副長助勤
いつもと変わらない日常が、帰ってくる。なにが起こっても、時は、残酷に時を刻み続ける。
朝、いつも通りに稽古に参加した千夜は、喉の渇きに、一時、休憩をとった。前川邸の道場で、竹筒の水を飲み水分補給をした時、
不意に、後ろからの気配を感じた。
ブンッっと、勢い良く風をきる、木刀の音に、身体はすぐさま反応し、振り回された木刀を軽々と避けた。
反射的に、手に持っていた竹筒を、相手に投げつけてしまった。
「グホッ」
カエルが潰れた様な声が聞こえ、振り返って目に入ったのは、相手のお腹に食い込んだ竹筒。
その相手を見て、
「あ、ごめん。」そう、声を発した。
悶絶する藤堂。哀れ。
「……痛い……です。」
だろうね。それだけ、竹筒が食い込めば、痛いと思うよ。
「なんで、あれ避けれるの?かなり、油断してると思ったのにー!」
なんか、私恨みでも買いましたか?
「総司テメェ!竹筒、腹に食らっただろうが!」
「えー。僕が悪いの?平助が甘いんだよー」
二人の言い合いが、始まったが、背後から襲われたんですが?私。なんなの?
ヒュンッ!カンッ
飛んできたクナイを木刀で払う。
クナイを使うのは、千夜以外なら、山崎しかいない。
「なんなの?」
平隊士達も千夜に襲いかかる。その数20人以上。
あーもうっ!めんどくさい。
パンパン。手に着いた土を払いながら、倒れた男達を見る千夜。
「で?これは稽古だよね?」
「……はい…」
倒れた平隊士達。もちろん、千夜に気絶させられたのだが、千夜の前に、幹部隊士達が正座している。なんとも奇妙な光景が、前川邸にあった。
「ちぃ、悪かったって。でも、戦ってるの見たくてさ」
えへへっと、笑う平ちゃん。全く悪いと思ってないだろ?
「平隊士まで、巻き込む必要ないでしょ?」
「あの人達が、自ら協力してくれるって
……言ったんだよ。」
目が泳ぐ総ちゃんの声がだんだん小さくなっていく。絶対嘘だっっ!
「まぁ、千夜、いい訓練になったと思えば、な?」
無理矢理話を終わらせ様とする、新八さん。
「そうだ、そうだ。」と、意味わかんない左之さん
「ちぃ、悪かったって。」
絶対、反省なんかしてない烝。
「悪かった。」
はじめ、まで。
はぁ
「で?そこで、コソコソ。鬼の副長まで、なにしてるんですか?」
出入り口に見えた、土方の姿に声を掛ければ
「お、おう!稽古頑張ってるかなぁって、様子見に来たんだよ。」
副長が、片手を上げて、慌てた様子で、声を上げた。わざとらしい事この上ない。
これを仕組んだのは、間違いなくよっちゃん。
「なにしてんの?朝から。」
「だから、様子見に来ただけだって。」
絶対嘘だ。
「で?」
一言だけだと、かなり怖い。
「ちぃちゃん、僕は、反対だったんだよ?
土方さんに言われて仕方なく。」
嘘をつくな!一番楽しそうな顔してたじゃないか!サラッと土方を売り渡した沖田。
「総司テメェ!」
そりゃ怒ります。
「はいはい、仲が良いことはよろしいですが、
喧嘩なんか後でやってくださいな」
「————…ちぃが怖い。」
シュッ「スキあり、や。」
また、千夜に向かって、クナイが飛んできた。
カキィン。飛んできたクナイをかわす。
「ったく。まだ、やるの?」
おー!パチパチ。何故か、拍手をする幹部隊士達に、千夜は、呆れた表情を見せた。
拍手なんかいりません。
朝稽古の途中だというのに、平隊士にも、幹部までもが、千夜に攻撃をしかける。
「なんなの?」
「ちぃの為や。」
私のため?
真剣まで取り出した山崎。
キィンッキィンッ真剣を持っていない千夜は、
クナイで受け止めるしかない。
「ちぃ!これ使え!」
よっちゃんが投げたのは、芹沢鴨の刀。
……これを使う……
振り上げられた山崎の刀。迷ってる場合じゃなかった。だったら取るしかない。
————芹沢鴨が、全ての想いを込めた刀を。
手にすれば、ズシリと重く感じた、その刀。刀を振り上げ、口角を上げる山崎。すぐさま、鞘から抜いた刀で、烝の刀を受け止めた。
カキィンッ ギリギリ
合わさる刀から、金属音が道場へと響き渡る。
「テメェらも、ぼさっとしてないで、やれ!」
————これは試験だ。
そう、気がついた。
千夜を襲う無数の刀。幹部隊士が揃ってだから、たまったもんじゃない。本気出さなきゃやられる。
しかも、怪我をさせたくない相手だ。
いつも、一撃で仕留める千夜には、不利以外のなにものでもない。殺さず、傷つけないで、倒れてくれる方法。
千夜は、身を引き、山崎から刀を離した。
刀の峰を使えば、斬らずに済む。クルッと刀を持ちかえ、刀を構えなおす。
気を抜けば、容赦なく、山崎のクナイが飛んできた。
ありえないんですけど?
カンカン、キィンッ
前川邸の道場に響き渡る、刀の交わる音。
————強い。こんなん負ける。
新選組の幹部隊士達が、まとめてかかってくるなんて、ありえない。
でも、諦めたくない。それが本心だった。
これは実戦。刀だけで、戦うからいけないんだ。どう考えたって、力では、男には勝てない。
刀より銃を得意とする千夜。刺して使ってた刀は、今は、はっきり言って邪魔だった。
殺さず戦う。それが、難しい。彼らに勝てるとしたら、速さ。それしかない。
振り上げられた刀を見て、下がって距離をとるのが普通だが、千夜は、相手の懐へと踏み込んだ。そして、相手が身を引こうと、ガラ空きになった、鳩尾に拳を放つ。
ドタンッ倒れた男。
「くそ!負けた。」
悔しそうに、そう言った男は、原田だった。
刀を得意としない槍専門の彼。
これで、一人減った。
しかし、千夜を襲う刀の本数が、一本減ろうが、大差なかった。避けてる方の身にもなって欲しい。容赦なく刀を振り回す男達。
はじめ、なんて突きでくるから、たまんない。
それに、たまに飛んでくるクナイ。それを避けながら、本当に鬱陶しい。と、千夜は思った。




