第二十八話 仇の花
「皆さま、お集まりいただきありがとうございます」
闘技場の中心でロンディウム家当主の挨拶が始まる。
「本日はお日柄もよく、天気にも恵まれ──」
ルークの横に立ちながら、エスメラルダはひとりの女を睨みつけていた。
長い白髪を結って横に垂らしたサイドテールの髪は兎のように跳ね、小動物めいた仕草でシグルドの裾を掴んでいる。真っ赤な瞳は勝ち誇っているようで、口元は薄く笑んでいた。エスメラルダは歯噛みする。
(ちょっと綺麗になったくらいで調子に乗るんじゃないわよ。この泥棒猫……!)
アンネローゼたちと再会してすぐに挨拶が始まってしまったが、ルークがアンネローゼたちと再会して目を見開いたことをエスメラルダはしっかりと見ていた。
『これがあのアンネローゼか……?』
咄嗟に当主としての挨拶を優先させたものの、ルークの嫉妬と悔恨に満ちた目は今でもアンネローゼに向けられている。そのアンネローゼこそが、諸悪の元凶だと言うのに……。
「今回の魔杖競技で我がロンディウム家の栄光と強さを示すことが出来るでしょう。皆さまにも振るってご参加いただきたい」
ロンディウム公爵家は窮地に陥っていた。
最大の支持者だったオルトリンデ老に粗相を働いてしまったエスメラルダ達は親族の支持者たちから資質を疑われ、社交界でも求心力を失いつつある。取引先の商会からも次々と独占契約の打ち切りが通達され、ルークが侍女をクビにしたことを皮切りに使用人たちも次々と去り、僅かしか残っていない。
今回の魔杖競技はチャンスなのだ。
ここで当主夫妻の優秀さを示すことが出来れば支持者たちも考えを改めるだろう。幸いにもルークの魔力はシグルドに次ぐほど多く、あくまで人の範疇にとどまっている。
制御が出来ない化け物のようなシグルドよりもルークのほうがいいと分かるはずだ。そのためにシグルドと交友のあるケネストル家にコンタクトを取ったのだから。
(この私がこんなことをする羽目になるなんて……お前のせいよ、この悪女が……!)
ありったけの怨嗟を込めてアンネローゼを睨みつける。
いつもは怯えたように震えていたのに、哀れむようにエスメラルダを見る様が苛立ちを募る。エスメラルダは深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
(いえ……この女は生贄。シグルド様の評判を落とす餌よ。大事にしなきゃ)
「それでは、そろそろ杖の選定に行きましょう」
ルークの挨拶が終わり、準備室から杖がひとりでに飛んでくる。
魔杖競技はその性質上、殺傷能力のある杖を使うわけにはいかない。競技用の杖で魔法を使うことで術者に魔法的な加護を授ける仕組みだ。参加者たちの前で空中に止まった杖を見て、参加者たちが「おぉ」と感嘆の声をあげた。
「いやいや、物体に空中浮遊を付与するとは、粋な演出ですな」
「コントロールが素晴らしい。さすがはロンディウム家の当主だ」
「今代のルーク様は色々な懸念がありましたが……これは」
参加者たちから手ごたえを感じてエスメラルダはほくそ笑む。
ここで高級かつ有名な職人の杖を揃えれば主催者の権威を示せるのだ。
オークやニチイ、カシ、リグナムなど高級な素材を使って作られた杖置き場があり、その他の魔杖競技で使うマントやネット、ユニコーンの髭、マンドレイクの葉など、どれも使用人の給料を削って揃えた至極の一品。この品々を見るだけでロンディウム家がどれだけ繁栄を極めているのか分かろうというもの。
「さて、では杖を選んでいくとしましょう。まずは……」
ルークの目が、この場で最も弱い女に向けられた。
「アンネローゼ嬢、こちらに」
「……わ、わたしですか?」
「あぁそうだ。初めての杖選びは悲劇の令嬢にこそ相応しい」
参加者たちから複雑そうな視線がアンネローゼに向けられる。
『トロイの悲劇』を生き残った唯一の女に彼らも思うところがあるのだろう。
ただでさえ不気味な白髪をしているのだし、内心では汚らわしく思っているのかもしれない。
「……」
エスメラルダはルークと顔を見合わせた。
分かっている、とルークは僅かに頷く。
「俺からの花束だ。アンネローゼ、一番いい杖を選ぶように」
「一番……」
「アンネローゼ、無理しなくても──」
「兄上。淑女が花を選ぶ時は黙って待つのが男の甲斐性ですよ」
邪魔をしようとしたシグルドを制してルークは言った。
アンネローゼは「大丈夫です。いけます」と意気込み、集団の中から前に出る。
どれにしようか視線を彷徨わせる様を見てエスメラルダは勝利を確信した。
(アンネローゼに魔法の知識がないことは把握済み。お前が選ぶのは銀の杖よ)
空中に浮いた杖の中でひときわ異彩を放つ銀の杖。
他の杖が木材で出来ているのに対し、その杖だけ、明らかに雰囲気が違う。
アンネローゼは銀の杖を選ぶ。エスメラルダはそう確信していた。
本家で働いていた時、銀の調度品を物欲しそうに見ていたことを知っていたからだ。
銀は魔法的にも大きな意味を持ち、退魔や厄災を退ける力があると言われている。実際、魔力も通しやすいのだ。
(馬鹿ね。その杖の魔法は暴発ことも知らずに……!)
エスメラルダの罠。
それは、アンネローゼに銀の杖を使わせて事故を起こさせること。
当主主催の場で事故を起こしたとなれば、アンネローゼの保護者であるシグルドに批難がいく。騎士として出来過ぎた功績を持つあの男の評判を地の底に落とし、颯爽と事態を解決したロンディウム当主にこそ注目が集まる。こちらが疑われるような証拠は既に抹消済みだ。エスメラルダは満面の笑みで言った。
「さぁ、アンネローゼ様。お好きな杖をお取りになって」
「ありがとうございます。わぁ、素敵な杖があって迷いますね……」
(さぁ、銀の杖を選びなさい。それがあなたの終わりよ──!)
男爵令嬢の身でありながら公爵家の夫を寝取ろうとする不届き者だ。
気弱で庇護欲をそそる見た目をしているが、その実態は欲望にかられた悪女にすぎない。
ハルルカ王国筆頭騎士のシグルドにすり寄っているのがその証拠だ。
「決めました」
アンネローゼは頷き、
「私、こちらにします!」
『え?』
その場の全員の声が重なった。
アンネローゼが選んだもの。
それは杖置き場の中で最も古く、使い古されたものだった。
(スギの杖……!? なんで、あんなオンボロ……!)
く、と誰かが噴き出す。ケネストル家の令嬢だ。
「そちらでよろしいのですか?」
ニ―ナが聞くと、アンネローゼは大きく頷いた。
「はい。皆さんご存知の通り、私には魔力がありません。私のような初心者が高級な杖を使うなんて恐れ多くて無理です。こちらの銀の杖なんて、とっても綺麗で憧れるのですけど……」
アンネローゼは言った。
「こういう良い杖は、エスメラルダ様のほうがお似合いかと思います」
(──……は?)




