黒い粥
正式に、副長助勤になった千夜。
今日、初日の朝稽古に行こうと支度していたのだが………。
「私も動けるよ!」
「ダメだ。」
「初日じゃん!せめて道場に行かせてよ!」
「ダメや。」
ニ対一の言い合い。
「うー」
怪我をしたから。という理由で、道場に行かせてさえくれない二人
今日は副長助勤になった初日の大事な1日目が
まさかの道場に行ってはダメ。
どうにか、行けるようにお願いしてみるが、二対一の言い争いには、勝ち目なんてなかった。
「ちぃ、怪我、結構深いねん。大人しくしとってや。なぁ?」
なぁ?じゃない!
「ちぃ、今日は寝てろ。副長命令だ」
なにも、ここで副長命令出さなくても、いいんじゃない?
はぁ。ため息だってでます。
千夜は、のっそりと布団に入った。
「ちぃ、ちゃんと寝とるんよ?」
烝のそんな声にも、返事をする気になれない。
すっごい嫌な子。私。
そんな事を考えていたら、パタンっと襖の閉まる音がした。
シュルシュルと、よっちゃんが筆を動かしてる音だけが、耳に届く。
ジンジンと熱を帯び痛む右腕と背中。二人が言うように、確かに傷が深いという事は、自覚していた。
はぁ。寝られない。
幾度目かの寝返りをして、千夜は、無理矢理、目を閉じた。
スパーンッ
「土方さん入りますねー。」
いつもの如く、襖を勢いよく開け放つ沖田に、眉間のシワを一層深く刻む土方。
「開ける前に言うんだよ!いつになったら覚えんだ?」
「ちぃちゃん。」
そして、いつもの事だが人は無視して、ちぃちゃんだし————
布団に近づいてく総司。
「寝てるんなら起こすなよ。道場に、かなり行きたがってたから。」
「まぁ、気持ちはわかりますけどね、傷口、結構深いですし。」
仕方ないですよね。
頭まで被ってる千夜を見て、沖田は苦笑いした。布団に潜ってたら、苦しいよね?と、そう思って、布団を少し捲った。
千夜の姿を視界に入れた途端、沖田の目は、見開かれ、
「土方さん、ちぃちゃん、顔赤いです。」
と、うわ言の様に、土方に報告した。
ガタンッ
驚いて硯をひっくり返しっちまった。
半分以上書いてあった書類が、黒く染まる。
これは、書き直しである。
はぁ。
「遊んでる場合ですか!山崎君は?」
————…遊んでねぇよ!
「出掛けっちまった。今日は、帰らねぇ。」
ゴホゴホッゴホゴホッ
と、凄い咳をしだした千夜。どうやら、傷からの熱のせいで、喘息まで出てきたみたいだ。
「どうするんですか?」
「俺たちで見るしかねぇ。」
すごい、危険な気がしますよ?土方さん………。
*
ゴホゴホッゴホゴホッ
ヒューヒュー
苦しそうな咳をして、息も浅くしか吸えないのか、肩が上下する回数が多い。
汗ばんだ額に、熱のせいか、頬は、紅を差した化の様に、赤く色づいていた。
「ちぃ、大丈夫かよ? 」
昼に、お粥を持ってきてくれた平ちゃんが
背中をさすってくれる。
たまに傷に触れて痛いが、コクコクと頷いて返事をした。
「っていうかさ、何で、あの二人お粥も作れないの?」
そんな事を、私になぜ聞く?
何故、平ちゃんが、こんな事を言っているかと言うと、少し前に、よっちゃんと総ちゃんが、お粥を作りにいったのだが、
その出来上がった、二人が言う”粥”は、この世の物とは思えないぐらいの異臭を放ってた。
しかも色は黒く、流石に吐くかと思ったぐらいだ。
たまたま、平ちゃんが部屋に来たから助かったが、平ちゃん来なかったら、無理矢理食べさせられていた事だろう。
あの、黒い物体を思い返すだけでも、ブルッと身体が震える。
「あー悪りぃ。寒いか?」
「うん。」
「お粥は?」
「ご馳走さま。」
半分も食べられ無かった。
せっかく、平ちゃんが作ってくれたのに……。
しかし、食べられないモノは仕方ない。
平ちゃんが渡してくれた薬を飲みこんだ。
ちなみに、今、あの二人、土方と沖田は、黒い物体を片付けている。井上と山南の監視下でだ————。
横になって、藤堂が布団をかけてくれるが、震えが止まらない。喘息だけではなく、傷からの熱もあるのか、いつもより、身体は重く辛い。
はぁ……はぁ…
息が荒くなり、肺に入り込む酸素すら、少ない。
「ちぃ。苦しいな?ごめん、なんにもしてやれなくて。」
そんな事ない。って言いたいのに、声が出て来ない。
ゴホゴホッ
返事の代わりに出てきた咳が鬱陶しい。
答えられないかわりに、千夜は、藤堂の手をぎゅっと握った。
そばに居てくれるだけで、それだけでいい。
それが、一番嬉しいのだから————。
ーーーー
ーーー
ーー
なんで、いつも、こいつはこうなんだ?くせえ黒い物体を片付けて、部屋に戻ったら、ちぃと平助が一緒に寝てやがった。しかも、布団かかってねぇし!
「ったくっ!」
そう言いながら 、布団をかけてやる土方。
繋いだ手なんて、見ないフリして、やるよ。
今日だけな。
固く絞った手拭いを千夜の額に乗せ、ダメになった書類をまた書き直す。
はぁ
どうなっちまうんだろうな?
俺たちは。
ちぃ、お前は本当に————。
そう思って、フッと笑う。また、怒られっちまうな。俺は、このままの時がずっと、続けばいいと思っちまう。
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ーーーー
その日の昼の稽古が始まった刻限。
前川邸の道場をそっと、覗く千夜の姿があった。
「ちぃちゃん!また、部屋抜け出して!」
あろう事か、沖田に見つかってしまった。
「だって」
「だってじゃないの!寝てなきゃ治んないってば。」
総ちゃんが烝化してる。
ちょっと厠に行ったついでに、道場を覗いたら
すぐさま見つかってしまった。
「はい、部屋戻るよー」
沖田は、千夜の首元を持ち、ズルズル……半ば、引きづられて、ペイッと副長室の布団に逆戻り。
「全く、土方さんが出掛けたからって、」
だから抜け出したんだよ。だって暇なんだもん
ぷくっと頬を膨らめたら「そんな顔してもダメ。」と頬を潰される。
「僕は戻るから、いい子にしてるんだよ。」
「私は子供じゃないよ! 」
はいはい。と呑気な声の背を睨みつけた。
パタンっと閉まった襖をしばらく見てたけど、
流石に飽きる。
1人の部屋程、つまらないものは無い。
はぁ?武器の手入れでもしよーっと。




