第三十四話 優しいだけの悪女
今更言うまでもない話だが、ロンディウム公爵家は魔法使いの名門だ。
その歴史は古く、歴史に名を残した魔法使いを数多く輩出している。
中でも魔法騎士としての活躍は目覚ましく、王国の剣とも呼ばれている。
当主の資質に求められるのは『力』だ。
もちろん、妻であるエスメラルダも例外ではない。
より良き血統を残すため、魔力量の多い彼女が選ばれたのだ。
そんな彼女に近づく貴族は多いが、配下にする者は厳選していた。
力や権力だけに擦り寄ってくる者たちに辟易している、と言うより、単にロンディウムを裏切らず、自分の命令に絶対に背かない忠義心の厚い者たちを選んでいた。いざという時に命令に背くような愚図は要らないのである。
もちろん、彼らの実力も決して低くはない。
むしろ学生時代、貴族院で好成績を残しているのだがーー
「な、何なのこれ……」
「エスメラルダ様、あの悪女を屠ってください!」
目の前に広がる、散々たる有様。
魔法界の実力者たちが息を荒立てて魔力切れの症状を起こしかけているのに対し、何の力もない、ただ優しいだけの女が涼しい顔で立っている。
「エスメラルダ様、今日のわたしはシグルド様のメイド騎士です」
ただ怯えていただけの愚図が、真っ向から言い放った。
「全力でお相手します。さぁ、どうぞ!」
(いや、どうぞと言われても)
エスメラルダは思った。
自分で罠を仕掛けた銀の杖を見て。
(これを使ったら、私が破滅するのだけど……!?)
◆◇◆◇
久しぶりの運動に、身体の全部が喜んでるみたいだった。
ちょっと汗はかいちゃったけど、まだまだ動ける。
心臓は弾んでいるし、頭がぶわーってなって高揚感がある。
(エスメラルダ様のことだし、全力で来てもおかしくないわ)
屋敷でいじめられていた日々を思い出す。
正直、わたしはエスメラルダにあんまり恨みはない。
誰だって最愛の夫に女が近づいたら嫌だと思う。もちろんわたしの場合は冤罪だし、わたしのことを怒る前にルーク様を叱りつけてちゃんと侍女に手を出さないようにして欲しかったというのはあるけども……。
あれで侍女からの評判は良かったのだ。
根っからの悪人ではないとわたしは思っている。
(今日で誤解が解けたらいいな)
「エスメラルダ様、お願いします!」
ここにいる魔法使いさんたちにとってエスメラルダ様は希望のようだった。
待ちに待った女主人の登場に色めき立っている。
わたしはシグルド様に恥をかかせないよう、しっかり剣を握った。
だけど……
「え、えぇ。そうね」
エスメラルダ様の顔色は悪い。
ひた隠しにしていた秘密を暴かれようとしてる人みたいに蒼褪めている。
「エスメラルダ様、どうされたんですか?」
「あんな悪女、エスメラルダ様のお力であれば簡単に倒せます!」
「我々は力及ばずでしたが……当主夫人の力を見せてください!」
周りの人たちの声援に、エスメラルダ様は唇を噛んだ。
……隙だらけだ。もしかして誘ってるのかな?
でも、万全のエスメラルダ様に魔法を撃たれたらわたしが負けちゃうし……。
「エスメラルダ様、来ないならこっちから行きますね」
「……っ」
杖を使うことも考えたけど、魔法の撃ち合いでわたしに勝ち目はない。
一気に近づいて、ズバ、と杖を跳ね上げる。
あ、でも。
もしわたしが勝っちゃったらエスメラルダ様のお顔が潰れちゃうかな?
そうだったら可哀想だし、わざとやられたほうがいいかも?
エスメラルダ様の杖を跳ね飛ばそうとした剣を、わずかに逸らす。
下から上に振り切って胴体がガラ空きになった。
エスメラルダ様の顔に驚きが滲んで、
「……チャンスだわ!」
エスメラルダ様は杖に魔力を込める。
なんだかすごい光が灯り始めたんだけど、気のせいかな。
「これでお前は終わりよ、悪女!」
え、杖を投げてきた!
あ、もしかしてこれ、魔法を込めた後かな。
もしかしてすごい威力で爆発するのかも……?
「暴走する杖ならお前に投げつければいいのよ! ふふ。お前にはしてやられたけど、これで私の勝ちよ。ザマァ見ろね!」
エスメラルダ様が勝ち誇ったように後退りながら言った。
なんだかすごいこと言われたような気がする。
もしかしてこのままじゃ不味い?
「あ、でもわたしにはシグルド様の加護が」
「え」
いざという時にシグルド様がくれた加護。
どんな効果があるかは分からないけど、これでなんとかなるかも。
そう思うと無理に逃げる必要ない気がして、わたしは銀の杖をキャッチした。
その瞬間、手の中で銀の杖が弾けてーー
「ぎぃゃやあああああああああああああああああああ!」
「……ほえ?」
なぜか離れた位置に移動したエスメラルダ様が悲鳴をあげた。
電撃を受けたみたいに身体に光が灯り、びくんびくんと痙攣する。
ちょっとさすがに不味いんじゃ……大丈夫かしら。
「エスメラルダ様!!」
魔法使いさんたちが駆け寄り、エスメラルダ様の脈を確かめる。
白目を剥いて気絶しているようだけど、幸いにも無事なようだった。
ーー……よかった。
心の底からホッとした。
誰かが死んだり傷つくのはもうたくさんだもの。
「えっと……」
安心したからか、口元が緩んでいるのが分かる。
わたしはそのまま、魔法使いさんたちに呼びかけた。
「エスメラルダ様はあれですけど……続き、やります?」
魔法使いさんたちは悲鳴をあげて逃げ出した。
エスメラルダ様を担いでいくあたり、彼らの忠誠心は本物なんだろう。
まぁそれはいいんだけど。
「むぅ。もうちょっと遊びたかったわ」
贅沢な悩みだけど、そんなことを思ってしまう。
さっきまで楽しかったな。まだ他の参加者の人いるかな?
「そうだ、シグルド様は」
わたしは振り返る。
振り返って、首を傾げた。
「あれ……? どちらに行ったのかしら」
シグルド様はどこにもいなかった。




