突然の告白
ずっと触れたかった温もりを指先に感じる。白く弾力のある頬を撫でる沖田の表情には、安堵の色が伺えた。
「ちぃちゃん、おやすみ。」
沖田は、そう言うと、部屋から出て行こうと、千夜から手を離し、腰を上げた。
「沖田さん、ちゃんと寝れとる?」
「どうしたの?急に。」
気持ち悪いよ?
「いや、聞いただけや。」
気持ち悪いってなんやねん!失敬な!
「大丈夫だよ。山崎君こそ、ちゃんと、寝た方がいいよ。まだ、日も高いけど…」
そう言い残し、沖田は、部屋を出てパタンッと副長室の扉を閉めた。はぁ。っと、息を静かに吐き出し、自室に戻った。
コホンコホンッと、鬱陶しい咳が出る。
もう、1カ月は続いている咳に、流石に気が滅入る。
「僕、死ぬんだろうか?」
身体も怠い日が多く、数日前に、血を吐いた。
誰にも知らせることなく、病院に行ったが、診察結果は、”労咳”千夜に会えて嬉しい筈なのに、諦めた方がいいと思ってしまう。
山崎君や土方さん。千夜にふさわしい人は沢山いる。助からないと、諦めている沖田。
沖田は、忘れているのだ。千夜が労咳の薬を山崎に託していることを…。其れ程までに、病というモノが、彼を追い詰めて居た。
そして、山崎は、沖田の身体の異変に、薄々気づいてはいたが、まだ、薬を渡す訳には、いかなかった。
生きたいと、心の底から願わない彼に、貴重な薬を託す訳には行かなかったのだ。
****
千夜は、夜中に目が覚めた。
寝たのは、昼だったし、変な感じだな。と思いながらも、厠に行こうと部屋を出る。
コホンッコホンッ
その咳に、足が自然と止まる。
そこは、総ちゃんの部屋の前……。
高杉の労咳も早まった。総ちゃんも……
考えたくない。
一度見た、総ちゃんの死がどうしても頭から離れない。
やせ細った総ちゃんが、近藤さんの為に刀を手入れする姿。寝ているかの様な
————…死に顔。
コホンッコホンッ
また、咳。
千夜は、そっと襖を開けた。
「総ちゃん?」
懐紙を口に当てこちらを向いた沖田。
こんな夜中に、居るはずのない人物に目を見開く。
口元を押さえた沖田は、手元の赤をどうするべきか悩む。
————…知られたくない。
キュッと唇を噛み締め千夜は、沖田の部屋に入って襖を閉めた。
「出て行って。」
沖田の冷たい言葉は、まるで、全てを拒絶しているようで、視線すら、刃の様にするどさを増していった。
「総ちゃん。」
近づいて、体温を確認したい。
汗ばんだ体を、拭いてあげたいのに、沖田の目が怖くて近づけない。あの目は、人を斬る時に見せる目。
「出て行ってって、言ってるよね?」
懐紙で乱暴に口元を拭き、ゴミ箱にポイッと投げた沖田。何も言わない千夜を見て、沖田は、布団から立ち上がる。
気怠い体を引きずる様に動かし、千夜の前に立った。
「出て————「行かないよ。」
やっと、声を出した目の前の女。
暗い沖田部屋の中、二人の視線は、交じり合う。
「…はは。何それ。なんの嫌がらせ?
こんな夜中に、男の部屋に入ってくるって、どういう意味か知ってる?」
「………」
そっと、目の前の女の頬に触れれば、ピクッと反応する。黒い笑みを貼り付けて、女との距離を無くしていく。
ねぇ。逃げてよ。総ちゃんなんて、大っ嫌いって言ってよ。なんで、いつも逃げないの?君は・・・
慌てもしない千夜に、腹が立った。
「ちぃちゃんはさ、誰でもいいんでしょ?」
逃げないのなら、傷つけてしまえばいい。
僕の前から、逃げ出すぐらいに————。
誰でも、いい?そんな事すら、考えた事がない。恋や愛を知らないんじゃない。知りたくない。
失うのが怖いから、自分の前から居なくなるのが、怖いから————知りたくない。
私は、ただの臆病者。
「否定、しないんだ?」
———否定できないよ。
想いを殺し、肌を売って、温もりを求めた。
そこには、愛なんて存在しない。残るのは、金と虚しさ。
憧れた。梅姐みたいに、素直に、好いていると言える人を……。
私が出来るのは、争いで刀を振る事だけ。その筈なのに、右手の痛みは引かない。
誰でもいい。か。
————どっちみち、綺麗な人にも、綺麗な女にも、なれやしない。悪い女が丁度いいのかもね。私には。最低って言葉が・・一番、お似合い。
寂しそうに笑う千夜。傷つけ様とした癖に、実行すら出来ない。彼女を傷付けるのが怖かったのか、それとも、自分は、まだ、彼女に嫌われたく無いからか。答えはきっと、両方だ。諦めた様に、失笑する沖田。事実を話そうと、その時、そう思った。
「ちぃちゃん、僕は、死んじゃうんです。」
『最期に貴方と共にいられて、幸せでした。
————愛しています。千夜。』
沖田が、死際に言った言葉が、頭の中で再生される。総ちゃんは、まだ生きてるのに、どうして今、思い出すの?初めて千夜と呼んだ総ちゃん。そして、自分の気持ちに気付いた時、彼はもう、冷たくなっていた。
私の答えは、聞いてくれなくて、私を見てもくれなくて、温かった手は、私を触れてもくれず、ダラリと垂れるだけ……。
貴方の最期の望みを叶えるために、戦地に走った。その願いすら叶えられなかった。
涙がとめどなく溢れる。思い出したくない。こんな感情は知らない。
嫌だっ!
その場に、崩れる様に座り込んだ千夜
「ちぃちゃん?」
突然の事に、心配そうに覗き込む沖田
「死ぬって言わないでよっ! !生きて!————総ちゃん…」
生きたいって言ってよ——お願いだから!
泣きながら、そう言う千夜をそっと抱きしめた。
こんな千夜を、どうやって、慰めればいいかわからない。子供の様に泣く千夜を、あやす様に、ぽんぽんと背を優しく叩いた。
さっきまで、冷たくしていたのなんて忘れて
泣き止んで欲しい。そんな想いしか、今はなかった。
死なないで。生きて。そんな言葉を繰り返す千夜。彼女は知っているのか?自分が労咳だということを…
ヒクッっと、しゃくり上げてしまう千夜をあやしながら、沖田は、先ほどとは打って変わって優しい声色で、千夜に語りかけるように話しだした。
「ちぃちゃん。僕ね、君が好き。」
抱きしめられたままの千夜に告げた、告白。
「でも、ダメなんだ。僕じゃ、ちぃちゃんを幸せにできない。」
勝手に一人で話をする沖田に戸惑いながらも、
千夜は、彼の胸に顔を埋めたまま、話を聞くしかない。
「土方さんとか、山崎君とか、ちぃちゃんを幸せにしてくれる人なら託せるんだけどね。」
思い出してしまった感情が、とてつもなく、鬱陶しい。
彼の言葉を聞きたくない。
総ちゃんは、助けられる。薬が、あるのだから。
だけど、自分の気持ちには、蓋をしてしまおう。
彼は、沖田総司だけど、
————私が愛した沖田総司ではない。
私は、愛も恋も知らない。幸せになる資格もない。今は、日本を一つにすることを考えよう。
そうすれば、彼の言葉を聞いても、辛くない。筈だから……
結局、沖田の部屋の布団に寝かされ、寝たふりを決め込み、聞いてないフリをして、夜が明けるのを、ひたすら待った。
寝れやしない。散々寝たのだから無理もない。
しかし、千夜が眠れないのは、沖田からの告白が一番の理由だろう。
隣に眠る沖田を見て、ため息を落とす。
吉田を沖田と重ねて見てたのかもしれない。そんな事を考えたら、思い出してしまったんだ。
稔麿に抱かれたあの時の事を———…。
あー! !嫌だ。ウジウジ考えるのが、とてつもなく嫌だ。早く薬を彼に、飲ませればいいだけ。
だけど、千夜の手元にあった薬は、高杉にあげてしまった。残るは、山崎に託した薬。
生きたいと思ってくれない限り、山崎は薬を渡さないだろう。労咳の薬は———貴重。
そんな事を考えていたら、あたりが明るくなってきた。寝転んでても始まらない。
起き上がって、沖田の部屋を後にし、自室で着替えをした。チラッと、布団を見れば、土方も熟睡中。みんな、疲れてるんだよね。
いつもの通り、朝餉の準備を手伝うために
台所に向かった。
「おはようございます。」
「あぁ、おはよう。千夜君、おかえり。」
源さんの、穏やかな笑顔につられて笑う。
ここの人たちは、本当に暖かい。




