迷子の心——弐
浅葱色のだんだら羽織を着た男達が、京の町を、一人の女を探して駆け巡る。
————ちぃが見つからん。
川にも行った。島原、町の中をぐるりと、回った。それでも、ちぃは見つからない。
————…どこいってん?
あの子が逃げ出した事なんて無かったのに、
とりあえず、屯所に一度戻って————
ザッザッと、小石を弾く音に、山崎は、足を止めた。夜道には、不逞浪士と追い剥ぎ、辻斬りが横行する。もしかしたら、その類いが現れたのかも知れないと。辺りを見渡した。
しかし、そこに現れたのは、山崎が考えもしなかった人物であった。
「土方、さん?」
その足音は、
「山崎、ちぃは見つかったか?」
土方のものだった。
ぶっきら棒に、そう吐き捨てた土方
この人は、
「やっと腰あげたんですか?」
「うるせぇ。」
————ほんま、素直じゃない。
ガシガシ頭を掻く土方は、まるで照れ隠しをして居るようだ。
「はぁ。」
少し安心した。
ちぃを、見捨てたのかと思ったから。
「何ため息ついてんだ?ほら、サッサと探すぞ。」
そして、人使いが荒い。
俺は、あんたが来る前に、町を駆け巡ってたのに、まぁ。
「それでこそ、土方さんやな。」
「あ゛ぁ゛?なんか言ったか?」
ふっと笑う。
「土方さんは、しょうもない。言うたんですよ。」
そんな堂々と言われたら、土方も、ふっと
笑い返すしか出来ない。
「新選組の幹部隊士が、総出で探してんだ。
絶対、見つけて屯所に帰るぞ。」
「新選組の姫やからな。俺が、絶対見つけたる。」
「山崎!そこは、御意だろうが!」
「嫌ですよ。ほら、サッサと探してくださいね。」
「何で、お前が指示だしてんだよ!」
京の町中を新選組が駆け回る
————新選組の姫を探して。
**
みんなが、探しているのを知らない千夜は、
まだ、布団の中にいた。
「ねぇ、吉田、何で助けたの?」
一緒に布団に入ってるのに、ごろんと転がって、うつ伏せになった千夜を見て、頭を抱えたい衝動にかられる吉田。
なんでって、せっかく離れたのに、また、近付いてきたから。
晒しを巻いてるんだろうけど、吉田の体に千夜の胸が当たってる。
「ねぇ、千夜、危機感って、君にはない訳?」
そんな事を言われても、首を傾げるだけの千夜。
言っても無駄って事?この子どうなってるの?
段々、桂みたく考えてる自分が、バカバカしく思えて、そっと千夜を自分の胸に抱き寄せた。
ドクンッドクンッ
と、吉田の心音が聞こえてくる
当たり前だけど、吉田も人間。
もっと、聞いていたくて、吉田の背に腕を回す。
この音を聞くとなんでだか、強くなれる気がしてたのに、なんでだろうか?
涙がとめどなく溢れてくる 。
私、どうしちゃったんだろう?
グスッ
そんな声が聞こえた。
泣いている?千夜が自分の胸で、
ポンポンッと優しく、あやすように頭を撫でる。
何も聞かないで居てくれる吉田。
なんで、優しくするの?どうして、助けてくれたの?
そんな疑問を聞こうと、ゆっくり吉田の胸から顔を離す。
「ん?」
泣いていたからか、なんだか恥ずかしい。
目を合わせたのに、そらしてしまった。
なにこの子、可愛い。
そんな事を、思ってるなんて知らない千夜
さっき聞こうとした事なんて、忘れてしまって
必死に、話題を探す。
千夜の涙に吉田は、そっと目元を拭いた。
「なんか、辛いことあったの?」
辛いことなら、あり過ぎて、苦しくて、苦しくて、堪らない。
そんな事を口にすれば、また感情が溢れてくる。
「痛み止めが欲しい。」
「痛み止め?どっか痛いの?」
痛み止めは、この時代、大麻を使われてる事が多い。
だから千夜は、無くなってしまった媚薬の代わりに欲しかった。
「頭、少し痛い。」
「大丈夫?冷えたからかな?買ってくるよ。」
まさか、買ってきてくれると、言ってくれると思わなかった。
「いい。大丈夫だから。夜だし、寝たら治るよ。」
寝ても治りはしないのだが、
「本当?千夜、お風呂はいったら?体凄く冷えてたし。」
「じゃあ、入ってくる。」
そう言って部屋を後にした。
部屋に備え付けたお風呂なんて、あるはずもなく、この時代、銭湯は混浴。
ゆっくりお風呂を覗けば、遅い時間だからか人は居なかった。
入ってみると、微妙にヌルい。まぁ、時間が時間だけに、仕方ない。少しして、湯から上がり部屋に戻った。
**
なんで、千夜は見つからねぇ!
もう町は、一周したっていうのに!
どこに、行った?
空いてる店は一件一件入って確認した。
だけど、もう店も、閉まっちまってる所が多くて、全部確認出来た訳じゃない。
————ちぃ、お前は、何処にいるんだ!
「土方さーん!ちぃちゃん居ました?」
「居ねぇよ!」
いちいち、声かけんなよ、見つかったかと思ったじゃねぇか!
「ダメだ土方さん、島原の方は居なかったぜ。」
「歳、屯所の近付くを山南君と回ったが見つからなかった。」
「ちぃちゃん、どこ行ったんだろう?」
「千夜、あいつ、まさか長州に捕まったんじゃ?」
そんな声が、原田から上がる。
「宿屋とかは————」
「調べましたよー。」
その時、闇夜に散切り頭が見えた。
————…あいつ
土方は、その頭を見て走り出す。
「あっ!土方さん!なんで、あの人、何も言わず走り出すの?」
沖田の文句も、聞く人はたくさんいるが
土方を追わなければならなくて、構ってられない。
走るのに必死。
幹部隊士でも、仕事をして、小寅の事もあり体はクタクタ。しかも町を回って、体力は限界に近かった。
*
あれは間違いなく、高杉晋作!
散切り頭を追いかけ、やっと追いつき、肩を掴む。
「うわっ。」
後ろから肩を掴まれ驚く高杉。
「高杉、お前、ちぃを何処にやった?」
長州の者を捕まえて、女の事を聞く奴は多分いない。少しキョトンとした高杉。
「ああ?俺が千夜を連れさらう訳ねぇだろ! 」
後から、後から、新選組幹部がそこに到着する。
新選組の姿に、高杉は逃げなければと、少し遅れて思った。だけど、気づいた時には、既に、時遅し。ぐるりと囲まれてしまった。
「なんなんだよ!さっき、助太刀したのに!」
助太刀。というか、乱入にも近かったが、
「お前が泊まってる宿は?」
「アホか!言うわけねぇだろ!」
宿泊先を教えるわけがない。
————…一応敵なのだから
「なんで、千夜を狙う?」
なんで?と、聞かれても
「欲しいから。」
高杉らしい答え。
「は?」
眉間に皺を寄せる土方。
「メンドクセ。手に入れたいから狙う。」
あんまり変わってない答え。
「こいつ阿保ちゃうか?」
「あ!黒いの、お前、千夜を連れ去るから
あの後、大変だったんだからな!」
そんな事を、今、八つ当たりされても
「ちぃに、抱きつかれて、赤なっとる奴なん知らんわ。」
新選組の視線が鋭くなる
「へぇー、この人、あの時、ちぃちゃん連れ去った人なんだ。」
沖田の口角が上がった
ゾクゾクと背筋が震えるのは気のせいか?
「着替えさせたのも、
————…君なんだよね?」
「……」
そうだけど、
そうって言ったら、マジに殺されそう。




