平和的解決?
接吻の後、千夜は、吉田を見つめたまま、呆然と、そこに立ち尽くす。
クスッと笑う吉田。あいつを殴っちまいたい。
ギリギリと奥歯を噛み締める土方?
「千夜は、捨てられちゃったんだよね?
————新選組に…。」
「……え?」
驚いた様に、千夜は吉田を見る。
「だって、そうでしょ?橋の下で、冷たくなる程居たのに、誰も見つけてくれなかった。
そして、俺の胸で、あんなに沢山声をあげるほど、泣いたんだから…。」
————冷たくなる程って!
————ちぃが 声をあげるほど泣くって!
今まで、そんな事はなかった。
今まで、千夜が声をあげるほど、泣いたことなんて無かった。
あいつの胸で、泣き止んだって言うのか!
腹立たしい。
冷たくなる程、ほっといたのは、俺なのに、、、。
「ちぃちゃん、僕たちは、ちぃちゃんを迎えに来たんだよ!」
吉田と、沖田に視線を向ける。
迷ってんのか?
「ちぃ!お前は俺の小姓じゃねぇのか?副長助勤を任した俺の目は節穴か?」
新選組はお前のもんじゃねぇと
言いながら、出てくるのは、新選組の事ばかり。
————…結局そうなんだ。
結局、お前が居ないと、鬼の仮面すら上手く被れねぇ。
本当は、わかってるんだ————。
誰よりも、新選組を愛し、新選組の為に、俺たちの為に、いつも行動してるのを、知ってたはずなのに、俺は、酷え事を言ったもんだ。
「ちぃ、新選組に
————お前の居場所に、帰ってこい!」
————帰って来てくれ。ちぃ。
帰って来い————
「千夜、ダメだよ。また利用される。」
————利用…?
頭の中に繰り返される言葉たち。
「お遊びも、此処までだね、じゃあ、姫はいただいてくよ?」
「待て!」
千夜の腕を引き、窓に向かおうとした三人。
だが、黒い人影が長州の三人の前に立ちはだかる。
「悪いけど逃がさへん。————ちぃを離せ。」
「ヤダよ。」
「ちぃは、新選組の人間や!」
————新選組…
頭が痛い。その場に、座り込んだ千夜。
「ちぃ、いつまでそんな、臭い芝居しとんねん!ええ加減目覚ませっ!
お前が言ったんやぞ、弱い自分は、殺したんだと!
いつまで、逃げとんねん!
このまま、逃げて長州にいったら、お前の幸せはあるんか! !」
ビクッと体が反応する。
「お前は誰や! ! !」
————逃げる時間もくれない。
逃げ出す事さえ許されない。
どっちも、なりたくない。違うね、どっちも私。
ゆっくり立ち上がる千夜
「酷いね、全くさ、少しぐらい休ませてよ。烝。」
「うるさいわ!全く、手がかかる。」
「せっかくだし、名乗りますか。
新選組 副長助勤、芹沢 千夜。
そして、
一橋慶喜の妹、徳川椿。」
「合格や。」
烝のそんな声が聞こえた。
「一橋公の妹?千夜が?」
信じられないって顔で見られた。
「千夜、戻れ。」
吉田が、そう言うが、千夜は動かない。
「このお香、私には効かない。これは、媚薬と大麻を使ったお香。
はっきり言ったら、お遊び道具。ただの心理を利用した————紛い物。本当に、体が動かなくなるとかあり得ない。」
「じゃあなんで僕たち止まってるの?」
「沖田総司、土方歳三、これで動ける。」
ゆっくり体を動かせば、二人の身体は、本当に動いた。
「どうなってるんだ?」
「だから人は名前を呼ばれれば、返事するか、手を上げて合図するとかあるよね?
それは頭の中の脳が体を動かしてるから。
でも、大麻を使って、脳を鈍らせて、媚薬で
名前を呼ばれたら反射的に、なんとなく言うことを聞かないといけない。って言う錯覚が起きた。
本当は動けるのに……ね。
頭が動かなきゃ体も動かない。わかった?」
「説明適当だろ?」
————よっちゃん、うるさいです。
「何で?さっきまで効いてたでしょ?」
「だから、あれは、ちぃの演技や。」
「は?」
訳がわからないといった顔をする吉田
「稔麿、こんな物で人の気持ちは掴めない。
思い通りになんてなる筈も無い。
言いなりに人が動くのは、確かに嬉しいかもな。自分だけは……。
周りも、動かされてる方も不愉快でしかない。
こんな物を使わないとお前は、人を動かせないのか?
こんな物が無いと、人の心を掴めないのか?
少なくても、私は、お前に助けられて、お前が優しく接してくれた事は、すごく、嬉しかった。だから私は、お前を稔麿って呼んだんだ。
こんなお香を使わなくたって、私は、お前らを敵と思った事なんて、一度もないっ!」
目を見開いた三人に、千夜は笑ってみせる。
「って事で、このお香は没取させていただいた。」
千夜が持ってる巾着。
「俺の!」
自分の懐を探すがやっぱり無い。
「まさか、その為に」
抵抗せずに、接吻させたのか?
「誤解しないでね。それもだけどね、他にも、くすねたよ。」
残りの二人が、懐を確認しだす。
「無い!」
桂と吉田がその声に、高杉をジト目で見る。
「「また、お前かよ!」」
「で、何がないの?」
「俺の銃。」
三人は、千夜に視線を向ける。
「こんなので、仲間撃たれたら、シャレにならないからね。ちょっと預かった。」
クルクルと高杉の銃を指に引っ掛けて回す千夜。
「お前、盗賊かよ!」
「ヤダなぁ。平和に解決しなきゃ、ね?」
「ね?じゃねぇよ!お前の仲間、刀抜いてんじゃねぇか!」
はぁ…
「よっちゃんも、総ちゃんも刀仕舞おうか?」
そんな言葉じゃ、二人は刀を仕舞わない。
「ちぃ、長州は敵だ。」
「平和的解決は、無理みたいですね千夜。」
刀を抜いてしまった、高杉、桂、吉田
なんで、話し合いが出来ないのか?
どうして、刀を合わせる事を望むのか?
どうして、長州と聞くと目の敵にするのか?
わからない。
桂とよっちゃんが斬り合ってる。
止める方法。手にある二丁の銃。
平和的解決
千夜は踏み出し、二人の間に割って入る。
両手に持った銃を土方と桂の頭に突きつけた。
振り下ろされた刀は、桂の刀が背中を掠め、
よっちゃんの刀が右腕を掠めた。
そして、止まった二人の動き。多分二人が止まってくれなかったら、千夜は刺されていた。
それでも銃を、下ろすわけにはいかない。
「ちぃ!お前何してんだ!」
「刀を収めて。」
「無茶をするっっ!」
「ちぃちゃん、血が!」
背中見えないんだけど、ヒリヒリと痛い。
「いいから、刀を収めて!」
「ちぃ、長州は————」
「だったら、何で、高杉は助けてくれた?
何で稔麿は、私を助けてくれた?
本当に、長州だからって敵なのか?
長州だからって、目の敵にしてないと言えるの?
あの時、高杉が来てくれなかったら、私は迷わず椿の名を使っても、戦うつもりだったっ!
こいつが来てくれなかったら、隊士の誰かが死んでたかもしれない。
稔麿が助けてくれなかったら、私は死んでたかもしれない。
よっちゃん、私達は助けられた。
その礼も言わないで斬り合うのか?
それは、間違った事じゃないの?」
————…間違った…事…。
クッ
「刀を、収めろ。総司。山崎、ちぃの手当てを。」
「御意。ちぃ、お前、いつも言うけど、無茶苦茶するなや。寿命縮まるやろ?」
すぐ近くにあった布団に横にされる。
「ちぃちゃん、大丈夫?」
「「おい、千夜、大丈夫か?」」
千夜を心配する吉田と高杉
「あの子、本当やる事が読めない。」
こうやって見てると、敵も味方もあったもんじゃない。
貸しは二つ。返さないとな。




