浅葱色
一軒の揚屋に入る、桂。
女将らしき女に、声をかけた。
「すまん。小春という娘は居ないか?」
「へぇ。居りますよ?ちょっと、待っといて下さい。」
そう言って、奥に向かって「小春ー!」と、呼ぶ女将。しばらく待てば、色の白い女が現れた。
「女将さん。そんな大声で、呼ばんといてください。」と、苦情を言いながら、桂へと視線を向けた。
「ウチに、何の用でっしゃろか?」
「お前、千夜から薬を預かっていないか?」
「……君菊ねぇさんの、ですか?へぇ。預かってますけど?」
「千夜が、発作を起こしたんだ。その薬を渡してくれないか?」
「ちょ、ちょっと、待っといてください!」
慌てた様子で、奥に戻った小春は、すぐさま薬を手に、引き返してきた。
「コレ!ねぇさんに、伝えてください。コッチは、小春に任せて、早よお、良くなる事だけを考えて下さい。って。」
薬を手に、桂は、頷く。
「あぁ。わかった。」
そう言って、桂は、置屋を後にした。
「あんたも、難儀やな。小春。」
「いえ。俺は、勤めを果たしているだけです。
あの人が無事なら、それでいい。」
「ほんま、君菊は、罪な女やわ。」
————千夜さん。どうか、ご無事で、
必ず、戻ってきてください————
ーーーー
ーーー
ーー
桂は、薬を手に、千夜の元へと走った。
千夜の居場所は、長州藩邸。あそこなら、外部の人間は、易々と入っては来れないからだ。
藩邸に着き、バタバタと足音を立てる。
スパーーーンッと開いた先。目的の女は、苦しそうに桂に視線を向けた。
額に、玉のような汗を流す彼女に大股で近づき、膝をついた。
「千夜?薬だ。」
千夜は、桂を見て、手にある袋を視界に映す。
それは、確かに千夜の薬入れであった。桂を見て、「ありがとう。桂。」そう、言って笑みを見せた。
こうなったのは、全て自分の所為だと言うのに、彼女は、桂を責めたりはしなかった。頼んでもないのに、高杉が水を持ってきて、吉田が千夜の身体を支える。
ただ、利用出来る。そう思って、誘拐した彼女。だが、今の状況を見て、桂は苦笑いする。
幕府の犬と呼ばれた新選組が大事にしている女は、ここでも、扱いは変わらない。
「姫は、ずっと姫のままって事か。」
そんな、言葉が自然と出てきた。
「何、意味わからない事言ってるの?桂。暇なら、千夜を布団に運ぶの手伝ってよ。」
と、吉田に言われ、薬が効いてきたのか、眠ってしまった千夜を布団に運んだ。
それから、3日程で、千夜の容態は回復した。
しかし、回復したのは、喜ばしかったが、千夜の着物は、袴だけで、男所帯の藩邸に、女の着物もなく、「姫に、古着っつうのもな。」と、高杉が声を上げた。
「別に古着でいいよ?」
「いや。ダメだって。」
吉田までもが、そんな事を言う。
「別に古着でいいじゃん。」
そう、口を尖らせる千夜。
「まぁ、町にでも出てみるか?」
そんな、高杉の言葉に、千夜は嬉しそうに、目をパチパチと動かした。
「いいの?町に行っても。」
吉田と高杉は、顔を見合わせて笑った。
「大丈夫でしょ。着物を見に行くだけだし。」
「だな。行こうぜ?千夜。」
そう言われ、千夜は袴に着替えて、高杉と吉田と共に、藩邸を出ようとしていた。
門に立つ男に足を止めた、吉田と高杉に千夜も足を止める。
「本当、君たちは・・・。昼までには、帰るんだよ?」
そう言って、桂は、藩邸へと消えていった。
「ふっ。桂の奴。驚かせるなよ。」
「まぁ、行ってもいいって、事だろうよ。
よかったな?千夜。」
まるで子供扱いだが、千夜は、笑って頷いた。
三人で町に出たものの、二人は、あたりをキョロキョロと、せわしなく気にする。
「なに、そんなに、警戒してるの?」
そう聞けば、「ん?千夜が気にする事じゃないよ。」
「この辺は、物騒だからな。」
全く違う答えが返ってきた。
「???」
首を傾げる千夜。
その時、浅葱色の羽織りが視界に入ってきた。
「————…浅葱、色?」
「千夜っ!この店入ろうっ!」
急に腕を引かれ、店へと入る。
クソッ!新選組の奴ら、町を我が物顔で歩きやがって!!
「どうしたの?急に?」
「なんでもないよ。ほら、着物みよう。」
たまたま、入った店が古着屋で、千夜は、
そこで古着を何着か買ってもらった。
「ったく。新品買ってやろうとしたのに。」
「しょうがないでしょ。あいつらが、すぐ近くに居たんだから。」
「でも、まぁ、いいか。」
「どないです?よぉ、似合いますなぁ。」
そう言って、着替えさせた千夜が店の女将と現れた。薄く化粧を施された千夜は、目が釘付けになる程、美しかった。
薄紫色の生地に、白い菊があしらわれた着物を着る千夜。
「千夜、綺麗。」
そう、吉田の口から言葉がこぼれ落ちる。
千夜は、それを聞くと、わざと唇を尖らせ、
ふぃっと、皆から視線をそらす。
そんな事をしても、可愛いだけだと、誰か教えてやれ。しばらく、千夜に見惚れていた二人。
「あの。他の着物はどうします?」
と、遠慮がちに声をかけてきた女将、
古着なら。と、三着選んだものを、包んでもらった。
着ていた袴も同様に、包んで貰って、
高杉と吉田の手には風呂敷包みがぶら下がる。
「どっか行きたい所ある?」
千夜は、足を止め、空を見上げた。
「でも、もうすぐで、お昼になっちゃうね。」
少し寂しそうな表情を見せる千夜
二人の男の脳裏には、
————…心の病い。その言葉がチラついた。
「そうだ。千夜、お蕎麦食べてこ?」
「いいの?」
と、高杉を見る千夜は、不安そうに、瞳を揺らした。
「あぁ。メシぐらいなら桂も、うるさく言わねぇよ。」
そう言って、千夜の背を蕎麦屋のある方へと押した。
「行こう?千夜。」
そう言って、手を引いてくれる吉田と背を押してくれる高杉。
千夜は、なんだかその光景が可笑しくて、笑ったのだった。
蕎麦屋で、食事をした三人は藩邸へと戻った。
「ふぁー。に、しても、腹一杯だな。」
「……………。」
「千夜?大丈夫?」
反応の無い千夜を覗き込みながら吉田がそう尋ねる。
「————っ!う、うん。大丈夫。」
”平気”、”大丈夫”その言葉をよく千夜は使う。
大丈夫では無い時ほど、その言葉は彼女の口から放たれる。その言葉を言うな。とは、言えるはずもなく
「そう?なら、いいけど。」
と、返すしかなかった。




