太夫君菊
初夏の夜は、なかなか来ない。
まだ、少し明るい空。茜までは、程遠い。
「宴行こうぜ! 」
そう言ったのは、藤堂であった。
「そんな時刻か?今日は、一応、
隊務がなかったからな。変な感じだぜ。」
畳に、ゴロゴロしていた永倉が身を起こしながら、そう言った。
「夕方なんだが、明るいな。」
行くか。と原田も立ち上がった。
「なぁ、誰が行くんだ?」
「あぁ?幹部で、いかねぇのは、松原忠司、武田観柳斎、谷三十郎。後、平隊士も今日は、なしだと。」
「一応、池田屋の労い会じゃねぇのか?」
「それは、後日だと。零番組が、斬られっちまったからな。今日は、千夜が帰ってきた祝いと
長州の奴らに礼ってトコだな。」
「じゃあ、ちぃ呼びに行こうぜ?」
副長室だろ?っと藤堂は、言うが、
「待て、待て。先に、総司を誘わないと、あいつ、不貞腐れるだろ?」
「ああ、はじめくんも誘わないとだね。」
そう、言いながら歩いたら、そんなに、広く無い屯所だから、すぐに沖田の部屋の前。
「おい、総司?」
あれ?いつもなら、返事が来るはずなのに、
少しまったが返事はない。
「いねぇのかな?」
「今日は隊務ねぇんだ、どこ行くんだよ?」
「寝てるだけだろ?」
っと、原田が襖に手をかける。
「左之さん、総司に怒られるぜ?」
「なんでだよ!誘ってやってるんだから、礼を言われても、怒られるような事じゃねぇだろ?」
まぁ、確かにそうだと。永倉も藤堂も納得し、
原田の手を止める事はしなかった。
スーッと開いた襖
そして、三馬鹿は部屋の中を見て、固まった。
布団の中に、誘うべき相手は、確かに寝て居た。着物を身に纏っていないが。
三人が固まったのは、その男の横に、着物を纏ってない女が沖田隣で寝ていたから。
布団がちゃんと掛かってなく、白い背中が腰辺りまで見える。
赤い華を所々散りばめて
桜色の髪もキレイで、誰かが息をのんだのが聞こえた。
「……これって」ボソ
「ちぃが!」
「バカ、しぃっ!」ボソ
千夜の裸を拝めると原田は、ゆっくり近づく。
本で千夜の水着姿を見ていた三人。目の前に本物がいるのだ。見たいに決まっている。
細くくびれた腰に背中だけ見てるのに、色っぽい千夜から視線を反らせない三馬鹿。
どうにか、もう少しだけ見れないかと、布団を引っ張ってみる。が、なかなか上手くズレない布団。
「……ん…」
コロンと転がった千夜に
藤堂は鼻を押さえた。
「…桃色……」
「なにが?桃色ですか?」
その声に、三人は、ロボットの様に首を無理矢理そちらに向けた。
無駄に色気を放った女顔の沖田総司が
ゆっくり千夜に布団をかけ直し着物を羽織る。
「なに、人の部屋に、勝手に入ってるんですか?」
いやいやいや、お前そんな事で怒ってるんじゃねぇだろ? と突っ込みたくなる。
まずいと思った時には、男は立ち上がっていた。
今日、こいつに俺らは殺されるのか?
と思うぐらいの殺気を放つ沖田。
「……総ちゃん?」
その声に、近くに落ちていた着物を持ち千夜にかける。
「ちゃんと着てて?」
「……う、うん。わかった。」
何が、起こってるのか、わからない千夜は返事をするしか無い 。
「そ、総司、俺らは一緒に角屋に行こうと誘っただけでだな!」
「誘っただけで、何で鼻血だしてるんですか?」
「………」
「見たんですよね?」
はい。とは言えない三人
「ち、違うぜ、総司。あのな、俺らは、」
言い訳すら、まともにできない。
「何が桃色?」
部屋を見渡すが桃色の物などありはしない。
「千夜の胸が。」
馬鹿正直な原田の言葉に、沖田の黒い笑みが貼り付けられる。
「おしい三人を失いました。」
まだ、死んでねぇよ!あぁ、俺ら殺される。
「はいはい。何があったか知らないけど、そこまで!」
お前が悪いんだよ!っと原田は思うが言葉にできない。
「平ちゃん、鼻血出てる!どうしたの?」
ちぃ、お前の所為だよ…
「千夜、聞いてくれよ。
俺らは、宴に総司を誘おうとしただけなんだ。」
永倉は、沖田に殺されたくなく千夜に縋る。
「そうだぜ。そしたらな、千夜の背中がたまたま見えてたまたま、寝返りうつから胸が見えたんだよ。でな。桃色って言ったら総司が怒ってな。」
せっかく助かるチャンスだったのに、原田が洗いざらい話してしまった。
殺気がだだ漏れの沖田。
「総司、落ちつこう?話せばわかるって。
な?俺ら仲間だろ?」
藤堂がそう言うが
「————問答無用!」
ドカンッドスッドカッ
結局、殴られてしまった三人。
「「「っ!いってえ! !」」」
三人の男の声は屯所中に響き渡ったのだった。
*
「あー痛ぇ! !総司の野郎、手加減って物をしらねぇのか!」
沖田に殴られた場所を撫りながら、痛みを誤魔化しながら、ぶつくさ文句を言う原田。
誰のせいで、殴られたと思ってるんだよ。と、藤堂と永倉はジト目で原田を見る。
見た事は変わらないが、何か、仕出かそうとしたのは原田だ。とばっちりと言っても過言じゃない。はず。
「左之さん、全部聞こえてますからね?」
今は、角屋に向かう途中で、原田らの前に少し距離を置いて、千夜と沖田が歩いていた。
振り返って、黒い笑みを貼り付けた沖田が、ニコッと笑う。
恐ろしすぎる!
「左之さん、マジに殺されちゃうよ!」
と、藤堂が注意する。
「あいつら、いつの間にあんな関係になってたんだ?」
永倉の視線の先には、繋がれた二人の手。
「俺の、ちぃがっ! !」
魁先生こと藤堂は、恋に対しては、奥手で、何もしないまま、撃沈した。
「なんだ?平助は諦めるのか?」
煽る原田。
この男の頭の中は、大半が楽しい事で作られている様だ。
「隙あらば、奪う。」
ギロッ
「黙りなよ、助平共。」
それは、お前だ!
そんな、こんなで、角屋に到着したのに、
「君菊、今日人足りんから手伝って!」
明里に言われてしまった。
せっかく、客として来たのに断れない。
まぁ、新選組の座敷に入れればいい。と、
結局、君菊に着替えさせられる千夜。
重たい着物を身に纏い、座敷に入った。
太夫の君菊として
「太夫の君菊どす。」
幹部らの驚いた表情が面白い。
頭も簪などで重いし、帯も前で結ばれてるから、お辞儀もままならない
芸妓の着物が懐かしい。
立ち上がる時に、どっこいしょっと言いたくなる。言ったらダメだけども
「ちぃが、太夫?」
知らなかった土方。
「やっぱ、千夜は綺麗だね。」
そんな言葉に、ニコっと笑いかける。
上座が遠い。ズルズルと重い着物をズッて歩くのは結構体力がいる。
近藤、土方、山南が、上座に鎮座している。
ペコッと頭を下げてご挨拶。
次は次でお酌をしなければならない。
私の宴は?ってな感じだ。
「ちぃ、太夫なんて聞いてねぇ。」
「言ってませんもん。」
太夫は、美貌と教養を兼ね備えた最高位の遊女に与えられ、京の島原、江戸の吉原、大坂の新町、長崎の丸山に配置されるようになった。主に公家、大名、旗本ら上流階級を相手にする(丸山では中国人、オランダ人も)
肌を売ることなく、短期間でここまでこれたのは、千夜が、以前花魁だったからで、異例中の異例だろう。
説教に突入?かと思ったら
「土方君、千夜さんは、頑張ったんだから
怒るのは筋違いですよ。」
と、山南さん。
「そうだぞ、トシ、せっかく綺麗に着飾ってくれたのに褒めてやればいいじゃないか。」
と、近藤さん。
二人に言われたら、黙るしかない土方。
わざとらしく徳利を揺らす千夜に、ため息をついた。
「今日は、呑む。」
せっかく、水入り徳利を用意したのに?
「わかりんした。」
徳利を変えてお酌をした。
「おかえり、ちぃ。」
照れ臭そうに言う土方に、千夜は笑う。
「ただいま、よっちゃん。」
太夫の格好で言うことじゃないんだけどね
「土方さーん 、ちぃを独り占めかよ!
宴始めようぜー。」
藤堂が、呑みたくて仕方ないらしい
「ちぃ、みんなに酌してやれ。」
はぁ。私の宴は、やっぱり無いらしい。
「みんな、心配してたんだから。」
そう言われてしまえば
「わかりました。」と言うしかない。




