迷子の心
「歳、千夜君はな、俺の為に、突き放す様に言ってくれたんだ 。あの子は、昔から変わらんな。」
————…昔から?
「ちぃの記憶無かったんじゃ…?」
「何を言ってるんですか?私達の記憶は、とっくに戻ってますよ。」
「は?」
「あーごめん。土方さんには、言って無かった。ほら、ちぃの希望の光を見た時だよ
あの後、みんな、ちぃを思い出したんだ。」
「あれ?言ってませんでした?」
「聞いてねぇよ!」
そうだったんだ。俺は、近藤さんと、仲悪りぃと思ってたんだが 、違ったのか。
「ほら。歳、探しに行くぞ。」
「仕方ねぇ。」
そう口で言いながら、嬉しくて仕方ねぇ自分。
口元が緩みそうになるのを、ひた隠す。
本当に俺は素直じゃねぇ。
————ちぃ、今探しに行く。
*****
星空はこんなに綺麗なのに、周りは真っ暗。
暗い、————くらい。
まるで、
「————私のココロみたい。」
ああ、今日、薬を飲んで無かったな 。だから、こんなに辛いんだ。
私はダレ?
————私は、誰なんだろうね?
千夜にも、椿にも、今は、なりたくない——。
記憶が、欠落したわけじゃないのに、負の感情が、私を捉えて離してくれない 。
頼りの薬は、————…もうない 。
ザァーっと、何かが流れる音が耳に聞こえて来た。———川?
何で、私は、川に来たのだろうか?
「————よっちゃん。」
呼んだって、返事なんか、かえってこないのに………。
ズルズルと体が鉛の様に重い。
————疲れた。もう、本当に、疲れちゃった……。
歴史は、変わってはくれなくて、一人の力では、どうしていいかすら、わからなくて……。
そんな事を考えていたら、瞼も重くなってくる。こんなところで寝たらダメなのに、体は自分のモノじゃない様に、思い通りに動いてくれなかった————。
**
「バカ杉の奴、島原に行ったまま、帰って来ねぇ。泊まるなら連絡してしろって、いつも、いつも、言ってるのに!」
ただでさえ、長州は目の敵にされてるんだ。
捕まった仲間も、片手じゃ足りないほどの人数。首を斬られ、晒される仲間もいた。
高杉が帰って来ないもんだから、桂に迎えに行けと、言われてしまったし、
「何で俺が、」
ぶつくさ文句を言いながら、吉田は島原に向かって歩いていた。
ふと、屋根に人影が見えた。
「あれ?あいつ、千夜を連れて行った奴?」
ご苦労な事で。こんな夜に。
そう呑気に言ってる場合じゃなかった。
見つかったら、自分もヤバイ。あいつらは、幕末の犬だ。
「すぐそばの橋にでも、避難するか。」
ザッザッ
結局、あの黒いのが、
近くに来るもんだから、橋下まで降りてしまった。
「あーもう!ついてねぇ。くそっ高杉の野郎覚えとけよ!」
一人虚しく、文句を言う。
ブルッと身震いする身体に腕を摩った。もう11月、夜は冷える。
「さみぃ、あれ?」
橋の下に何かある?
人が死んでるのか?まさか、仲間?
そう思って、慌てた様に駆け寄った。
「え?なんで、千夜が。」
橋の下で、体を丸まらせている千夜。
誰が、どう見てもおかしい光景に、ただ、目を凝らしてみるが、どうやら、夢や、幻では無いようだ。何で、こんなところに倒れてる?
新選組の姫が。
そっと近くまで歩み寄り、近くに膝をつく。
「何でわ千夜が。」
見間違えるわけない。
この、桜色の髪を————。
千夜の頬に触れれば、
「……冷たい。」
胸が上下していて、息があるのはわかった。
ペチペチ
頬を叩いても、千夜は目を覚まさない。着ていた羽織りを千夜に巻きつけ、抱きしめる。
いつから、ここに居たのか?身体がヒンヤリと冷たかった。
どうしよう?
何も無いのに、周りを確認する。とりあえず、暖めてあげなきゃ。千夜を抱き上げ、走った。
何処か、温めれられる場所へ————
タッタッタ
足音が町に響く。
チッ。先を急ぎたいのに、屋根の上に、また、あの黒い男。思わず舌打ちし、
「千夜。ごめんね。」
本当はこんなところに、入りたく無いんだけど……。
吉田は、すぐ近くの茶屋に駆け込んだ。現代でいう、ラブホテル。そういう茶屋。
部屋に運び、布団にゆっくり寝かす。
寝かしたものの、どうすればいいのかわからない。
とりあえず、布団をかけ、火鉢で部屋を温める。見つけた時は、暗くて見えなかったけど顔色が悪い。
————唇が青い。
「千夜、ねぇ起きて?」
体を揺らしてみても、目を覚ましてくれない。
手に触れてみても冷たい。温める。もう、これしかない。
「千夜は嫌かもだけど、ごめんね。温めるだけだから。」
そう言って、布団に潜り込み、千夜をぎゅっと抱きしめた。
「千夜。早く、起きて?」
どれぐらい、千夜を抱きしめてたか、徐々に、千夜の体が暖かくなっていく。
微かに動いた瞼、それを見て、思わず声をかけた。
「千夜?」
その声に反応したのか、千夜が薄っすらと目を開けた。
「————…吉田?」
「よかったぁー。」
凄く喜ばれているが、千夜は、状況が理解出来ない。ぎゅっと、抱きしめられてるのは、わかった。でも、何で布団に入っている?
川に居たはず。あれ?
「吉田、ここどこ?」
「へ?えっと。茶屋。」
別にやましい事をした訳じゃないのに、なんだか、バツが悪そうに口にする吉田。
「そうなんだ。」
いや、もっと照れるとか怒るとか、そう言う反応を覚悟していた吉田。しかも同じ布団で寝てるのに、温めるための行為だけども、顔を赤らめたりしないのだろうか?
「千夜、このまま、朝まで一緒に寝る?」
これで、絶対、千夜は、赤くなる。そう、思って顔をジッと見る
「いいよ。」
サラッと答えられた。しかも、目を合わせて。
「………」
この子、桂がおかしいと言っていたけど、俺も、今おかしいと思ってしまった。




