第二十五話 侍女の原点
鍛冶屋さんの中には大小さまざまな武具や魔具が壁にかけられていた。
長剣、短剣、レイピア、曲剣、槍、杖、短杖、他にもいっぱい……。
世界中の武器を集めたみたいに見える武具はきらきらと輝いていて、まるで使ってくれる人を今か今かと待ちわびているようなワクワク感がある。色とりどりに煌めく宝石店と同じような興奮を、わたしは鍛冶屋さんという店の中で覚えていた。
「わぁ……すごい! いっぱいあります!」
「鍛冶屋だからな」
「我が商店は工房と隣接しております。オーダーメイドも承りますよ」
背の高い女店員さんが親切に説明してくれる。
スーツ姿の彼女が見ているのはもっぱらシグルド様だった。
「今回はどのようなものをお求めでしょうか」
「私が買いに来たわけではない。彼女だ」
「…………失礼いたしました」
え、えっと。これ買いにきたって言えるのかしら。
わたしはただ、ちょっと見てみたいなって思ってただけなんだけど……。
そもそも武器っていくらするのかしら。さすがにシグルド様に出してもらうわけには。
「ごほん」
店員さんは切り替えるように笑顔になった。
「お連れ様ですと、こちらの刺突剣がおすすめです。こちらは魔具となっておりまして、柄の部分でスイッチを押すと属性の違った魔法が出るようになっています。もちろん使い手の魔力を消費しますが、消費量はかなり抑えめになっておりますので。用途は何を想定されてますでしょうか?」
「あ、あぅ……ただの鉄剣を探しているのですが……」
「……………………なるほど」
やっぱり鍛冶屋さんに来ても魔力を消費するものばっかりよね。
魔力がないわたしとしてはちょっぴり肩身が狭い思いだった。
(まぁ逆に言えば、変な期待されずに済むってことだし)
うん、そう思えば気が楽になって来た。
「魔法剣以外は時代にそぐわない物でして。なかなか在庫はありませんが」
店員さんは店の角にある雑多に置かれた箱に赴いた。
なんというか、ザ・失敗作をまとめて置いた感じ。
「それと、正直かなり重いです」
店員さんが持ち上げる。
ぐっと力を入れていないと持てないようだった。
「お客様に合うかどうかは」
「わたし力持ちなので、重いのは大丈夫です。手に取ってもいいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
箱の中から一本の剣を取る。銀色の柄は装飾がなくて無骨だ。
五十セルチほどの刃は軽く反りが入っているけど、ずっしりした感じが心地いい。
「嘘……十キロはあるのに片手で……」
「なぜ魔法剣以外を置いている?」
シグルド様が問いかけると、店員さんは背筋を正した。
「正確には魔具の成りそこないです。強力な魔法式を刻むために微量のアダマンタイトを練り込んでありますが、魔法式の暴発で重量が重くなり過ぎました。いわば、ただ重いだけの魔法剣です。魔法も撃てませんし、魔法全盛のこの時代、これを扱えるだけ鍛える方も稀で……」
「なるほど」
二人が居ないところでぶんぶん振ってみる。
うん、結構振り心地が良い。
店員さんが言ったようにちょっと重い気もするけど、両手で持ったら全然そんな風に感じない。
まぁ、こんな剣を持っていても魔法を使う人には勝てないんだけど。
シグルド様と初めて会った夜みたいな、わたしを女だと思って侮ってる人に一撃を喰らわせることくらいは出来そう。たぶん、きっと。出来るはず!
(そういえば、あの時のシグルド様かっこよかったなぁ)
ちらりとシグルド様を見る。
あら? 何か驚いてらっしゃるみたい。
視線を辿るけど、そこには壁があった。壁?
「アンネローゼ、君は両親から剣を教わったのか?」
「はみゅ」
わたしは素振りを止めて剣を置いた。
「はい。教わったというのが正しいのか分かりませんが」
わたしの幼い頃の夢は騎士だった。両親は二人とも騎士で、災魔討伐に行って領地のみんなを守ってるかっこいい人たちだった。わたしは二人みたいになりたくて、両親にせがんで、稽古に付き合ってもらった。二人はあんまりいい顔をしなかったし、稽古を始めてから怖い顔になったりしたけど、こんなわたしでも誰かの役に立ちたかったのだ。
「叩きのめされた、というほうが正しいかもしれません」
「……」
「毎日、毎晩、ずっと、稽古で叩かれて……」
「それってぎゃくむぐ!?」
シグルド様が店員さんをギロっと睨む。
店員さんは慌てたように口元に手を当てて高速で首を縦に振った。
そして、そっとひと息つく。
「アンネローゼ、ご両親は君を」
「いいんです。わたしが二人の足手まといだったのは事実ですから」
「……」
二人が厳しかったのは事実だけど、慰めなんて要らない。
(わたしは二人に愛されてはいなかったかもしれないけど)
それでも、騎士の娘なんだもの。
この体質のおかげでシグルド様と出会えた。
この理想の騎士のお役に立てるなら、わたしも生まれた意味があるかもしれない。
そう思えたから──
「……アンネローゼ」
シグルド様はわたしの足元に近付き、剣を取り上げた。
「剣は力ある者が責務を持って振るうべきだ。君が騎士の真似事をする必要はない」
「あぅ……そうですよね……」
「ただ」
シグルド様は剣の柄を店員さんに差し出した。
「もし万が一、屋敷に災魔が来たら自衛する手段は必要だ。普段は私の魔力を帯びているから、今まで近づかれたことはないが……それでも、君のためには必要だろう。それに……勿体ないからな」
「お買い上げありがとうございます! 売れ残りなので大変勉強させていただきます!」
「うむ」
それに、とシグルド様がわたしの頭に手を置いた。
「君の剣は、美しい。良ければまた見せてほしい」
…………
………………。
(この人は)
目頭が熱くなる。顔が熱くなって火傷しそう。
(この人は、どうしていつも、わたしの欲しい言葉をくれるんだろう)
本当に望んでいた言葉じゃない。
出来るならこの人の傍で騎士として戦いたかった。
わたしが役に立てるのは、きっとそれくらいだと思っていた。
(頑張っても無駄だって……意味がないって、言わないんだ)
魔法を使える騎士に及ぶべくもない。
それでも、わたしが頑張って来たことを肯定してくれる。
他人に誇れるようなものじゃない、ちっぽけなものも拾い上げてくれる。
そのことがどうしようもなく嬉しくて。
(わたしはただの侍女だけど……それでも)
「?」
不思議そうにするこの方を、もっとお支えしたい。
この方のために、出来ることを増やしたい。そう思った。
「それではお値段のほうですが──」
「あ、えっと、その」
「小切手でいいか」
「承りました」
「シグルド様? わたし、お金が……」
「侍女の自衛手段を整えるのは主人の役目だ」
「でも……」
シグルド様は顎に手を当てた。
ふむ、と頷く。
「そこまで気にするなら、給料から天引きする。気にするな」
あ、天引きしてくれるんだ。良かった。
さすがに貰いっぱなしすぎて申し訳ないもの。
「……来月は賞与を増やしておくか」
「え?」
「なんでもない。ほら、かけてやろう」
「ひゃう!? い、いえ、そんな自分で」
「遠慮するな」
鞘に入れた長剣は背中からかけるタイプだった。
後ろに回ったシグルド様が背中からかけてくれて、指がうなじに触れた。
あぅ……恥ずかしすぎる……。
シグルド様はそんな気ないって分かってるのに、わたしだけ意識して馬鹿みたい……。
ルーク様とは違う、優しくて慈しむような手つき。
この人の手は、触れているだけで安心できる。
「出来たぞ」
「わぁ」
……なんだか、感慨深かった。
わたしは騎士じゃない。相変わらず侍女のままで、役立たずのままだけど……。
それでもこんな風に剣を背負って、尊敬する人の傍に居れることが嬉しかった。
「えへへ」
くるりと回って、スカートを翻す。
心からあふれ出した嬉しさが口元に弾けた。
「似合いますか、シグルド様?」
「あぁ、似合う。良いな」
「えへへ……でも、可愛い服だから、今は背負えないですね」
よいしょっと。背中から外して両手に抱える。
わたしの腕の中にずっしり乗る剣は、心なしか輝いて見えた。




