爆破した感情
大坂から帰って、一週間の月日が流れた。
千夜は、毎朝、芹沢の墓参りを欠かさない。
芹沢の墓の前で、
————芹沢、新選組は、平和だよ。
芹沢派の暗殺もない。長州の間者も入ってきてない。だから、安心しろ。そう報告した。
なのに、
「今、平和って報告したばっかなんだけど?」
ザッザッ…。小石を鳴らし、現れた男の姿に、呆れた様な視線を向ける千夜。
「久しぶりだな。千夜。」
「高杉、あんた暇なの?」
「あのなぁ!せっかく、会いに来たのに、それかよ。」
そんな事を言われても、困る。
「で?どうしたの?私に用事?」
「単刀直入に言う。こっち側に、————来ないか?」
こっち側。つまり長州に、来い。そういう事だ。
私が?
フッついつい笑ってしまった。
少し前なら、新選組ごとなら、喜んで行ったんだけど。思い出すのは、家茂君の事。
「残念。気が変わっちゃった。逆に、あなた達がこちら側に来たら?ねぇ、桂小五郎さん?」
ザッザッ…千夜の死角になる木の影から、桂小五郎が現れた。
「まさか、見つかるとは、思ってませんでした。」
「気が変わっちゃったって?ゴホッ」
高杉が咳?まだ、早すぎる。
————…労咳になるのは、まだ、早すぎる筈。
「気が変わったとは?こちら側に来る気はあったと?」
そういう事か?と尋ねる桂だが、今は、そんな事より、高杉が気になる。
「新選組ごとなら、喜んでって、思ってたんだけどね。」
とりあえず、そう、答えたのだが
ゴホッコホッ。あまりに、続く高杉の咳に、
「高杉、あんた風邪?」千夜は、そう、尋ねた。
「あ?あぁ、一週間前からな。」
「薬は?」
「飲んだ。なんだ?俺の心配してくれるのか?」
嬉しそうに、肩に腕を回す高杉。その時、感じた体温に、千夜は眉間にシワを刻む。
微熱か。
「一応、守るって約束したしね。」
「一応。なのかよ。」
「………。医者は?」
「いってない。なんなんだ?」
「別に。」
視線を合わされて、目を逸らした。
恥ずかしかった訳ではなく、ただ、病の事を言うべきか、悩んだからだ。
「バカ杉、千夜で遊んでる場合じゃないでしょうが!」
「幕府の犬に着くなんて、ゴメンだ。」
言われるとは、分かっていたが、バカにした様に、高杉に言われた言葉は、チクリと、私の胸を痛める。
「じゃあ、将軍が尊王攘夷でも?」
「将軍が尊王攘夷?ありえないだろ?」
「それがあり得たとしたら?少しは考えてくれるの?」
「随分、強気なんですね?」
「そう?」
「お前、自分が連れ去られるとか危機感はないのか?」
全くありませんが、なにか?
「そんな事より、考えてくれるの?くれないの?」
「何を、考えてるんです?」
「ん?歴史をぶっ壊す?」
頭を抱えた桂。
この子、本当何考えてるのかわからない。
「歴史を壊すって?ようは、歴史を変えると?」
え?うーん?
「多分、そうだね。」
「なんで、自分がやろうとしてる事なのに、多分なんだよ!」
怒られたし。
「みんなさ、おかしいと思わないの?戦なんて誰もやりたくないでしょ?
何で、思想が違うだけで殺し合うの?
武士だから?男だから?
話し合いだけじゃ解決しないの?」
「それは無理ですね。」
アッサリと無理だと言われた。
「なぜ?」
「上が話し合いをしないから。」
「上って、将軍?」
「話し合いなんてムリ。」
いやいや。
「桂は将軍と話したい?」
「まぁ、私は尊王攘夷ですが、今、一番偉いのは将軍ですからね、 でも、無理な話しです。」
長州の中心人物が将軍に?
「話し合いできたら、あなた達は、こちら側に来てくれる?」
「は!そんなの無理だ!」
無理じゃないよ?
「出来たら?」
「その時は、腹を割って話しますよ。」
話し合い。
それは、千夜が一番望む事。
「私が、話し合いの席を設ける!」
「無理だって言ってるだろ?」
「やる前から、無理だって言うのはやめなよ!
いい?確かに、敵対してるかもしれない。だけど、お互い考えてる事は同じでしょ?
家族を助けたい。仲間を守りたい。信じた道を歩みたい。何か違う?
————同じ人間なの!
仲間が傷つけば、同じように悲しむでしょ?
敵だとか違う藩だからとか、そんなの、どうでもいいでしょ?
だったらなんで、私を欲しがる?私だって敵だろ?
だけど今、お前らは刀を抜いていない。それは、私が、お前達を傷つけないと、わかってるからじゃないのか?
わからないと決めつけてたら、何もわからないままだ。
このまま、たくさんの人間が死んでいくのは嫌なんだよ!
誰かが、気付いて、誰かが、伝えなきゃ、日本は、真っ二つのままだ!
大きな戦が起こる。数年後。そんなのに勝利して、何が嬉しい?
こんな、悲しい戦なんてない。同じ日の本に生まれ育って、争い、裏切り、裏切られて人を殺していく次の世は、本当に平和だけか?
憎しみは、そこにないのか!?」
「………」
「千夜。」
「誰も殺さない。なんて言えない。殺さず、平和になればいいと思う。だけど、
そんなの、できないんだよ。
ずっと、歴史を壊そうとしてるんだ。
だけど、私一人の力じゃ、何も変わらなかったんだよっ!!」
千夜の碧い瞳から流れた涙。
どれだけ、一人で、もがいても、
変わる歴史は些細なもの。その悔しさが、爆破してしまった。




