殺されに来た訪問者
みんなは、言うんだ。
お前なら大丈夫だ。と、お前は強いから。って。
私は、————…強くない。
————…強くないけど、強くならなきゃいけないっ!
この先の未来を知ってるのは、私だけ。中村も私と同じ魂に囚われた者だけど、知ってるのは明治まで。その先を、中村は知らない。
本当の平和の世を知っているのは私だけ。
『お前のそばにいる。』
芹沢のそんな声が聞こえた。
わかってる。これは、私が思い出しただけで、
芹沢が本当に此処に居るわけない。
でも、思い出した言葉を、芹沢が、言って今、此処に居ると思わせて?
じゃなきゃ、立ち上がれない。じゃなきゃ、辛すぎる。
今だけでいい。私が立ち上がるまで甘やかせて?
貴方のその言葉に、その声に、芹沢鴨という男に————。
「何が目的だ!なんで俺に近づいた?」
そう、低い声を上げたのは土方だった。女は、怖がる様子もなく、鬼の形相の土方をみても怯まない。
「新選組に復讐を————…芹沢はんの仇!」
————…仇?
「芹沢は、自害したのに?仇?」
虚ろだった千夜の目が、女を鋭い視線で見据える。
ビクッと女の肩が揺れた。
土方にも、沖田にも、恐れなかった女が。だ。
————この人はダレ?違う。梅姐じゃない。
『千夜、うちは芹沢はんが好きや。ずっと、一緒におりたいんよ!』
梅姐は、ただ普通に芹沢を愛し、普通の幸せを欲しがった。ただ、貴女の愛した人が、————普通では無かった。だけ。
「そうや。仇や。」
女は、千夜に視線を合わせ、そう、言い放つ。
————殺して?私を芹沢はんの元に、逝かせて。
『辛い事させて、堪忍な。君菊』
私が、刀を突き刺したのに、
貴女は、私に謝って、…死んでいった。
「ねぇ、梅姐。復讐をする人間はね、そんな、穏やかな顔は、しないんだよ?」
そう言えば、彼女は、笑みを見せた。本当、ズルいよ。貴女は。私がすることは、…ただ一つ。
目の前の女を、殺す。
ズシャッ
「————ごめんなさい」
わかってる。これが、梅姐だって、ちゃんと、わかってる。
感情に蓋をしなきゃ、私は殺せない。
「……堪忍…君、菊。」
また、この人は、私に謝って死んでいく。
せめて、芹沢と同じ死を。私の手で最後を。
「————さよなら、梅姐。」
芹沢、梅姐を頼む。
『クソガキが…』そんな声が、聞こえた。気がした。
もう、私の手は、震えなかった。私の手は、随分前から、赤いまま。もう、その赤がなくなる事なんて無い。
梅姐は、最後の嘘をついた。
あの人の望んだものは、前と変わらない。
芹沢と一緒にいる事。新選組に恨みなんてない。
あの人は、此処に、いや、
————私に、殺されに来た。
人の命が大事だと言って、私は人を斬る。
ほらね、私は、綺麗な人間じゃない。綺麗な人間になんて、なれやしない。
だから、私の幸せなんて望まない。
人の命を奪っておいて、幸せになりたいなんて願わない。
私は新選組さえ守れれば、あの人が守る、
新選組さえ守れれば、それでいい。
縁側から落ち、中庭に転がったままの梅姐の遺体。片手は、下っ腹を押さえ、薄っすら、笑っている様に見えた。
なんで、大事な人程、早く逝ってしまうのだろうか?なんで、生きたいって、言ってくれないんだろうか?
もう、梅姐は話してはくれない。
————私に泣く資格はない、
「ちぃ。」
よっちゃんの声が聞こえた。
縁側に座り込む千夜は、何処か遠くを見たままで、俺があの女を屯所に入れてなければ、ちぃは、この女を殺さずに済んだ。
「俺のせいで。」
「副長のせいじゃありません。
この人は、千夜さんに、殺して欲しかったんですよ。 ———芹沢局長に会うために。」
「なんで?ちぃちゃんに !死にたいなら、勝手に死んだらいいのに!ちぃちゃんを、苦しめる必要ないのに! 」
「出来なかったんですよ。
梅さんのお腹に、———ヤヤコが、いたから!」
山崎が女のお腹に触れる。
「………」
見た目には、わからないほどの膨らみが、確かに確認出来た。
ゆっくりと頷いた、山崎は、千夜を見て、顔を顰める。子がいた。そういう事。
巻き込む必要のなかった、ヤヤコの命を奪ってしまった。
「お前は、何で気付いた?」
「梅さんが、お腹を最後に触ったから。」
大事そうに、腹に触れた、お梅の表情は、まさに、母親の表情だった。
「なんで?誰の子なの?もしかして、芹沢局長の?」
そんな事、今となったらわからない。でも、多分、
「芹沢局長の子でしょうね。」
あんなに、側に居たかったのだから。
そう思ってあげないと、可哀想じゃないですか。
千夜は、お梅の遺体に、手を合わせた。
綺麗な、夜空の下、ほんのりと微笑む様な、お梅の顔。
「芹沢と、幸せになりなよ?梅姐。」
死後の世界なんて、あるのかすら、わからない。それでも、そう思うのは、残された人間の、性なのだろうか?
————その答えは、誰も知らない。
梅姐の墓は、芹沢の隣に立てられた。せめて、近くに、そう願ったから 。生まれてこれなかったヤヤコ。
世界を見せてあげられなくて、
————…ごめんなさい。
今の世は、生まれても、みんな、大人になれるかわからない。幸せなんて程遠い。だからって、奪ってはいけなかった命。
あなたの為にも平和な世を。
だから、いつか、何処かに、生まれてきてください。私が、必ず平和な世を、作ってみせますから。————…必ず。




