壬生の屯所
幕末に武士として生きる男達にとって、千夜の話す未来は、はっきり言って未知の世界。
刀が無くなって、武器も持たない世界なんて 、考えられなかった。
「お前は、その、平和な世界に帰りたいのか?」
「全然。考えた事ないよ。私は、元々幕末の人間だしね。きっとね、私がやってるのは、馬鹿げた事なんだよ。
だけど、
せっかく同じ日の本に生まれたんだから、力を合わせて、生きていきたいな。って。
歴史に残った人達を、斬殺とか斬首、暗殺で、失いたくないな。って。
死ぬなら、日本じゃない敵と戦って死んでいきたい。それだけ。」
それだけなのに、歴史は、塗り変わってくれなくて、思い通りにならなくて、足掻き続ける。
そのまま、畳に寝転んで、涙を流す。
歴史は、簡単に、ぶち壊れてくれない。
————それは口に出来なかった。
泣きだしてしまった千夜。泣き止もうと思えば、思うほど、涙は止まらず、土方が腰を上げ千夜を布団に運んだ。
布団の中で、しゃくり上げて泣いている千夜を土方は同じ布団に入り、ただトントンと、
背を怪我をしている場所を避け、肩の方を優しく叩く。
ごめんなさいと言いながら、千夜は、そのまま眠りについた。
その声が、同じ部屋にいる男達には、痛くて、痛くて、たまらなかった。
理由を知らない、桂、高杉、吉田も何かを感じたのか、手をキツく握りしめた。
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チュンチュンと鳥の囀りが聞こえて、見慣れぬ天井に、
あぁ、そうだ。ここ、茶屋だっけ?
そう思い出し、昨日の事までも思い出した。
————最悪だ…
みんなと話をしたかったのに、泣いて寝るなんて。しかも、泣きすぎて目が痛い。
手拭いを烝に、濡らしてきてもらって、上を向いて、それを目の上に乗せてる私は、間抜けだろう。
「ちぃちゃん、おはよう。」
総ちゃんの声の後に、みんなの気配がした。
「おはよう。総ちゃん、みんな起きたんだ。」
「あ、うん。」
気を使ってるよね。
そんな事を思いながら、手拭いを取り払う。
「ごめんね、昨日は。みんなの言いたい事は、わかってるんだけどさ、これが私のやり方だからだから、無理するなとか、
そんなに抱え込むなって言われても、大丈夫って私は言うから。
馬鹿だと思われても、私は、そういうから。
私は、お前らが敵でも、バカだから助けるから。それはもう、私の中で決定事項だ。
だって、私にとってお前達は、
————仲間だから。」
そう言って笑う千夜に、目を丸く見開く三人
「桂、稔麿、高杉、————生きろ。自分の信念を貫いて。悔いの無いように。」
ぐちゃぐちゃと頭を撫でられる。
頭、ボサボサなんですけど?
「千夜~桂、やっぱ連れて来たい!」
抱きついてきた稔麿
髪を直してたら
チュッ
高杉が目の前に、どう考えても唇に触れたのは?
ゴツンッゴツンッ
「————!土方、いってえ。」
もう一人悶絶してる。稔麿だ。
「高杉、テメェ、ちぃに、汚ねぇもんつけんじゃねぇ!」
「なんで俺まで!」
「あ?昨日の思い出したから、ついでだ!」
そんなついで、いらない。
「汚ねえって、なんだよ!こんな、美男子捕まえて! !」
言ってしまった。土方の前で…………。
鬼が、目の前にいた。
この後、高杉は、頭にたんこぶを作る事となる。犯人は、言わなくてもわかるだろう。
少したあと、私たちは茶屋から出た。
桂らと平和的に別れ、今は屯所にむけて、四人で歩いてた。
ゆっくり千夜の歩みが止まった。
————私は帰っていいんだろうか?
そんな事を思ったから。
「ちぃちゃん、どうしたの?」
総ちゃんが、私を見ながら首を傾げる。
そんな総ちゃんの声に、烝もよっちゃんも振り返る。
昨日から、よっちゃんとは、ほとんど話してない。屯所から逃げ出したのは私
————私は邪魔?
なんでか、今日は、いつもは考えない様な事しか思い浮かばない 。
一向に歩き出さない千夜を見て、土方も山崎も沖田もなんとなく、千夜の考えてる事はわかった。
帰り辛い……。
千夜の感情は多分これ。
「ほら、隊務に支障がでる。」
ハッとした様な千夜の瞳が土方をとらえる。
何も言わない千夜。その瞳は、
————…帰っていいの?
そう訴えかけていた。
「俺は昨日ちゃんと言ったぞ。”帰って来い”と」
千夜の瞳が揺れた。
「土方さん、意地悪ですよ?帰ってきて欲しいって、言えばいいのに、ちぃちゃんが居ないと、土方さん筆ばっか折るんだから。」
「ちぃの居場所は、新選組やろ?」
冷たい風が吹き抜ける
「 帰ろ?」
「ちぃ、帰るぞ。」
帰っていいんだ。新選組に、
「うん、帰ろう。」
そう言って吹っ切れたみたいに千夜は、笑った。
しばらくして
「あ、そうや、あの、お香って」
「え?ああ、稔麿が持ってたやつ?」
「せや。ちぃ、お前また嘘ついたやろ?」
「嘘?」
「んー?」
バシッ
「誤魔化すなや。」
「叩かなくても~。わかったよ。ごめんなさい。あのお香、紛い物じゃなかった。」
「「はぁ?」」
「本物なんて言ったら、持ってかれちゃうし。」
ジャラッとお香を懐から取り出してみせる
「え?はぁ?じゃあ、これ人、操れちゃうの?」
「途中まで操られてた。結構、強い薬だよ?これ」
「山崎は、なんとも無かっただろ?」
「あー。耳栓入れとったからな。」
「……」
到着が遅かったのはそのせいか?
きっと、千夜はお香を使う気だ。
「ちぃ」
「どうしたの?よっちゃん。」
「そんなもん、使わなくていい。辛いなら、吐き出せ。苦しいなら、もがけ。
俺たちは、ずっとお前の側に居る
————だから、もっと頼ってくれ。」
————頼って、くれ。
目を細めた千夜
その言葉が嬉しくてたまらず、土方に抱きついた。
「ありがとう。よっちゃん。」
頭を撫でながら、土方も、また目を細めた。
そして、新選組屯所に、また足を歩みだした。
皆が帰る場所は、壬生の屯所しかない。




