池田屋事件当日
必要があれば。と言った千夜を見て、
小馬鹿にした顔をする藩主。
勝手に部屋へ入り、真ん前にドカッと座った千夜の顔は、いつにも増して真剣な表情で口を開く。
「志士の会合を止めて頂きたい。」
ギロッと、千夜を睨んだ藩主
「………」
「長州の誇りとやらは何処にやった?暗殺に、誘拐など企ててどうする!幕府が憎いなら
幕府に立ち向かえばいいだろう!関係のない京の町人を巻き込む必要がどこにある!」
まくしたてる様に言い放つ千夜
「長州の力を見せつけるためだ!」
————そんな力を見せつける為に、京の町人は、犠牲になるのか?
怒りで体が震える。そんな事の為に、稔麿は死ぬのか?
そんな事の為に、藩士達は命を捨てるのか?
ふざけるな……っ。
「お前が戦を仕掛けるなら私は、そこに爆弾を落とす。お前を木っ端微塵に粉砕してやるっ!」
「————何をバカな事を!」
藩主が信じるわけない。そんなのは、わかっていた。カタカタと小さなプラスチックケースで、何かを作る千夜。
出来上がって藩主に見せつけるが、
それは、変なケースに火薬が詰まっているだけの代物にしか見えない。
「そんな小さなもので俺を木っ端微塵?笑わせるな。」
「火をつけるよ?」
藩主なんて無視。
「千夜!火はつけるな!」
言葉とは裏腹に、慌てた藩主
「なんで?こんなんじゃ死なないんでしょ?」
アタフタする藩主
「うるさい!外に投げろ。」
藩主の内心は、ヒヤヒヤものである。
本当に、木っ端微塵に粉砕されたら、たまらない。
「はいはい。」
火をつけて空に思いっきり投げた。空高く投げられた小さな箱
ドカーーーン
凄まじい威力のそれは、空で大きな爆発音を放った。
「………」
「あら、火薬多すぎたかな?でも、あれぐらいなら、木っ端微塵だね?所司代も奉行所も動かなきゃいいけど。ねぇ。毛利。」ニヤリ
力無く、藩主は座り込んだ。いや。腰が抜けた。そう言ったほうが正しいだろう。
千夜を怒らせたら命はない。
藩主の頭に、この言葉が深く刻まれた瞬間だった。
バタバタと足音が聞こえ、スパーンッと開け放たれた襖
「千夜、なにしてるの!」
「スッゲー音したぞ!」
現れたのは桂に高杉
「こいつは、何者だ?」
「あれ?言ってないっけ?お前が暗殺したがってる一橋慶喜の妹だよ。」
ズササササッ~っと音が聞こえるぐらいに
後退した藩主。
「はぁ。あのね、藩主殿、
私は、何度も京に火をつけるなっていった。
流石に誰でも怒るでしょ?
少しは人の意見も聞きなよ。藩主である、あんたが止めるから意味があるんだよ。今日、志士が大勢死ぬ。助けられるのは、毛利。お前だけだ。」
「助け無かったら?」
「は?所司代に奉行所に突き出してあげるよ。
あんたの、首をね。」
嘘だけどもそうしてやりたい
「わかった。暗殺も誘拐も京に火を放つのもやめる。」
「本当に?」
桂と高杉は顔を見合わせる
「長州の誇りは、まだ残っておるわ。千夜、お前ぐらいの人間なら権力を振りかざし、俺を縛り付けるなんか、容易いだろうに…」
「バカなんじゃない?縛り付ける意味がわからない。そこに毛利の意志はないじゃない。」
「はぁ、お前の考え方はわからん。お前は何が欲しい?」
キョトンとする千夜
「藩も幕府も関係なく、思想も関係ない。日の本全ての人に笑顔と幸せを———。
そして、日本を一つにする事。
私は、日本に笑顔と幸せと平和が欲しい。」
「————無茶を言うな。」
何故?欲しいものを答えただけなのに!
「————…日本を一つに?」
藩主が口にする。
「初めから無理だと言うのは、誰でも出来る。
でも、やってみる事に価値がある。どっちみち、色んな考えの人間がいるんだ 。
やってみなくても、やってみても、たたかれる事は、当たり前。新しく何かをやるのは、それ程難しい。やらないで、後悔するより、やってから後悔した方がいい。
人間の未来は、決められた道一本じゃない。何千本も選択肢はある。
————どれを選ぶかは、お前達次第。
私は、そう思う。」
「何千本もの選択肢。」
「お前は、千夜は、一橋公を暗殺しようと企てた俺が憎くないのか?」
「なんで?まだ殺されてないでしょ?
あのね、そんな負の感情ばっかり欲しくないんだよ。だから止めたんでしょ?実行されてたら
間違いなくケイキの盾になったよ。私はね。」
そう、小さく笑った千夜。
「藩主、私は、お前を信じるからな。志士を見殺しにするな。」
頼む。そう言って、千夜は、藩主の部屋を後にした。
「日本の夜明け。」
「桂?」
「いや、坂本龍馬が前に話していたのを、今、千夜を見て、思い出した。
あの子は、日本を明るく照らす光なのかもしれない。」
「桂も惚れたか?」
「藩主、叩き斬りますよ?」
「ごめん被る。」
日本を照らす光。か。
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新選組は、所司代、奉行所に、
桝谷喜右衛門の供述により、京に火を放ち天子様の誘拐を企てていると知らせた。
身元は不明。供述後自害したと嘘の報告をした新選組。
大事だと、所司代、奉行所などが会津藩士などを数百人捜索にあてがう事を約束した。
この約束は、果たされる事は、ない————…
奉行所の帰り道。近藤と土方は二人で屯所に向け歩いていた。
ふと足を止めた近藤。
「なぁ、歳。」
その声に振り返りながら、土方は答える。
「あぁ?どうした?勝っちゃん。」
この男は、組から少し離れれば、昔の様に自分を呼ぶ。それを聞いて、頬を緩めた近藤。
「あの子はな、帰ってくる。必ずな。」
穏やかな笑みを浮かべながら、土方をみる。
「どうした?急に。」
「歳は、千夜君が好きなんだろ?」
近藤にそんな話をした事はない。好きなんだろ?って聞かれれば、気恥ずかしく思える。
なんでも言い合って居た仲でも。
「…あぁ。好きだなぁ。」
目を見て話すのはやめ、照れ隠しの様に空を仰ぐ。
「本当に、俺が育てたのか、たまにわからなくなる。俺は、あんな真っ直ぐじゃねぇ。
記憶はあるんだよ。
あいつと過ごした時は、ちゃんと覚えてる。
だけど、やっぱり違う。今の千夜みたいに、愛おしいとも思った事なかったからな。
側に居たいと思えるのは————あいつだけだ。」
ククク
「あの、歳がな。まさか、一人のオナゴに骨抜きにされるなんてな。」
過去を思い出して、笑いを堪える近藤。
「なんだよ…俺ちゃんと答えただろ?」
少し口を尖らせ、もう喋らねぇ、と、口を一文字に結ぶ。
「悪い悪い。総司もな、千夜君は特別だと言っていたからな。なんでも、歳ですら相手にされないとか。あの歳が…」
まだ笑いを堪える近藤。
「笑うこたぁねぇだろ?あれだ、山崎も平助も狙ってるのに、あいつは、気付きもしねぇ。」
照れ隠しなのか、ガシガシと首の後ろをかく土方
「本当、不思議な子だよな。」
「勝っちゃんまで千夜に惚れんなよ。」
釘をさす土方に、近藤はまた笑う。
こりゃ、本当に重症だと……
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