第八話 救いの手
「私ならお前をここから救い出してやれる」
「いや……えっと、いきなり何のことだか……」
シグルド様の瞳にまっすぐ見つめられ、わたしはたじたじになってしまう。
だって……私を救いだしてやれるって言われても。
いきなりどうしてそんなことを言うのか分からないし、それに……。
「わ、わたし、別にここでの生活に不満は……ない、ですよ?」
「騎士の前で嘘をつくことは許さない」
「はひ」
シグルド様の手が伸びてきて、顎をくい、とあげられた。
黄金色の瞳は魅入られてしまいそうなほど綺麗だ。
騎士の誇りを体現する彼はただただ職務を遂行する。
「痩せ細った身体、ボロボロのメイド服、艶のない肌……他にも挙げればキリがないが、私が君の現状を見抜けないほど腐った騎士に見えるか」
「い、いえ……そんな」
「ならば正直に言え」
「………………わたしは」
どうしてだろう。
ここでの生活は辛くて嫌で悲しくて仕方なかったはずなのに、わたしは助けての一言が言えなかった。
シグルド様に怖い噂があるから?
ううん、違う。噂なんてあてにならないことはよく知ってる。
わたしは顔を上げてシグルド様の顔を拝見し、理由を悟った。
(あぁ……そうか。シグルド様は何も知らないから)
「ごめんなさい。ご提案はとても嬉しいのですが……」
「理由は」
「……シグルド様、わたしは生まれつき魔力がありません」
シグルド様は僅かに目を見開いた。
「先ほども言っていたな。そうか。どこかで聞いたことがある名だと思ったが……君はアンネローゼ・フランクか?」
「は、はい……シグルド様なら知ってますよね」
公爵家当主の兄なのだから、知っていて当然だ。
わたしの噂くらい聞いたことがあるだろう。
災厄を呼ぶ女、欠陥令嬢、忌み子、他にもたくさん、色んな呼び方で呼ばれた。
「シグルド様が連れ出してくれても……わたしには行くところがありません」
「……」
わたしを助けようとしてくれるのは本当にありがたいと思う。
シグルド様はわたしが憧れた騎士像そのもので、手を差し伸べてくれたことは嬉しい。でもここから出て行ったとして、きっと同じだわ。また同じような人が現れて、また同じように虐められて、逃げ出して……その繰り返し。
もう、疲れた。
どうせ虐められるなら、ここで終わりにしてしまいたい。
「わたしは……どこにも行けません」
「そうか」
分かった。
そう呟き、シグルド様は席を立った。
既に食事を終えて彼のお皿は空になっている。
「アンネローゼ。食事が終わったら公爵夫妻の私室に案内してくれるか。久しぶりすぎて忘れてな」
「は、はい……かしこまりました」
わたしが立ち上がると、シグルド様は咎めるように言った。
「食べ終えてからでいいと言ったはずだが?」
「す、すみません。あの、お腹がいっぱいで……取り置きして朝食に頂こうかと」
「……そんなに腹が弱ってるのか」
「何か?」
「いや、なんでもない」
公爵夫妻の寝室は西棟の奥にある。
今朝、わたしがエスメラルダ様にいびられたあそこである。
ちょっぴり行くのが憂鬱で足が重かったけど、すぐに到着した。
「それでは、わたしはこれで……」
「あぁ。そこで待っててくれ」
「ほえ? な、なぜですか?」
「……帰り道が分からなくなると困る」
いや、帰り道と行っても……家の中で迷子になることはないよね?
「私だ。話がある」
シグルド様が扉をノックすると、なぜか勢いよく扉が開いた。
蒼褪めた様子のルーク様が出てきてシグルド様に声を荒立てる。
「兄上! ここでソレを放出するな! 扉越しにも伝わってくるんだ!」
「すまん。少し調整の仕方を忘れてな」
「はぁ……?」
「頼みがあるんだ。ルーク」
「兄上が、頼み……オレに……?」
「あぁ。この侍女を連れて行きたいんだが、構わないな?」
シグルド様は頷き、親指でくい、と後ろを差した。
彼の真後ろに立っていたわたしに……え、わたし……わたし!?




