数人は、後退する。女に一瞬でやられるとは、流石に思ってなかったのだろう。
「うちの隊士を斬ったのは、お前らか?」
「そんな、雑魚をいちいち、覚えて居られるかよ!」
「雑魚だぁ?テメェら、俺が、ぶった斬ってやるっ!」
藤堂が、そう言い放ち、畳を思いっきり踏み込みザシュッっと、一振り刀を振り下ろす。
「平ちゃんが、格好良く見えた。」
「ちぃちゃん!」
沖田に叱られ、ごめんなさい。と誤った。
でも、格好良く見えたのは、本当だもん。
「なんだ?ちぃ、今頃、気付いたのか?
俺が格好いいってよ。」
自分で言うのは、ちょっと、違う気がします。
「何が格好いいって?チビ助が?」
「テメェと、そんな、背、変わらねーだろ? 高杉!」
ザシュッ
「え?誰が、かっこいいって?」
敵を斬り捨てながら、吉田が問う。
「「俺だ!」」
声を上げたのは、藤堂と、何故か、高杉。
「………。千夜、なんか、悪い物食べたんじゃない?」
人を斬りながら、言うことでは無いですよ。
「吉田、テメェそれはねぇだろ?」
「どんぐりの背くらべ。」
「桂、お前ヒデェよ…。」
「テメェら、さっさと、片付けねぇか!」
「おっ!俺の部下が来た。」
「誰が、お前の部下だ!」
怒鳴る土方。
「なんだかんだ言って、土方さん楽しんでねぇ?」
「いいんじゃねぇの?たまにはよっ!」
ザシュッ。バタンッ。
「全く、くだらない。千夜は、総司の恋仲なのだろ?」
「………」
「………」
「「「「はぁ?」」」」
天誅組が全員倒れた所で、斎藤が、みんなにバラした。
別に隠していた訳でもないが、ただ、このメンバーに、一斉にバレると、……めんどくさい……。
「ってかよ、小春は、何者な訳?」
すでに知っている藤堂は、我が道を行く。
「へ?わからないの?」
ジッと、小春を見る藤堂だが、
「わからねぇ……。」
「佐々木愛次郎だよ。」
「はぁ?マジで?かなり、綺麗だからさ、わからなかったよ。」
「佐々木なのか?すげぇ。太夫にもなれんじゃねぇ?」
マジマジと見る永倉。
「嫌ですよ。この格好、結構疲れるんですから…。」
小春の格好のまま、男声で、話す愛次郎。
「やめてくれ。綺麗な格好のまま、男の声で話すのは。」
原田が悲願するが、
「そんな事、言われても……」
困るよね。
「とりあえず、着替えたいんですけど?」
着物は重い。そして、この座敷に居続けるのは、無理がある。赤く染まった部屋。
そして、重苦しい空気
こりゃ、話さなきゃダメですね………。はぁ。
「とりあえず、着替えて来てくれ。」
近藤にそう言われ、とりあえず、着替えをする為、違う部屋に佐々木と向かう。
「千夜さん、本当ですか?沖田さんの恋仲って。」
不意に問いかけられ、千夜は足を止めた。
忘れてた。愛次郎にも、前、告白されたことを……
「本当だよ。」
「……そう、……ですか。」
腑に落ちないと言った感じの愛次郎だったが、
ふっと笑みを見せた。
「でも、千夜さんを尊敬してるのは、変わりませんからね。」
失恋には、変わりないですけど、貴方の隊に居られるのなら、
————零番組に命を捧げよう。




