シェイクハンド
前川邸の風呂に向かった千夜と中村。
「かっこいいですよね!」
そう、上機嫌に声を出す中村。
耳にタコなんですが。風呂の外から聞こえる中村の声に、うんざりといった表情を浮かべる千夜。
チャプチャプと、お湯を肩に掛けながら、
「わかった。木戸はかっこいい。」
と、適当に返事をする千夜。
手を怪我している為、挙手をしながらお風呂に入り、中村は、脱衣所に待機している状態だ。
木戸と言っているが、桂の事だ。
中村は、明治時代に入って、改名した、木戸孝允のファンらしい。さっきから、かっこいいを連発している。返事も段々と、適当になっているのが、自分でも、分かるほどだ。
「千夜さん、わかってます?明治維新の三傑ですよ?」
————じゃあなんで、新選組にいるんだよ。と、突っ込みたくなるが、一時期、グレてた中村には言えやしない。
「Crawling I know it.
(はいはい。存じ上げています。)」
「千夜さん、俺、英語苦手なんですけど?」
「Learn it
(覚えなさい)」
「OK」
中村とは、誰も居ないと英語を使い会話をする。中村は、聞き取れるが、喋るのが苦手。
発音が上手く出来ないと言うが、この時代の人間としては、飲み込みが早い。
「桂と話してみたら?」
それは、英語じゃないんですね。千夜さん。
ボソッとそう聞こえた後に、
「That's not possible.
(無理です~。)あれ?あってます?」
と、自信なさげに聞いてくる中村
「あってるよ。挙手しながら、お風呂とかあり得ない。」
「手伝いますか?」
「————結構です。」
「Oh, I'm sorry.
(あら、残念。)」
「————もう出る」
「OK」
ちょい、ちょい、中村の返事に、イラっとするのはなんだろうか?
お風呂から上がり、着流しを着る。
帯が鬱陶しい。帯を巻きつけたのだが、右手の所為でキツくまけない。
スッっと戸を開ければ、中村が外で待っていた。ここまでされると、さすに軟禁じゃない?
「手、出して下さい。」
中村の言葉に首を傾げる千夜。傷がある手を中村にとられ、少しの痛みに顔を顰める。
えっと?
「治せるの?」
中村が自分の傷を治せるのは知っていた。でも、人の傷も治せるのかは知らない。だから尋ねたのだ。
「やった事無いんですけどね。利き手だし、
少しでも痛みが取れたらって…」
そう言って、私の手を挟む様に覆われる。
暖かい感覚が右手に伝わるが、痛みは無くならない。
「やっぱ、治らないですね…」
申し訳無さそうに中村は言うが
「ありがとう。その気持ちだけでも嬉しいよ。」
「……千夜さん…」
右手は痛そうなのに彼女は、笑う。本当に刀が
握れなくなるかもしれないのに、
本当は、ものすごく痛い筈なのに、俺を不安にさせないように、笑ってくれるんだ。
トボトボと、広間に戻ると重苦しい空気が
襖から漂ってきた。
————…喧嘩?
スパーンッと襖を開け放ったら
「千夜さん、それはいけません。」
中村に静かに怒られ、中に居た人物達には
凄い目で見られた。
「ちぃ!総司の真似してんじゃねぇ!」
空気が悪いからワザとやったのに、怒鳴りつけられてしまった。
「ちぃちゃん、髪濡れてます!」
「千夜、着崩れてるよ!」
「……」
過保護な方がたくさんいらっしゃる。
「あの、千夜さん右手使えないんで…」
多分忘れてると思うんですが、
遠慮しがちに、中村が話した。
あーそう言えば。といった、幹部隊士と長州の皆様方…
「中村が治療してくれるから、少し此処に居ても?」
「あ、ああ。大丈夫だが…」
ありがと。と、言いながら部屋に入り
中村に目をやると、ビクッと肩を揺らした中村
「ち、千夜さん、まさか俺に縫合させる気ですか!」
慌てた様に、無理。と言いながら首を振る中村
「どうしたの?中村。」
あまりの慌てっぷりに、藤堂が声を出した。
「あぁ、中村はーー」
「壊滅的に縫合が下手なんや。」
いきなり声がして、ビックリした。
「捕縛した者たちは、ちゃんと、引き渡してきました。」
サラッと報告した、山崎。
「あぁ、ご苦労。」
六角獄舎に引き渡したのだろう。
六角獄舎とは、平安時代に建設された左獄・右獄を前身とする京都の牢獄である。正式名は三条新地牢屋敷。医学の為に死刑囚が解剖されるなど、刀の試し斬りなども囚人が使われる。罪人は、命を落とした後も、罪人なのだ。人が、人として死ねない場所————
命を助けても、そんな所にしか預けられない。
そんなの、助けたなんて言えない。
暗殺を企て、京に火を放つと言った志士達。
実行はされて無いのに、偉い人を狙っただけで
死んだ方がマシだと思うほどの拷問を受け、
————死罪…
そして、武士ならば、子も親類も共に罪人となる。そんなの間違ってるのに、これが、当たり前なのだ。この時代は・・・
バコンッ
「何考えとんねん!」
「いや、引き渡された人の事を…」
ゴツンッ
二度殴らなくても! !
「ちゃうわ。中村に縫合なん、傷がもっと酷くなるいうとんねん!」
ああ、そっち?って……
「それは、あんまりにも酷いよ。中村に……」
「いいんです。本当の事ですから。」
あからさまに、シュンッと項垂れる中村。
かなり傷ついてるよね?元気なくなっちゃったよ?
あ!
「桂、ちょい。」っと手招き
「なに?千夜。そこの方言の人、斬るの?」
「…………。違うわ!異国のね挨拶の一つ手を出して?中村、代わりにやって。」
「え?は?」
中村パニックしつつも手を出し、桂と握手。
「シェイクハンド。って言うの。」
「へぇー。」
っと桂は興味を持ち、中村は、元気を取り戻した。
あんだけかっこいいと言っていた人物に握手されたら、嬉しいに決まっている。
「ちぃ、ささっと、縫合するでぇ。」
本当に忙しない。
「あ、烝コレ使ってみて?」
取り出したのは注射器
「? ?なんや?」
中には透明の液体がゆらゆらと動く。
「麻酔だよ。」
「そんなん何処で……」
ちらっと、長州の三人に目を向けた山崎
「少し分けて貰ったの。」
「分けて貰ったって、あんだけ欲しい。
欲しい言われたら、やるしかないだろ?」
「あはは。」
注射器に麻酔なんて、滅多に手に入る代物じゃない。欲しいに決まってる。
透明の麻酔……
まだ、本当なら発見されて無いはず
”オピウム(アヘン)類縁物質”
この透明の液体は…麻薬だろう。使いすぎれば体に害があるが、局所麻酔にするには十分。
「コレ!————ふグッ。」
ちょっと、黙れ。中村。
手拭いを口に突っ込んで、黙らせた。




