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第三十五話 騎士の呪い

 

「アンネローゼ嬢のところに行かなくていいのか、シグルド」


 シグルドたちはアンネローゼから離れた位置にいた。

 樹々が生い茂る森の、少し開けた場所だ。

 アンネローゼたちが交戦しているところからそう離れていないが、向こうからは樹々に隠れて見えないだろう。


「……私の加護を与えている。誰にも傷つけることは出来ない」


 シグルドはニ―ナと真正面から向かい合う形で立っている。

 一心にこちらを見つめるニ―ナの杖はブレない。

 彼女がその気になれば、一瞬でその光がシグルドを襲うだろう。


「そこまで大事にしているなら何故傍にいてやらない?」

「加護を与えれば十分だろう。それに、彼女には一人で戦うことが重要だ」


 そうしなければ、アンネローゼはいつまでも自分を卑下するだろう。

 あの自己肯定感の低すぎる女性に少しでも自信をつけさせるには荒療治が必要だ。だからこそ、大嫌いなロンディウムの催しに参加したのだから。


「……正直、妬ましいよ。貴様にそこまで大事に思われるなんて」

「ただ保護しているだけだ。下世話な勘繰りはやめろと前にも言ったぞ」

「なら、ただ可哀想だから保護していると? これまで誰にも与えなかった加護を与え、側に置き、貴族たちが参加する催しに参加させ、『災厄の娘』という噂を払拭する機会を与えようと言うのか」

「それが騎士の務めだ」


 断言する。

 ロンディウムの騎士たるもの、弱き者に寄り添うのは当たり前だ。

 それに、彼女にとってもそのほうがいい。


 今でこそシグルドに懐いているが、それは野良犬が飼い主に懐くようなもの。

 虐められた反動で保護してくれるものに親しみを感じているだけで、シグルドに懐いているのは刷り込みのようなものだ。今後、彼女を認めてくれる者達が現れればどう変わるか分からない。それこそ、この呪われた魔力を疎んで離れる可能性だってあるのだから。


「私が出来るのは、その時のために彼女を自立した人間として環境を整え、成長させてやることだけだ」

「……それは残酷だよ、シグルド」


 ニ―ナはゆるゆると首を振った。


「酷い環境に身を置いていたものが救ってくれた者に感じる敬愛を、ただの『刷り込み』と称する貴様は残酷だ」

「……」

「ロンディウムで親から見放されていた私を救ってくれたあの時も……そんな風に思っていたのか?」

「騎士とは、誰か一人のために存在してはならない」


 ニ―ナは自嘲するように声を上げて笑った。


「結局、私のことは眼中にないということか」

「……」

「まぁ、分かっていたことだ。貴様に袖にされたあの時に」

「お前はどうしたいんだ」

「全力を」


 ニ―ナは杖を構えた。


「貴様の全力を出してほしい。決して手に届かないと分かれば、諦めもつく」

「…………それで気が済むなら」


 シグルドは息をついた。

 それは彼が友と決別する、別れの言葉だった。


「──行くぞ!」


 ニ―ナは最短最速の魔法を唱えた。

 杖先に灯った魔力が光となり、世界を駆ける一筋の流星と化す。

 シグルドとの会話の間に溜めたすべての魔力、たった一撃に彼女はすべてを駆けた。


 それは一級災魔(レギオン)すら退けた彼女のすべてだ。

 これまで抱えていた想いの丈をすべてぶつけたつもりだった。


 ──それでも。


「お前が本当に望むなら」


 その瞬間。

 ロンディウム領に住まう人間のすべてが、空に立ち上る光を目にした。

 力ある災魔(レギオン)は鎌首をもたげ、鳥たちが森の中からバサバサと飛び立っていく。


「全力を出してなおお前が私の隣に立とうと思えるなら、検討しても良い」


 ただ、魔力を放出しただけ。

 シグルドが普段から押さえていた魔力の栓を取り払っただけで、ニ―ナの魔法は掻き消えた。禍々しいまでの濃密すぎる魔力が彼女の全身に絡みつき、ニ―ナ・ケネストルは杖を取り落とした。


「……っ」

「どうだ。これでも」


 シグルドは無表情で言った。


「これでも、私の隣に立とうと思うのか?」


 言ってしまえば、戦う相手ですらないのだ。

 シグルドと曲がりなりにも並び立つのは他の四大騎士だけだが、我の強い彼らが徒党を組むことはあり得ない。筆頭騎士と上級騎士の間に天と地の差があることを、シグルドはその身をもって証明してみせた。


「ぁ、ぅあ」


 ニ―ナは懸命に口を開こうとした。

 立てる。そう口を動かしたいのに唇は蒼褪めて手足は震えてしまっている。

 シグルドは目を閉じた。幾百も繰り返されたそれから目を逸らすように。


「──ぶは、ハァ、ハァ……!」


 魔力が消える。

 まるで今まで呼吸を忘れていたかのように、ニ―ナは短い呼吸を繰り返す。

 シグルドは踵を返し、茂みの裏に隠れていた一人の男へ目を向けた。


「ルーク」

「あ」


 大方、ニ―ナを当て馬にして消耗したところを突く作戦だったのだろう。

 これまでシグルドがルークやエスメラルダに見せて来た魔力は氷山の一角とも知らず、本当の力を目の当たりにして、ルークは顔面が蒼白になっていた。捕食寸前の獲物のように震えて懇願する。


「く、来るな、来るな、兄上、違う。俺は……」

「私はロンディウムの当主の座を欲しいとは思わん」

「……っ」

「だから、二度とアンネローゼを巻き込むな。さもなければ……」


 シグルドが軽く魔力の栓を外す。ルークは高速で頷いた。


「わ、分かった。二度と何もしない。誓って本当だ!」

「……で?」

「実家の罪はすべて告発する。俺の代でロンディウムの罪を清算する!」

「契約できるか」


 シグルドが杖を向けると、光る文字がルークの前に現れた。

 承認者の行動を制限する魔法式にルークもためらいを見せるが、


「誓えるのだろう?」


 シグルドが魔力の栓を取り払うと、慌てた様子で魔法式に自分の名を書き込んだ。その瞬間、ルークの胸に文字が吸い込まれ、心臓にくさびが打たれる。


「こ、これでいいんだろう! な!?」

「……あぁ、それでいい」


 シグルドが僅かに手を挙げた。

 びくっ、と震えたルークが仰け反る。


「……」


 シグルドは踵を返し、杖をしまった。

 圧倒的なまでの魔力を身に纏う彼に、声をかけられる勇者はその場に居なかった──一人を除いて。


「シグルド様?」


 茂みの奥からアンネローゼが現れ、小首を傾げた。


「えっと、さっきお声がしたのですけど」


 彼女はさっと視線を走らせ、ニ―ナやルークを見る。

 そしてシグルドに傷一つないことを確かめると、安心したように微笑んだ。


「やっぱり勝ったのですね。さすがです!」

「あぁ」


 ぱたぱたと子犬のように近づき、シグルドの前に立つアンネローゼ。

 未だに彼の魔力は全開で放出されたままだが、彼女は気にも留めない。


「あの、わたしも勝ちました。シグルド様のおかげです!」

「うむ。よくやった」

「えへへ……わたし、役に立てましたか?」

「あぁ。十分にな」


 アンネローゼが微笑むと、シグルドは侍女の頭に手を伸ばした。

 侍女は嬉しそうに頭を差し出し、ずいずい、と手のひらにこすり付けてくる。

 心の底から安心しきった顔を見てシグルドの頬も僅かに緩んだ。


「帰るか。もう魔杖競技は終わりだ」

「はい! あ、でも……」


 アンネローゼが気遣わしげにシグルドの後ろを見やる。

 地面に膝をついて打ちひしがれていた女騎士はぎこちなく微笑んだ。


「私は大丈夫だ、アンネローゼ嬢。少し悔しくてな。先に行ってくれるか」

「は、はい。ではまた……」

「うん。それと……すまなかった」

「はみゅ? ニ―ナ様は謝られるようなことはしていませんが……」

「そうか。ならいいんだ」

「はいっ!」


 それでは、とシグルドの後を追って去ろうとするアンネローゼに、


「君はシグルドが怖くないのか?」


 思わずと言った様子でニ―ナが訊いた。

 化け物じみた魔力を放出する彼の斜め後ろに立ちながら、平然とした様子でアンネローゼは振り向いた。


「はい。ちっとも怖くないです」

「……」

「シグルド様はぶきっちょで、優しくて、方向音痴で、料理上手な騎士様です。わたし、尊敬しています」

「……そうか。すごいな、君は」


 何も持たないが故にただ一人に寄り添える令嬢。

 羨ましいとは言えない。彼女が身を置いた境遇はあまりに過酷だ。

 それでも、想いを募らせた一人の女としてニ―ナは呟いた。


「私も……そうでありたかった」

「……行くぞ。アンネローゼ」

「あ、はい! ニ―ナ様、それでは」


 一人の騎士と侍女が競技場を出て帰路につく。

 彼らを止めようとするものはただの一人もいなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読んでます! 難しいね〜 前半の酷さがあるから今が幸せに見えて嬉しいけど、好きな人の横にならべるからと同じ道歩けるかと言われたら、悩むか普通なら嫌だろうね。 わかってる苦し…
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