大きな月が見える夜
壬生寺に戻った理由。
それは、自分の荷物を取りに行くため。
大きなキャリーバックを持ち歩く事など出来無い。
この時代には、こんなシロモノは存在しないのだから。
見つかれば、異国の間者と言われて、捕まるのがオチ。
まぁ、容姿からして、捕まっても仕方ないのだが…
自分の結った桜色の髪をクルクルと指に巻きつける。
こんな髪色、この時代には居ない。
「さて、どうやって、コレを運ぼうか?」
人目につかず、目的地までつけるか。
それが、問題点だが、幸いにとも言うべきか、夜である事に感謝したい。浪士組がある、八木邸近くは、周りは畑や田んぼ。見つかる確率は、極めて低い。
「キャリーバックを黒にしといて、正解だったな。
さて、行ってみますか。」
闇夜に紛れる黒なら、見つかる事もないだろう。と足を動かした。
目的地は、壬生の八木邸。
そう、浪士組に会う事が目的だった。
***
「月が、綺麗な夜ですねぇ。土方さん?」
コトッと、縁側に置いたお茶から湯気が立ち上がる。
「……」
なんの反応もない土方に、視線を向け
「 はぁ。土方さん?聞いてます?」
少し呆れた様に沖田は言った。
「……あぁ。聞いてる。」
自室の文机に向かったままの土方を見て、絶対聞いてないと思う沖田。
「そんなに、楽しいですか?
ーーソレ。
京に来てから、書物を読んだり書いたり…
ちょっとは、
京の風情も味わったら如何です?」
ほら、お茶も用意しましたし。
と、縁側に来いと遠回しに誘い続ける沖田に
土方は、とうとう、折れて筆を置いた。
「……ったく、
素直に、一緒に茶をしようって、
言えばいいだろうが。」
と、腰を上げながら
やれやれと沖田に誘われ、縁側へ。
「はい。いいですよ。」
ニッコリ笑って言った沖田に
やられた…
と、息を吐き出した。
これじゃあ、土方が茶を誘ったみたいだ。
「なんで、そんなにご機嫌なんだ?」
ニコニコと笑みを絶やさない沖田に疑問を投げかける土方
「そう見えます?」
と、首を傾ける沖田
「見えるから言ったんだろうが…」
特に、いつもと変わらないが
空を見上げ、沖田は口角を上げた。
「だって、珍しく静かな夜で
月はいつもより大きくて
いい事がありそうな気がしません?」
そう言われ、
月を見上げた土方
確かに、いつもより大きな月
「どっちかっていうと、
面倒事が増えそうな気がするがな…」
と、沖田の用意してくれた
茶に口をつけた。
「土方さんに
わかってもらおうとした、僕が、馬鹿でした。」
口を尖らせて言った沖田を見て
土方は鼻で笑った。
「土方さん。」
そんな2人の前に現れた
黒装束の男
「山崎か、どうした?」
「屯所の前に怪しい奴がおったらしい。どないします?」
「怪しい奴?」
「俺も聞いただけやけど、
もしかしたら
長州と関係あるかもしれやん。」
んーっと土方は考え
「捕縛しろ。
総司、お前も呑気に茶啜ってねぇで、行くぞ。」
「あーあ。折角のお茶が…」
ジト目で土方を見つめる沖田
「………。仕事してくれ…」
切実な、お願いが聞こえてきた。
「じゃ、今度、団子奢って下さいねー。」
そう言い残し、沖田は、その場からいなくなった。
「また、騙された…」
「……。」
意外に可哀想な人やな。
と山崎は、思ったのだった。




