副長のおつかい
聞き間違いかもしれないと、振り返った時には、ちぃちゃんは。もう居なかった————…
「……報告しなきゃな。」
遠慮がちに、藤堂が口を開く。
「そうだね。」
沖田は、千夜が向かった先に視線を向けたまま、そう答えた。
その後、屯所に帰り、土方さんに報告をした。
千夜が生きてる事。
長州側に居て、長州の姫と呼ばれている事。
そして、操られてるだろう事を。
「————…そうか。」
ちぃが生きてた。喜びたいが、喜べない。
操られてるって聞いたから。
「でも、ちぃは、私に敵なんかいない!って言ってたし、長州の思い通りには、なってないだろ? !」
「でも、ちぃちゃんは、吉田のモノだと。多分、今、吉田がちぃちゃんを支えているんだろうな?腹が立つけど。」
また、吉田。あいつの胸で、また、泣き止む姿が離れてくれない。
「ちぃは、京にいるんだ。見つけてやる。必ず。」
ーーーー
ーーー
ーー
四国屋に戻った長州の面々
最近は、四国屋と池田屋、長州藩邸を使い分けて、泊まる場所も不定期に変わるのがいつもの事であった。
「何、不貞腐れてんだよ、千夜。」
高杉が、機嫌の悪そうな千夜に声をかける。
「稔麿が…」
千夜の言葉を聞いて近くに居た吉田が声をあげる。
「え?俺?」
千夜を怒らせた記憶はない。
自分の名前が出てきて焦る吉田
「私の名前増やすのやめてよね!何で”ヒメ”なの?意味わかんない!」
「……」
怒ってた理由が名前って・・・
「しょうがないじゃない?長州藩の人は、千夜をヒメで認識してるんだからさ、俺はちょっと真似して呼んだだけでしょ?」
「嫌なんだもん。ただでさえ、名前二つあるのに!ややこしいじゃん。」
なんだもん……って……
千夜の頭を撫でようとしたら、プイッと顔を背けられてしまった。
……何、この子。可愛い。
「わかった。ごめん、ごめん。千夜って呼ぶから。ね?」
おずおずと、吉田に視線を向ける千夜
小さな子が「本当?」って聞いてるみたいにしか見えない。実際言ってないけど・・・
ガバッっと、千夜を吉田が抱きしめる。
チッ
「あのさ、高杉?いちいち舌打ちするのやめてよね。」
抱きしめたまま、腰を下ろす。
「いちいち、抱きつくのやめろ。」
「なんでだよ!自分だって俺いなきゃ、抱きしめてるだろうが!」
「うるさい。聞こえないじゃん。」
吉田に抱きつかれたから、ついでに、心臓の音を聞きだした千夜。
これを邪魔すると、後が怖い。
「………。」
「………。またかよ。」
ボソッとボヤいた高杉をキッと睨む千夜。
悪い。悪い。と、ジェスチャーする高杉。
それを見て、また目を閉じる。
「好きだよね?千夜、音きくの。」
「意味はわかんねぇけどな。」
「やられたら、にやけてるのにね、高杉は。」
「そりゃそうだろ!風呂上がりとか、寝る前とかはかなりヤバイけどな。」
吉田か高杉の発言を聞いてジト目で見る。
「最低だね。」
「うるせえ!男はそんなもんだろ。」
「一緒にしないでよ。あ、千夜寝ちゃった。
この子、本当、無防備だよね。」
スースーと寝てしまった、千夜の頭を撫でる。
————本当に愛おしい。
突然、スパンッ勢いよく襖が開き、驚いた二人。千夜は、相変わらず眠ったままだ。
「————っ! ! !」
「桂!驚くだろうが!声かけてから入れよ!」
怒り気味に、襖を開けた人物に怒鳴りつける。
「ああ、すまない。外で新選組を見かけたんで。」
キョロキョロと、視線が定まらない桂。それを見て、ニタァっと高杉が笑った。
「あーそうかい。ヒメが心配だったのか?」
桂は、千夜が吉田の腕の中で、寝ているのを見てから
「違うわ。」
目をそらして言われても説得力がない。
「ねぇ、桂。俺さ、千夜にかけてみたい。」
目を見開く桂。愛おしいそうに、千夜の髪を触る吉田。
「それは、お前が、そいつに惚れてるからか?」
「確かにそれもあるよ。だけどね、それだって千夜の力だよ。人を惹きつける何かをこの子は持ってる。
長州藩に、連れてきてまだ三か月と少ししか
たってないのに”ヒメ”と言われ、新選組を忘れても、この子は曲がらない。
この子が、日本を一つにしたいって言うなら、
やってみる価値はあると思う。」
確かにそうかもしれない。
「それだけで、藩を動かせるわけないだろ!」
世の中そんなに甘くない。
「だから、俺たちが動くんじゃない?
俺達が、変えるんだよ。この、間違いだらけの世の中を。」
俺たちが、変える?世の中を。
「おもしろき事なき世をおもしろく。ってか?」
「……」
「いい言葉だけど、今使う?」
なんでだろうか?何の確証もないのに、やってみたいと思うのは
人を斬らず、逃げの小五郎と呼ばれた俺。人を斬らなくても世は変えれると、逃げていた。
だけど、吉田の腕の中で寝る女は、逃げる事はなく立ち向かい、間違ってる事を必死で正そうとする。
「桂、千夜はね、あの茶屋で、新選組は貸しがあるって言ったけど、あの時、確実に負けていたのは、俺たちだ。
助けて貰った。
高杉の労咳も脱藩も、治し、止めたのは千夜だ。
俺たちは、三つも千夜に貸しがある。」
————貸し。か……
人は何か理由が付くと動き易くなる。
確証よりも、恩などの方が確実に、返さなければいけないと思ったりするもの。
「はぁ。君たちの気持ちはわかったよ。だからって、藩が確実に動くとは限らないからね!」
「へいへい。わかっとります。」
気の抜ける高杉の返事。
「桂は、本当素直じゃないね。」
ねー千夜。と寝てる千夜に同意を求める吉田
赤ん坊じゃあるまいし、こいつの頭は、ついにイカれたのか?と二人は顔を見合わせる。
「……ん?あれ?寝ちゃったんだ。」
目を覚ました千夜は、あたりを見渡す。
「千夜、出掛けるぞ。」
と、桂。
「いやいやいや、さっき。」
新選組が居たって!とは言えない。
「不逞浪士居たんだろ?やめた方がいいんじゃね?」
やんわりと、吉田を助ける高杉
「世の中を変えたいんだろうが。今日、約束したんだよ。すっぽかすつもりだったんだがな。」
「すっぽかしたら、ダメです!」
理由は知らないのに、すっぽかす事を律儀にダメだと言う千夜を見て笑った。
「吉田、千夜を借りるぞ。」
「いいけど。千夜、桂は危険だ。いいね?」
「「お前のが、よっぽど危険だよ!」」
コクコク頷く千夜。どっちに頷いたかわからない。
「どこ行くの?」
「近江屋。」
「いきます。行かせてください。」
「連れてくって、言ってるじゃない。」
何で急に張り切りだしたの?
**
京の町を、まさか、この子と歩くとは思わなかった。
桜色の髪をなびかせ、袴姿の千夜をみて、一人そんな事を思いながら女の横を歩く。
何が楽しいのか、ニコニコしてるし。
「なんで笑ってるの?」
「え?楽しいから。」
「……」
見りゃわかるけども
「桂、お腹空いた」
「そこの蕎麦屋でも、はいるか?」
桂が指差す先には蕎麦屋
「いいの?」
お腹空いたと言ったのはそっちなんだが?多分、時刻は大丈夫か?という意味なんだろう。
「まだ少し早過ぎるから、入るぞ。」
「やった。」
なんでだろう、千夜と居ると毒気が無くなる 気がする。
二人は蕎麦屋に入っていった。
*
「くそっ。総司の野郎。」
ぶつくさと、町中を歩く鬼の姿
結んだ黒髪がゆるゆると揺れ、目は吊り上がったまま。
役者の様な色男だが、演技なんかできやしません。壬生狼と呼ばれながらも、町の女にはかなりモテる、土方歳三。
歩いてすれ違う女が、何人振り向いたか、数えるのは片手では、足りなさそうだ。
「筆と墨がないって。」
只今、買い出し中です。
沖田が土方の大事な発句集を持ち出すもんだから、いつものごとく、追いかけっこに発展。副長室に沖田を追い詰め、捕まえようとしたら
硯をひっくり返し、土方が筆を踏みつけてしまった。
千夜が居ないもんだから、筆も墨も買い置きがなく、
「筆を折ったのも、墨をこぼしたのも、土方さんなんだから、買いに行ってください」
と言われて町に出てきたのだ。
初めてのお使いじゃねぇのに、
「金子は持ちました?不逞浪士が沢山いますから。なんなら刺されてくれても構いませんからね。」
ガキ扱いの上に、物騒な言葉を投げかけられた。




