013:ストーカーさんが走ってる。
結果、俺はもみくちゃにされました。
あの時ほど俺は女の人が怖いとは思った事がありません。
俺の周りで「「「可愛いぃ―――――――っ!!」」」とか叫んでた人の中には当然男もいたわけなのだが(と言うか半分以上は男だったのだが)、それなのに、それなのに―――、
結局、俺は女の人にもみくちゃにされました。
どういうことかと言うと、妙に興奮して俺に近づこうとする男たちをお姉さん方が払いのけ(この時はまだ俺の中に感謝の念がこもっていた)、それが終わると俺の方へと瞳をキラキラさせながら近寄ってくる(ここで俺の中には疑問が芽生える)、俺はそこから徐々に後ずさろうとするのだが(ここで徐々に恐怖が……)……その抵抗虚しく俺は抱きつかれ、頬ずりされ、大変な目に遭った。
羨ましいと思う奴もいるかもしれないが、実際そんないいものではない。
きゃーきゃーと黄色い声を上げながら身体をベタベタ触られるのもキツイです。
払いのけられた少年や青年やサラリーマンっぽい人は(あのチョイワルオヤジは遠くで傍観に徹している)どうにか混ざろうとこちらを窺っているのだが、どうも女の集団に交じれるやつは居ないらしい。
どうにか顔だけ出して『助けてくれ~』と念を送ると、運良く(?)それに気がついた数人の少年や青年やサラリーマンっぽい人がグッと頷き合って一斉に特攻をかましたのだが、どこかのマンガの様に無惨に弾き飛ばされた。
……なんか俺のせいでごめんなさい。
そしてさんざん俺の事をもみくちゃにしたのち、お姉さん方は俺の事をずるずるとどこかへ引きずって行っている。
俺よ、幸あれ…………―――
◆◆◆
結果、幸ありました。
俺の前に並ぶのは数々の見知らぬ料理。
どれも今すぐ涎が出そうなくらい美味しそう。
「えっと、これは……?」
俺は茫然と周りのお姉さん方に問う。
すると周りのお姉さん方は甘い表情、甘い声音で俺に言ってきた。
「だって、お腹すいてるんでしょ?」
「さっきさんざん遊んじゃったからお詫びよ、お詫び」
「そうそう、毒とか入ってないから安心してね?」
さっきサラッと出た『遊んじゃった』発言の事は置いておくとして、ようはこれを俺が食べていいということだろうか?
でもこれもしかして餌付けじゃない? と言う二等身の俺が胸の内にいたのだが、この際無視しておいた。
「それじゃあ、―――いただきます」
そうして俺は手を合わせた。
置いてあるスプーンで俺は一つ目の料理に手を付ける。俺が最初に手を付けたソレは、見た目で言えばグラタンだった。と言うか味もそのまんまグラタンだった。
種類で言えばシーフードグラタンだろうか、中にあるエビやホタテなとが(実際は違うはずだが)実に美味い。
「うん、美味いなぁ」
思わずえへへへ、と笑いながらそう呟くと、周りのお姉さん方もにこにこと笑っていた。……笑うのはいい、実にいいことだと思うのだが、俺の事をずっと見ているのはどうなんでしょうか。なんか食べづらいのですが……
しかし、結局そんなことは美味しい料理の前では忘れ、「美味い、美味い」と感嘆の声を上げながら目の前にある全ての料理をたいらげたのだった。
◆◆◆
ところ変わって俺は宿屋への帰路についていた。
お姉さん方による食事会(?)は特に何も問題が起こる事無くお開きとなった。
あの無駄に広い城のようなギルドホームから出るのに途中ちょっと迷って通りかかった人に道を教えてもらっていなかったら未だあのなかで迷子やっていただろうが、今はちゃんと真っ赤な夕焼けに染まった街中を歩いている。
しかし、今の俺には新たな問題が付きまとってきている。
そう、付きまとっている。
―――ようはストーカーさんです(たぶん)。俺は今、絶賛ストーキングされてます(おそらく)。
気がついたのは数分前。
ガサッ、と後ろの方で物音が聞こえたけど何も無かったのでとりあえず〈索敵〉のスキルを使ったら見事ヒット。最初はたまたまそこに居るだけかと思ったが、ついてくるので『これストーカーさんじゃね?』と思案するように。
……と言うか〈隠蔽〉のスキル一つ使わずにストーキングしようなんてどんなアホの子なんだろうか? ん? もしかしたら子供じゃないかも……?
まあ、そのことは置いておこう。
どうせストーカーとかあっても俺に被害が及ぶことは無いだろうし。
…………無いよね?
チョット不安になって来たところでいつも使っている宿屋までたどり着いた。
そして宿屋の敷居をまたごうとした時―――
ストーカーさんが動いた!
〈索敵〉の内にヒットしていたストーカーさんが動きを見せた事により俺は反射的に後ろを向き、身構える。
そして物陰からダッシュしてくる人物を定めるように見る。
俺よりも一回り、もしくは二回りは小さいであろう身体と、煌びやかな金髪をツインテールにした、宝石のような碧眼を持つ人形のような女の子。
あれ、この娘見たことがある気が―――
「ぐへっ!」
俺がそこまで思考を至らせた時にはその金髪碧眼ツインテール美少女から渾身のタックルをくらって、押し倒された後だった。
いつかと同じく、―――具体的にはアビリティの説明をした時と同じように、馬乗りになって(ここだけ違う)俺のコートの襟首をつかまれガクンガクンと揺らし始めた。
「ちょっと! アレどうゆうこと!?」
「……いやっ……ちょっ……あのっ……くるしっ…………はなしっ…………」
「ん? あ、ごめん」
ガクンガクン揺らされているために満足に喋れなかった俺の意思を汲み取ってくれた金髪碧眼ツインテール美少女は(と言うかその事態に追いやった張本人なのだが)、コートの襟首をパッと離す。
「あだっ」
急に離すものだから力が抜けて俺は自分の頭を支え切れずゴンッ、と鈍い音を鳴らしながら落ちる。
…………もう少し優しく扱ってほしい。
とにかく、俺は金髪ツインテール美少女―――つまりシリルの方へと向き直る。
「えっと、急にどうしたんです?」
「どーしたも、こーしたもないわよ! アレ!! どうしたの!?」
「いや、だからあれって何ですか」
さっきからアレアレ言っているのだが、俺には全く分からない。先にも言ったがもう少し俺に優しく説明してほしい。
「だからユキよ! あの鈍感女をどうやって落としたの??」
「……お、落とした……? もしかして崖かなんかから……?」
「あれ? あんたも鈍感なヤツなの……?」
「鈍感って何ですか、これでも気配察知とかは得意なんですよ」
俺はちょっと憤慨しながらそう言う。
自慢ではないのだが、俺は〈索敵〉に頼らなくてもある程度モンスターの有無がわかる。
精度は雀の涙ほどしか期待できないが、何と言うか……気配、と呼ぶべきものが少しだけわかる。―――気がする。
それにここではこの第六感と言うべきものは意外と馬鹿にできなかったりするのだ。
これで生き残ったトップレベルプレイヤーも数知れず。そんなところだ。
「―――……と言うか何時まで俺の上に乗ってるんですか?」
「―――――あ……」
ようやく気がついたらしいシリルは、頬を薄いピンク色の染めながら跳びのいた。
よかった。あのノリで平手のビンタでもされたらどうしようかと思った。
そんなことを独り思いながら、俺も立ち上がる。
「こんなところで立ち話も何ですから部屋に行きましょうか。…………それに、何で俺にストーカーまがいの事をしていたのかも聞かないといけませんし」
俺が言った事を聞いて若干頬を引きつらせながら、あはははと苦笑を漏らすシリル。
俺はそんなシリルと特に気にすることなく、沈みかけた淡いオレンジの夕陽を見ながらズンズンと宿の中へと入って行った。
…………その途中で「こんな時間に女の子を部屋に連れ込むなんて意外とタラシ……?」と呟いていた気がしたが聞かなかったことにした。
と言うかまだそんなに遅い時間でも無いと思うんだが……。あ、いや、聞かなかった事にしておくんだった。
とにかく俺とシリルは宿屋のマスターに断わっていつも使う部屋へと向かうのであった。
◆◆◆
「で? どうしてあんなストーカーみたいな事をしていたんですか?」
部屋の中に入った俺はベットの上に腰かけ、シリルは二脚あるうちの片方の椅子に腰をかけている。
俺がズバッと核心を突く問いかけをすると、眉を潜め、難しい表情になった。
「うーん……言わないと、ダメ……?」
「ダメです。自分だってストーカーされたらその理由くらい気になるでしょう? それにそのストーカーが知り合いだったら尚更ですよ」
「あー……まあ、確かにそうかも」
そう、一応は納得したらしいシリルは今度は頬を赤らめながら言う。
「えーっと、笑ったりしない?」
「よっぽどくだらない理由じゃなければ笑ったりしません」
「……じゃぁ、笑われそうだなあ……」
どうやらくだらない理由で俺の事をストーキングしていたらしい。
俺はため息をつきたくなるのを抑えながら、「それなら絶対に笑いませんよ」と付け足す。
そうすると少し渋ったようだが、ようやく話し始めた。
「えーっと……話しかけづらかったから?」
「話しかけづらかった?」
俺はちょっと予想外だった疑問形の理由に、面喰ってしまってオウム返しに聞く。
「だ、だってギルドホームで姿見かけたと思ったら凄い形相のシキさんが隣にいたし」
「あ、ああ、あれですか……」
俺はギルドホームの中を黙々と歩いてゆくシキさんの横顔を思い出し、頷く。
きっとアレはどこかの般若と取り替えても気がつく人はいない。
「それにシキさんとのデュエルが終わった後も話しかけられる雰囲気じゃなかったし」
「……まぁ、確かにそうですね」
無言で周りに立つ老若男女や、途中ぬっ…と出てきたチョイワルオヤジが頭に浮かび、思わず顔を引きつらせる。
結局あのチョイワルオヤジは何だったのか、―――謎である。
「そ、それに、なんと言うか、そのあとも話しけるのは恥ずかしかったというか、その…………」
「え? 何です?」
「いっ、いやっ、何でもないっ」
もごもごと尻すぼみになってしまって後半全く聞き取れなかったシリルの言葉に俺は聞き返すのだが、真っ赤な顔で誤魔化されて(?)しまった。
まあ、聞いたところでは『話しかけたい、話しかけたいけど、話しかけられない。しょうがない、あとをつけてチャンスを窺おう!』っと言ったところだろうか。
「―――あれ? 笑わないの?」
俺が少しの間考え事をしていると、心底意外そうにそう言ってきた。
それを聞いた俺はちょっと呆れながらも、言葉を紡いだ。
「いや、笑わないって先に言ったじゃないですか。それに、話しかけたかったけど話しかけられなかっただけですよね? それでストーキングまで行くのはどうかと思いますが、理由を聞いた後ならどうってことないですよ」
「ほ、ホントに?」
「ええ、本当に」
「そ、そう」
安堵の表情でそう呟くシリル。
まあ、正直に言えばさっき言った通りストーキングまで行くのはどうかと思うのだが。……と言うかメッセージ飛ばすなりなんなり色々方法はあったと思う。一応フレンドとして登録されているのだから。
―――……シリルの名誉のためにこれは口に出さないが。
「でも、話しかけたいと思っていたってことは俺に話があったんですよね? なんです?」
「あー、いや、もう良いかな。うん」
「は?」
何言ってるんだこの娘は? ストーキングまでしておいてもう済んだと?
……ストーキングされた俺は何だったんだ……
「だってさ、今までの様子で何かだいたい分かっちゃったし」
「何がです?」
「いや、あんたがどうやってユキを落としたか」
「……俺、崖からなんて落としてませんよ?」
「……そう来るとは半ば予想していたわ」
俺の言葉を聞いて何を思ったのかハァ、と呆れたようにため息を吐くシリル。なんと失礼な。
「……じゃあ、一つ聞くけど何でシキさんあんな怒りの形相だったの?」
「あー、いや、えーっと……」
「なに? 言いにくい話?」
俺が口ごもると、さっきまでの恨みを晴らすかのようにニヤニヤと楽しそうに頬へと笑みを浮かべながらそう問う。
俺も出来れば話したくは無い。まさかデスゲームの中で『娘を頼む』とか言われると思わなかったし、何を任されたの間も今一わからない。 何だ? ナンパ避けか?
そんな風に無駄な思考を巡らせてる間にも、シリルはニヤニヤとこちらを見ている。
「―――……はい、出来れば言いたくないです」
自分がナンパ避けにされているなんて。
「ふ~ん、そーぉ……」
あれ!? もしかして気が付いている!?
「そっかぁ、言いたくないか~……」
きっと……、きっとこんな女顔には、ナンパ避けは務まらないと思っているのだろう。俺も心底そう思う。
―――――……女顔で……、本当にすいません…………
俺がそんな様子で心の中のネガティブ思考に堕ちていこうとしていると、さっきとは打って変わって心配そうな声音でシリルが話しかけてくる。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫です。―――……ただ、自分がなんでこんなに女顔なのか嘆いていただけですから」
「なんで!? 何でこの脈絡でその事が出てくるの!?」
あれ? 何でこんなに驚いているんだろうか。追い込んだのは貴女だと言うのに……?
―――いや、きっと知らんぷりする気なんだ。きっとこれも新手のいじり方さ。
俺はそんな風に脳裏に勝手に刻みつけて、ハァ…と息を吐きながらうなだれた。
「…………なんか疲れたし、あたしもう帰るわ」
「そうですか。じゃあ送りますよ」
「―――ぇ?」
何でそこで心の底から意外そうな顔するんですか。
「何でそこで心の底から意外そうな顔するんですか」
ちょっとムッときたので、胸の内を全部一気に広げてみた。
「いや、意外だったからね……――――――……いやいや、ユキの事落とすくらいのタラシなんだから当然なの……?」
やっぱり意外だったらしい。
まあ、顔に出過ぎているから確信に近い予想はついてたけど。後半は何かブツブツと小さな声で呟いていたが、余りにも小さな声すぎて何も聞き取れなかった。……それと、何か言うならちゃんと聞こえる声で言ってくれ。俺が困るから。
ともかく、俺はシリルの事を送るために席を立つ。
しかしそれをシリルが両手でなだめるように制する。まるで動物に「どぅどぅ、どぅどぅ」と気を鎮める感じで。
……俺は動物と同じ扱いなんですか……?
新たに判明した事実に軽くショックを受ける。
「でも、送りなんてしなくても大丈夫よ」
「そうは言っても女の子一人この暗闇の中放り出せませんよ」
窓から見てとれる景色は何時の間にか淡いオレンジの夕焼けから星一つ見えない曇天の夜空となっていた。いやはや、時間が立つのは本当に早い。
「…………こうやってあんたはタラシこんでいくのね……」
「はい?」
「何でも無いわ。とにかく、気持ちは一応貰っておくけど、送りは無くて大丈夫。あたしこれでも《ブルーナイト・ナイツ》のメンバーなのよ? これくらいどうってことないわ」
「……そうでしたね。それなら心配無いかもしれません」
俺がそう折れると、「でしょ?」と楽しそうに笑いながら立ち上がるシリル。
体はこんなちっこいけども、《ブルーナイト・ナイツ》のメンバー。襲われても余裕で返り討ちできそうである。
「それならせめて宿の外までは送りますよ」
「ん、わかったわ」
そう言って俺も席を立ち、部屋を出る。
送る、と言っても、短い廊下を歩いて階段を降りるだけなので特に何も起る事無く、宿屋の出口までたどり着く。
「じゃあ、さようなら」
「うん、バイバイ」
そう言ってシリルは手を振るので俺も一応振り返す。
それが一通り終わると、シリルは歩きだした。―――のだが、何かを思い出したかのように立ち止まってこちらに振り返り、小走りで戻って来た。何か忘れ物だろうか?
「ねえねえ、もしよかったら明日どこかのダンジョンに行かない?」
「へ?」
「だから、明日ユキの事誘ってどこかのダンジョンに行かないって話」
「あー……特に用事ないですしいいですけど……」
俺がそう返事を返すと、シリルは軽くガッツポーズを繰り出しながら笑顔で頷いた。
「――――――フフッ、これでイチャイチャが存分に見られるはず……」
「は?」
「ううん、何でも無いわ。こっちの話」
聞き取れなかったその言葉を俺が聞き返すと、笑いながら軽く手を振って流されてしまった。
「それじゃあ、行くダンジョンは決まったら連絡するわメッセージとかで―――――あ……」
「ん? どうしたんです?」
突然言葉を止めたシリルを不審に思い、俺は聞き返す。
「……いや、この用事もストーカーみたいことしなくてもメッセージ送ればすぐすんだんじゃないかなーって……」
「……え? 今頃ですか?」
「……き、気がついてたなら言ってよぉ」
俺がそうポロっと呟くと、ジトーって感じでシリルが視線を向けてきた。
いや、だって言ったらプライド気がつくんじゃないんですか? ―――と、言ってみようかとも一瞬思ったが、そんなことは口にださずに、あはははと笑って誤魔化しておいた。
「ま、いいや」
シリルはその事は気にしない事にしたらしい。
そうするとまた「あっ」と声を上げ、何か思い出したかのように言葉をつづけた。
「そうだ、もう敬語とかいいから」
「はい?」
「だから、敬語なんか使わなくていいってこと。あたし堅苦しい事あまり好きじゃないし、ほら、ユキにも使ってないでしょ?」
「ああ、まあ、そうですが……」
「敬語じゃん!」
ビシッ、と人差し指を俺に向けながら語気を荒げるシリル。
……前はどこかの小学生かと思ったが、今は幼すぎる先生の様だ。―――……いや何故そう思ったんだ、俺よ。何者かに目を毒されてきたかな。
「お、おう。そうだな」
「よしっ、それでオーケー」
俺の敬意の欠片も無い口調に(もとからあまり無かったと言えば無かったのだが)、ニヤッと満足そうにほほ笑むシリル。
無邪気なその笑みに、思わず顔が赤くなっていくのがわかった。……素直に、可愛いなと思ってしまった。
俺がそんな事を考えていると、シリルはクルリと身をひるがえし、歩き出した。
「それじゃあーねー、疾風さ~ん」
突然出てきたその呼び名。
『様』が『さん』なっているだけマシであるが、確実にあの呼び名だ。
その名前を俺に使うということは、俺がどんなふうに噂されてるのか知ってるってことだ。―――そう、まさかの男に好かれているなんて事実を……っ。
「なっ、ななななんでその呼び名をっ!?」
俺はその呼び名に、思いっきり動揺してしまった。
一度知られてしまっているのだからもう取り消せないとわかってはいつつも、動揺せずには居られなかった。
「さ~あ、どーしてかしらね~」
今にも鼻唄を歌いだしそうな上機嫌でシリルは去って行くのだった。
―――……その顔にはイタズラの成功した少年のような、しかしどこか可憐な頬笑みを浮かべ、去って行くのだった。
◆◆◆
「うしっ、これでいいかな」
俺は宿の一室で装備やアイテムの確認を終え、小さく伸びをする。
昨日の夜、シリルが宿を後にした約二時間後程でメッセージが飛んできて集合時間と集合場所を知らせてくれた。
そこで驚いたのが、今回行くのが攻略の最前線―――つまり未踏破かつグランドクエストに関わっているダンジョンだということだった。
何時だったか『攻略は一時的に停滞中』と言う事をチラッと話したかもしれないが、このダンジョンが原因なのだ。
―――実を言うと、グランドクエスト自体はもう終わりが見え始めて来ている。
ただ、そのグランドクエストの難易度が急に跳ね上がったのだ。
別に、クエストの内容自体が複雑になった訳ではない。むしろ、単純化している。
何せ指定されたダンジョンに潜り、そこのボスモンスターを殺せばいいのだ。ただ、それだけ。
しかし、ダンジョン無いを徘徊するモブの強さが尋常ではない。
基本は単体でしか出現しないのだが、強さがフィールドボス級。
さすがに最上位とまではいかないが、それでも上位クラスの強さを持つモンスターがいっぱいいるそうだ。
最初にそこに挑んだPTも、なかなか善戦して半分ほどは攻略出来たらしいが、アイテムやらMPやらその他諸々が尽きて断念。五、六日間はダンジョンに籠っても持つように色々持って行ってそれらしいから、どれだけ消費が激しいか伺える。
そんな事があったからあのダンジョンに寄り付くプレイヤーはほとんどいなくなった。
ある程度プレイヤー全体の力量を底上げしてから挑みなおそう、と言うことになったらしい。
―――それが、丁度二ヶ月ほど前。
何でも、色々と成長したから試したいそうだ。
その言葉に俺は同意し、『了解』の意をメッセージで送ったのだった。
「あっ、やばい。あと七分しか無いじゃん」
俺はウィンドウの端に映る時計を見ながら、そう呟く。
「…………時間も時間だし、いいかな」
街中のワープ装置を利用して行っては確実に遅刻する時間(アレはダンジョンに直結している訳では無いのでどうしても時間がかかる。それに、ここからワープ装置までも遠い)である事に気がつくと、諦めとイコールで結ばれるであろう覚悟を引っ張り出して、宿の外へと歩いてゆく。
宿屋から出た俺は、雲ひとつない晴れ渡った空を仰ぐ。
「―――さあ、行こう」
俺は俺に語りかけ、今まで仰いでいるだけだった空への道を一歩を踏みだす。
数歩ほど空を駆けた時、俺は白銀の風を渦巻かせてその場から消えた。




