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浅葱色を求めて…  作者: 結月澪
長州の姫
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洗脳


頭が、おかしくなりそうだった。部屋に浮かび続ける白い煙は、徐々に増やされ、匂いや、煙がキツくなる。焼け焦げる匂いに畳へと顔を向ければ、畳のいい匂いがした。

自分が居るのは、和室で、一体、此処が何処かまで、知る術が無い。


どれぐらいの間、此処に居るのか?それすらわからない程に、ほとんどの感覚が麻痺して居た。


————…嫌だ。

こんな薬に負けてたまるかっ!


そんな事を思いながらも、畳に頬をつけ、煙を吸い続ける事しか出来ず、両腕すら、縄で縛られて動かせない。身体には力なんて入らないまま、突然、スッと開いた襖を睨みつける。


————…また始まる。


男が二人部屋に入ってくる。二人の着物にある家紋は、見覚えがあった。間違いなく、長州の家紋。一文字に三ツ星。


彼らは、私を洗脳しようとしている。


「新選組は敵だ。長州は味方だ。」


そう言って・・・。


————…もう、嫌だ。


千夜の体力も、気力も、すでに限界であった。


大事なモノがあった筈なのに、わからない。何故、私は、こんなにも必死に、薬に負けないようにしているのか?


もう、このまま、彼らの言いなりになった方が楽なのに————…。



「————…ごめんなさい。」


誰に対しての、”ごめんなさい”なのか、全くわからないまま、ただ、一文字に三ツ星を見つめながら、ひたすらに、頭や体の痛みに耐える。


頭に浮かぶ、浅葱色。数人の男性の姿


自分の記憶が、塗り替えられていく、そんな恐怖を感じながら、千夜の意識は、黒い闇の中に、引きずり込まれていった————。



やっと、腕の縄を解かれ、目の前の人物たちに目を向ける。心配そうな視線を向けてくる三人の男


「……か…つら。…としまろ?…高杉……」


「千夜!ごめんね。」


そう、言ったのは、吉田だった。


何が、ごめん。なんだろう?


部屋には、まだ白い煙が漂っていて、お香の香りも同様だ。どれぐらい、この部屋に居たのかさえ、千夜にはわからない。


「————…今日は、何月何日?」


だから、そう聞いたんだ。


なぜだか、言いにくそうにした三人に、首を傾げた。


「元治に、なった。」


文久四年二月二十日に年号が変わった。


「今日は、三月一日。」


二カ月も此処に居たんだ。


何故だか、他人事みたいに思う


「そう。」そう言った千夜の表情は、無表情のまま、ぼんやりと視線を逸らした。


「千夜、ごめんね。俺たち仕事あるから、またね。」


と、言って、逃げる様に部屋を後にした。


パタンと閉めた襖。



「ねぇ、桂、どうして?どうして、あんな薬を使ったのさ!高杉まで協力するなんて!」


吉田が、長州に帰っている間に、行われた千夜の誘拐と洗脳。


「稔麿、藩の為だ。」


「何が藩の為だ。自分の為だろうが、桂!」


グッと襟元を掴み上げ、怒りを露わにする吉田。この男が、桂に怒鳴った事など、一度も無かった。


「千夜を好きにして構わない。もう、新選組という言葉に、反応もしない。」


バッと、襟元を離し、

「お前に言われなくても、千夜をお前なんかに

預けておける訳ねぇだろうが!」


「吉田…」

「高杉、お前も吉田についていろ。」

「…ああ。」


ドタドタ歩く吉田を追いかけ、高杉もその場を去った。


あんなに寒かった今年の冬が、あっという間に、過ぎ去った。


中庭をみて、ただ、そこに、桂は立っていた。

————唇を噛み締めたまま。


別室に運んだ千夜は、驚く程軽くて、食べ物を与えてみても、ほとんどを戻してしまう状態だった。


横になる事を嫌がり、ただ壁に、もたれかかり外を見る。そんな日々の繰り返しだった。


その数日後。ゴホゴホ。ゴホゴホ。

と、すごい咳をして、千夜の身体が傾いた。

それを咄嗟に支える吉田。彼女の身体は、ぐったりとしたまま、起き上がる素ぶりも無い。


「千夜?千夜っ!」


身体を揺すっても、開かれない目に、益々、顔を強張らせる吉田。近くに居た高杉を見て、声を上げた。


「高杉、医者連れてきて!」

「でも、桂が。」


と、渋る高杉に苛立ちながら、


「千夜が、死んでもいいの?」


そう言われて仕舞えば、呼んでくるしかない。

千夜が解放されてから、吉田と高杉は、千夜に付きっ切りで、目の下にはクマまで作って介抱していた。


千夜の姿を再度見て、高杉は、部屋を飛び出したのだが、


「医者、必要なんだろう?」


目の前に現れた桂に、高杉の動きは停止した。

何故なら、今、呼ぼうとしていた医者を桂が連れて来たから。


「桂、お前————…」



「何?ほら、そんな所に居たら邪魔だろ?」


そう、ぶっきら棒に言い放ち、桂は、そこから立ち去った。


自分も、心配な癖に、それを言わない桂の不器用さに高杉は、桂の小さくなっていく背中に笑みを向けた。そんなものには、気付いていないのは承知だが、桂にかける言葉は、見つからなかった。


「桂も、人の子だな。」


そんな言葉を呟き、高杉は、医者を連れて部屋に戻った。


「高杉?」


戻って来るのが早すぎたのか驚いた様子で、高杉を見る吉田。


「悪りぃな。あの子、診てやってくれ。」


と、医者に指示した高杉。


「桂がよ。連れて来たんだ。」


と、嬉しそうに言う高杉に吉田は、複雑そうに苦笑いを浮かべた。


千夜の診察を終えた医者が、

「疲労かのう?」そう、口を開く。

千夜の視線は、何処か遠くを見つめたまま。



「いや。これは、————心の病い。だな。」


その時ばかりは、高杉も、吉田も医者には、詳しい事を何も聞けないまま、ただ、「ありがとうございました。」と医者を見送る事だけで、精一杯だった。


その日の夜、千夜が咳き込みだし、戸惑う2人。何もしてやれない不甲斐なさに苛立ちを隠しきれなかった。


「何してるの?」


そこに現れた、桂の姿


「桂!千夜が、苦しんでて、どうしていいか、わからないんだ!」



ゴホゴホッゴホゴホッ


と、タンの絡まる様な咳。桂は、千夜の近くに膝をつき、声をかけた。


「千夜?お前、薬を持って居ないか?」


と、


医学に詳しくない三人が、今、騒いだ所で

何の解決にもならない。高杉に、薬を渡した千夜のが、医学についての知識は格段に上。


だから、桂は、声をかけたのだ。


「————…はる。島原の、小春なら、私の薬を持っている。」



苦しみに耐えながら、桂にそう告げた千夜。彼女は、新選組以外の事は、全て覚えている。


「小春だね?」


確認する様に問いかける桂に千夜は、頷いた。


ゴホゴホッ。


「千夜?横になろう?」


そう、声をかける吉田。高杉は、桂に視線を向けた。「行ってくる。」と、一言だけ残し、

桂は部屋を飛び出したのだった。


ーーーー

ーーー

ーー


土地の周りは壁や堀に囲まれ、出入り口として立派な東の大門が立つ。


男達は、意気揚々と、その大門をくぐるのだ。

独特の空気が流れる。島原。


初めて来た訳では無いが、今日は、いつもとは、勝手が違う。 女を買いに来た訳では無い。人を探しに来た訳で、とりあえず、桂は、置屋を一軒ずつ回っていく事にした。

























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