茶屋へ突入
部屋に戻った千夜は、部屋を開けて、
「吉田、なにしてんの?」っと襖を閉めながら尋ねた。
「あぁ、千夜。お香を焚いたんだよ。」
モクモクと部屋を漂う白い煙。
なんと言うか、線香の香りが部屋中に広がった。
頭を拭きながら、窓の近くに座った千夜。
吉田は、千夜に近づき
「ねぇ、千夜。俺を稔麿って呼んでよ。」
そう、言った。
首を傾げる千夜
「トシマロ…?」
「そう。そう呼んで?」
「うん。」
別に名前を、呼ぶぐらい、たいしたことない。
軽く了承してくれる千夜に目を細める。
————…お風呂を勧めたものの、千夜の色気が半端ない。
赤くなった頬、晒しを巻いてない胸、薄い寝間着、濡れた髪、足を崩してる為、そこから覗く白い足。
しかも場所は、茶屋。
吉田は、ゴクリと息を飲む
「稔麿?どうしたの?顔赤いよ?」
心配してくれたのか、手を伸ばしてくる千夜。
この子は、わかってない。男ってのを。
奪ってしまいたい。唇も体も全部。
頬に手をやると、くりくりした目で見つめられる。
クスッと笑う
「気のせいだよ。」
そう言って立ち上がり、頭に乗った手拭いを見て、まだ乾いてない頭を乱暴に拭いた。
「稔麿痛いよ~」
「まだ、濡れてるんだって。」
こうでもしないと耐えられない。
あぁ、俺、千夜に惚れちゃったのかな?
こんないい女、手出せないなんて情けない。
おまけに、隣から聞こえてくるのは
男女の甘い声。
「はぁ。」
「としまろ?」
なに?この生き地獄。
**
闇夜に、町中で身を隠す高杉と、桂。
「どうすんだよ!」
「黙れバカ杉!」
ただいま、新選組から逃走中の二人は、相手が多いから下手に動けないでいた。
今、二人は、商店街の裏路地に隠れていた。
どっか店に入ってしまいたいが、この通りに、宿はない。あるとしたら、茶屋とか団子屋。
こんな夜に、団子屋なんかやってないし、茶屋も閉まっている。最悪、こじ開けてでも入らないと、見つかってしまう。
「見つかったか?」
土方の声が聞こえて来た。
「あいつらどこ行った!そんな遠くには、行ってないはずだけど。」
そんな新選組のやり取りを裏路地から盗み聞き、
「ヤバイな。人数が多すぎる。」
ガタッ
「お、開いた。」
どうやら、高杉が、店の裏戸を開けたらしい。
「しょうがない入るよ。」
店の中に入って、周りを確認し、裏戸を閉めた。
「あ?茶屋か?」
辺りを見渡し、高杉がそう言った。
「みたいだね。さすが、高杉」
「いや、褒めてねぇよな?」
「当たり前でしょ!」
こんな所男二人で来て、嬉しい訳がない。
「そういや、吉田は見つかったか?」
首を振る桂
「大体、高杉が連絡寄越さないから!」
「だから、俺は千夜に会ってだな、」
「————お前ら何してんの?こんな所で?」
二人は振り返った。探してた仲間の声を聞いて。
「吉田!お前こんな所で何してんだよ!」
いや、お前ら男二人で茶屋ってありえないだろ。そう言いたかったが、いなくなってしまったのは事実。
「ごめん、ちょっと、野暮用が、、、。」
どうしても目が泳ぐ。
「新選組が、店の前に居んだよ!」
それを聞いて、吉田は慌てて部屋に走る 。
バンッ
名前を呼びたいが、店の前に仲間が居るなら、気付かれてしまう。
そこには、眠ってしまった、千夜の姿。
胸を撫で下ろす吉田だが、残りの二人は、口をあんぐり開けたままだ。
「千……グフッ」
「高杉お前バカなの?名前呼んだら気付かれる。」
高杉が名前を呼ぼうとして、桂に口を塞がれた
バシバシ手を離せと、桂を叩く高杉。
「はぁ苦しかった。でも何で?」
やっと離してくれた桂を軽く睨む。
「あーあ、せっかく、二人っきりだと思ったのに。」
「ふざけてないで。ちゃんと説明して」
面倒くさい。そういいながら、千夜が橋の下に居たことを話した。体が冷たくて、この茶屋に入った事も。
「なんで、橋の下なんかに?新選組の奴ら、かなり必死に探してたみたいだけど?」
「吉田、千夜は帰りたいとは?」
「言ってないよ。」
「へぇ。」
首を傾げる吉田
「どうするの?せっかく千夜が手に入っても、すぐ見つかるよ?」
店の外に新選組がいる。灯もついてるし、踏み込まれたら、ひとたまりもない。
「長州藩邸まで、ここからどれぐらいの距離?」
「二本向こうの道だからー?ー…わからねぇ。」
わかるのは、二本向こうに長州藩邸がある。
絶対安全な場所が————
「屋根にも、黒いのいたしねー。」
上から、攻められたらひとたまりもない。
「とにかく、灯を消して様子を見よう。」
攻め込んでくるとは、限らないんだから。
*
クソッ
町中を探し回る土方ら幹部達は、すでに、汗だくで、疲労は隠しきれない。
それでも、千夜を探す男達。しかし、どこに行っても、千夜は、見つからない。
ちぃ、何処だ?何処に行った?
なんで、見つからねぇんだ !
目の前にある茶屋に、土方の視線は、向けられた。男と女が肌を合わせる為の茶屋
男に女なら普通に入れる。まぁ、例外もあるが
「おい、茶屋は調べたか?」
「いや、調べてない。」
「でもまさか、ここ調べるの?」
無粋じゃね?
そんな平助の言葉なんて、今は無視だ。
「居るかも知れねえ所を探さなくてどうするんだよ!」
ごもっとも。
「副長命令だ。」
こんな事まで、副長命令で押し切れてしまう
雨戸が、はまった入り口を見て、土方は、
————裏戸に回るか。
それを窓から見ていた三人。
ヤバい。新選組が、裏戸に回った店は、
高杉らが居る店で、不用意に、飛び出すことは、捕まりに行くようなもの。
今は、ただ、ジッと、息を顰めるしかない。
ガタガタ
ギッギッ
足音が聞こえてきた。
何人、店に入ったのかわからない。
部屋を次々に開ける音と、客らしき人の叫び声。
吉田は、すぐに、逃げれるように千夜をゆっくり抱き上げる。
スパーンッ
浅葱色の羽織を着た、新選組の副長、土方が襖を開けた 。
抱き上げられた千夜の姿を確認し、土方は、声を上げた。
「見つけた。山崎!」
部屋を漂う白い煙を気にする事もなく、部屋に踏み入る。
後退する三人
「動かない方がいいんじゃない?土方。」
その声がした途端、急に体が動かなくなる。
「なんだ?これ!」
「ちぃちゃん!何してるんですか?土方さん!」
遅れて部屋に入ってきた沖田だが、
「沖田も、動くな。」
振り上げた刀。しかし、そのまま体が停止する。
「体が、動かない?」
「結構効くんだ。千夜で試したけど、あんまりよくわからなかった。」
吉田の腕でまだ寝ている千夜
「ちぃに何をした! ?」
そんな土方の声も無視
「ったく、悪趣味な奴。」
高杉が吐き捨てる
「いいんだよ。結局、助かったでしょうに。」
「逃げれたら言って。その言葉。」
「せっかくだから、千夜起こしてみる?」
「だから、悪趣味だっつうの!」
高杉の言葉を無視
「ねぇ、千夜起きて?」
ゆっくり目を開く千夜を見て吉田は笑う。
畳に足をつけた千夜
「ちぃ?」
その声に、バッと効果音がつくぐらいに振り返った。
「よっちゃん…総ちゃん……何で?吉田、なんで?」
「千夜、違うよね?俺は?」
「……トシ…マロ。」
「そう。いい子だね。おいで?」
ゆっくり近づいてくる千夜に口角が上がる吉田
そして、土方と沖田に見せつけるように、抱きしめ、千夜の唇を奪った。
「ちぃちゃん!」
引き剥がしたいのに、体が動かない。土方も目を逸らしたいのに、そらせない。
やっと離れた二人の唇に
チッっと、高杉は、舌打ちした。




