虫歯
帰りも、将軍家茂公の警護だ。京に、上京する道中。コンクリートで道が整備されていない。
この時代の道は、砂利だらけで、歩きづらい。
千夜も、もちろん、将軍の護衛の真っ最中なのだが、行きは、将軍の籠すら見えない位置に居たのに、今は、新選組の真横に、将軍さまの籠がある。
そして、ニコニコしたケイキの姿に千夜は、脱力する。しかもこの方、籠にも乗らず千夜の横を歩いてる。突き刺さる家臣らの視線は、相変わらず痛いまま。
新選組はまだ無名。名を轟かせるのは、池田屋事件。名を知らぬ者たちが、将軍の籠の横に居るのだから、その視線を浴びるのは、致し方ない。
千夜の中に、迷いが生まれたのは、この頃だった。
はじめ、長州に新選組を持っていって、薩長同盟に参加する予定だった。
ケイキ、いえもち君。
二人とは、血縁関係があるからか、助けたいと思ってしまった。幕府は衰退していく。
何をどうすればいいか、わからない。
ブツブツと、考え事をして歩く千夜を見て
藤堂は、土方に話しかけた。
「ねぇ土方さん?ちぃ、何、呻いてんの?」
「うーん。」
と、何やら考えてるらしい千夜をチラリと見て
小さな、ため息をもらした。
「わからねぇが、———おい、ちぃっ!」
少し控えめに言ったつもりだったが
「はひ! ?」
千夜は、驚いた上に噛みやがった。
「今は、警護中だ。」
「……ごめん。」
「ちぃ、口大丈夫か?」
ケラケラ笑う藤堂。
みんな真剣な中、そんな事をしたら、さらに突き刺さる視線に、みんな黙るしかなかった。
*
しばらくして、やっと休憩。
それでも、警護は解かれる事はない。
「いえもち君、籠の中大丈夫?」
行きに熱中症にかかった、将軍の体調を気にかけた千夜は、籠を開け放ちながら声をかけた。
「あぁ、椿か。大丈夫だ。」
竹筒の水を渡し、水分を取るように促す。
私は、千夜だって言ってるのにな。
「いえもち君は、佐幕?」
悩んでたからか、唐突に、そう、聞いてしまった。
「椿は、本当、可愛いな。」
そんな事、聞いてません。なんなんですか?人が悩んでいるのに。
そう思っていたら、急に、自分の頬に手を当て顔を顰めた将軍。
たしか、虫歯が酷かったって、、、。読み漁った、歴史書に書かれていた事を思い出す。
「歯、痛い?見せて?」
顔を近づけてくる千夜に、将軍の顔は、赤く染め上がる。
///
いや。顔を赤らめる意味がわからない。
「歯、見るだけだよ?」
口開けて?と、お願いすれば、なんとか口を開けてくれた。
歯を診る千夜だが
————…あれ?虫歯があんまりない?
確か、31本中30本が、酷い虫歯だと書かれていた。今、二、三本は確認できたけど、それ以外は、虫歯らしきとこはない。
————…なんで?
死ぬまでに増えたとしても、そんな、病になるぐらい酷く、しかも30本も増えたりしないもっと、酷いかと思っていたのに。
これを意味する事、家茂君は、病気で死ぬのではなく、暗殺されるんじゃないか?
なんで?だって、いえもち君は、13歳の時から将軍になって家臣からも慕われてた。
いえもち君が死んだ時、
『今徳川は死んだ』と言われた程だ。
暗殺される理由がわからない。
歯を見終わり、
「ありがと。」と、言った千夜は、どこか、上の空で、家茂は、先ほどの千夜の問いを思い出し「椿、俺は尊王攘夷だよ。」そう、告げた。
将軍が、尊王攘夷を掲げている。
おかしいか?と、言われたら、おかしくはない。
ケイキも尊王攘夷。将軍だからって、佐幕を掲げているとは限らない。ただ、口にしないだけ、家臣達が迷わないように。
そんな大事な事を、私は、今、聞いてしまった。
「ごめん。」
「椿、おいで? 」
ふわっと、抱きしめられる。
こんな警護がたくさん居る中で、、、。
そう思ったけど、引き離せなかった。
いえもち君の手が、僅かに、震えていたから。
震えた体を、抱きしめ返してあげる手を、私は持っていない。
幕府を利用しようとした。あわよくば、裏切ってしまおうと考えた私に、————そんな手や腕はない。
どれだけ、いえもち君が悩み、苦しみ将軍に居るのか、今頃、気づいた。
将軍だって人間。自分の思想すら、押し殺さなきゃいけない。自分の考えなんて通らない。好き勝手に生きれない。それを13歳の時から
将軍だから、自由気ままって訳じゃ無かった。
私なら耐えられない。そんな重圧を抱えた、いえもち君。
「————…ごめんなさい。」
それしか、言葉にしてあげられなかった。
****
護衛を終え、壬生の屯所にやっと戻ってきた。
頭の中は、幕府、長州、尊王、佐幕、攘夷、開国。いろんな思想を持ちながら、共に同じ国で生きれないのだろうか?
そればかりを考える。
LOVE&PEACE。そんなので、世界は平和なんかにならない。
こんな言葉、平和だから言える言葉。
刀振り回されて、愛を語ってたら、ただのバカだ。愛があれば平和に、なんて、なるわけない。
「ちぃちゃーん。おかえり~」
屯所の門間で着けば、ガバッと効果音がつくほど勢いよく、飛びつかれる。
そのまま見事に、地面に押し倒されてしまった。
犯人なんてわかってる。
「ちぃちゃん、ちぃちゃん!」
総ちゃんだ。
大型犬じゃあるまいし、やめてくださりませんか?頭おもいっきり打ったし、
「総ちゃん、痛いよ。」
倒れたまま文句を言ってみる。
「おかえり、ちぃちゃん。」
満面の笑みで、お出迎えしてくれた。今の総ちゃんに、文句なんて通用しなかった。
「ただいま。」
寝転んだまま見る空は、青かった。
青い、青い空。清々しい程だ。誰も争いなんて望んでないのに、なんで、話し合いという方法では、解決しないのだろうか?
どうして、殺し合いと言う選択肢しかないのだろうか?
「総司!屯所の真ん前で、ちぃを押し倒してんじゃねぇ!ちぃもサッサと起き上がれ!」
————騒がしい。
「なんなんですかぁ?
土方さん、ちぃちゃん独り占めしてさぁー」
口を尖らせて言う沖田だが
ちげぇだろ?
「いつ、俺が独り占めした?あぁ?
将軍様の警護に行ってたんだよ!仕事だ!」
「さぁ、ちぃちゃん、鬼がなんだか騒いでるから部屋もどろう?」
え?は?怒らせたのは総ちゃんだよ?
「帰って早々これだよ。」
呆れた平ちゃんの声。
「まぁ、元気な証拠ですね。」
ため息をつきながら、山南さんの声がつづいた。
「騒がしい思うたら、門の前でなにしとるん?」
呆れた山崎
「おー帰ってきたのか!おつかれさん。」
原田の声が聞こえる
「————…眠い。」
「おい、ちぃ!そんなとこで眠るな! !」
だって、みんなの声がして、
青空の下だし、お昼寝にはもってこいだよ?
やっぱり、みんなが居る屯所が一番落ち着く。
「……」
「おい、ちぃ?」
静かになった千夜。
「あー!ちぃちゃん寝ちゃった!」
「……」
「……」
「……」
スースー
マジか! !
「おいおい。千夜には、危機感ってもんはないのか?」
「本当によく寝る子ですねぇ。」
「ちぃちゃん可愛い!」
「まぁ、俺らいない時、不逞浪士の撃退もしたしな。あれ、ほとんど、ちぃが仕留めたし、疲れたんだろ?」
「え?ちぃちゃん戦ったの?」
なにそれ、僕きいてないんだけど?
「あー、俺は見てねぇけどな。はじめ君が一緒だった。」
斎藤にみんなの視線が向けられる
「————…なんだ?」
斎藤に、不逞浪士との戦いでの、千夜の様子を語らせるのは無理みたいだ。
「すごかったですよ。千夜さんは、敵を一撃で確実に仕留めて、しかも銃でも、外さなかったですからね。」
私も助けられました。そう言った山南。
「見たかった。土方さん、やっぱりずるいですよ!」
ずりぃとか、そういう問題なのか?
でも
「舞ってるみたいに戦ってたぞ。あれは、かなり綺麗だった。」
「はぁ?やっぱりずるいです!」
「ああ、あれは————ズズズ」
「はじめ君、鼻血!」
「なに想像したの?僕かなり気になるんだけど!」
「ああ、すまない。————…のぼせた。」
なにに、のぼせるのさ!涼しいよ?今10月!
「俺もみたかったなぁー」
そんな藤堂の声に、皆が頷いたのだった。




