第三十六話 すれ違い
緑が生い茂る森の中。
他のグループはまだ戦っているのか、あちこちで戦闘音が聞こえていた。
すたすたと歩くシグルド様の後ろに続きながら、わたしはちらちらと後ろを振り返る。
「あ、あの。帰るのはいいのですけど、エスメラルダ様とかは……」
茂みの中、白目を剥いて倒れているエスメラルダ様は気絶しているようで、特に大きな怪我はしていないのだけど、このまま放置していくのはさすがにいかがなもなのかと思ってしまう。ちょっと心配になってきたから近付いて、ちょんちょんと触ってみる。反応なし。でも息はしてる。
「まったく君は……」
シグルド様をため息を吐いた。
隣に来たシグルド様はエスメラルダ様を見下ろしながら言った。
「問題ない。すぐに治療班が来るだろう」
「そ、そうですか」
「君がその女を気にかける必要はない」
「えっと……はい。分かりました」
まぁたくさん意地悪されたし、多少は痛い目を見て欲しいとは思うけど。
でも、別に死んでほしいってほどじゃないのよね……。
色んな事があったけど、わたしを雇ってくれたのは事実だし。
「エスメラルダ様、ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀する。
踵を返し、シグルド様のあとに続こうとしたけど──
がし、と腕を掴まれた。
「ほえ」
ぐい、と腕を引っ張られ、尻もちをつく。
エスメラルダ様の顔が耳元にあった。
「いい気に、ならないことね、アンネローゼ」
「エスメラルダ様……?」
「シグルド様は、お前だから助けたわけじゃないのよ」
「……」
「彼はか弱い人間なら誰でも助ける。なぜなら彼は騎士だから」
「それは……」
「いずれお前は捨てられるのよ……覚悟、しておき……なさい」
捨て台詞のように言って、エスメラルダ様はまた気絶した。
頭の中でぐわんぐわんとエスメラルダ様の言葉が反響する。
「わたしだから……じゃ、ない」
「どうした。何を言われた?」
「はみゅ」
シグルド様の息が耳にかかり、わたしは慌てて立ち上がった。
うぅ、耳が熱い。急に近づきすぎだよ……。
「な、なんでもありません! 大丈夫ですから」
「そうか」
シグルド様は言った。
「なら帰るぞ」
「はい」
そうして再び歩き出すわたしたちだけど。
「あの、思ったのですが」
「なんだ」
「さっきから同じところをぐるぐる回っているような」
「…………」
シグルド様はつい、と目を逸らした。
今日も方向音痴さんは絶好調だった。
◆◇◆◇
「ったく。なんで俺がお前を迎えに行かなきゃならねぇんだよ。酒場のお姉様としっぽりやるところだったのによぉ」
「仕方ないだろう。私は運転できないからな」
「免許を取れと言いたいが、お前が運転したら延々に迷いそうだからな……」
がたんごとん、と石畳の道を魔導車が走っている。
規則的に響くエンジン音がうなりをあげ、領都アレクサンドリアを後にしようとしていた。
「あの、ジョンさん、ありがとうございます。お迎えに来てくださって……」
「アンネローゼ嬢。あんただけだ。俺を労ってくれるのは。結婚しね?」
「ふぇ!? し、しません!」
「おい、殺すぞ」
「冗談だよ。いつものやつだろ。怒んな」
ジョンさんは悪びれることなく煙草をふかした。
心なしか不機嫌なシグルド様をバックミラー越しに見ながら、
「なんかあったか」
「別に」
「そういや、ニ―ナと連絡が取れねぇんだが」
「あとで迎えに行ってやれ」
「…………そういうことか。了解」
今のやり取りでジョン様はすべてを察したようだった。
わたしはシグルド様とニ―ナ様に何があったのか知らない。
だから気になってシグルド様を見るのだけど、彼は何も答えてくれなかった。
「ところで」
シグルド様は話題を逸らすように言った。
「今日は楽しめたか」
「あ、はい! とても楽しかったです。久しぶりに身体を動かせました」
「おー。魔杖競技か。魔力ナシでもやれたんだな」
「はい! シグルド様の魔力を借りて……メイド騎士として頑張りました!」
「メイド騎士?」
「言っておくが、アンネローゼは魔力なしだとお前より強いぞ」
「……マジで?」
「マジだ」
「あぅ……そんなことないです……」
そもそも今の時代、魔力なしで戦うことがまったくない。
それは絶体絶命の危機とか、魔力切れとか、限られた状況だけだ。
だから実質、わたしの無能は変わっていないのである。
(でも、ほんのちょっぴり嬉しかったな)
こんなわたしでも役に立てるんだ、って思えた。
魔力がなくても、今まで頑張って来たことは無駄じゃなかった。
それがなんだか誇らしくて、嬉しくて……自分を褒めてあげたくなった。
「……ふぅん」
「なんだその笑みは」
「いや、ニ―ナじゃダメなのに、アンネローゼ嬢は良いんだな」
「どういう意味だ」
「こういう意味だよ、っと」
「きゃ!?」
ジョン様がハンドルを切り、車体が大きくカーブする。
いきなり曲がって体勢が崩れたわたしはシグルド様の胸に飛び込んでしまった。
男らしいごつごつした胸板に受け止められ、顔が沸騰したように熱くなる。
「ご、ごごごごご、ごめんなさい。すぐに退きますので」
アンネローゼは猫のように飛び退いた。
「いや、問題ない」
シグルドは澄ました顔で言った。
「よくあることだ。気にするな」
「は、はみゅ……すみません」
「だから謝るな。ジョンはあとで殺しておく」
「殺すなよ!?」
「え、えっと……ありがとうございます?」
「礼を言うところじゃねぇからな!」
「よし」
「よしじゃねぇ! 幼馴染のお節介を何だと思って……」
「黙れ殺すぞ」
「喋っただけで!?」
そっと、シグルドの手が頭に伸びて来た。
あ、撫でてくれるのかな……
つい頭を差し出している自分に気が付いて、わたしはまた顔が熱くなる。
「あぅ……」
身体が密着して、心臓が早鐘を打つ。
ふわふわしてどこかに飛んでいきそうだ。
(ずっと、このまま──)
『言っておくけどね、シグルド様はお前じゃなくても助けたわよ』
鈍器でぶん殴られたような衝撃に襲われた。
熱くなっていた身体が見る間に冷たくなり、浮かれていた気持ちが沈んでいく。
(そう、よね……シグルド様は、私じゃなくても、きっと)
「どうかしたか?」
「……いえ」
わたしは身体を離し、無理やり口元を緩めた。
「なんでもありません」
「そうか」
シグルドは頷き、
「アンネローゼ、君は、その……」
「はい?」
「…………いや、なんでもない」
「そうですか」
姿勢を正したアンネローゼは前を向く。
奥歯に挟まったものが取れないような感覚。
ジョン様が何かと話題を振ってくれたけど、それからシグルド様とは目が合わなかった。




