第二十四話 寄り添い合う心
「次は本屋さんですが……シグルド様、本好きなんですか?」
「なぜだ」
地図を片手に歩きながらシグルド様を見上げる。
なぜかずっとこっちを見てくれているけど、前を向かないと危ないと思う。
「シグルド様のお屋敷って本がたくさんあるじゃないですか。だから本好きなのかなって」
「別に好きというわけではない」
あ、やっと前を向いた。
でも、なんだかその目は遠くを見ているように見えた。
「気付いていると思うが、私は昔、あそこに隔離されていた」
「隔離?」
「そうだ。この魔力のせいでな」
「ほえ」
どうやら幼い頃から強すぎる魔力を持っていたために、家族とも引き離されていたらしい。彼はあの屋敷でシャム婆様にお世話をされながら、騎士としての教育を受けていたそうだ。魔力の制御には感情が大きく左右されるらしく、幼い彼は自分の魔力で家族が傷つかないためにも、あそこにいるしかなかった。
……そっか、それで。
シグルド様が寡黙な理由が少しだけ分かった気がした。
きっとそのすごい魔力のせいで、色々と苦労してきたんだろう。
人を傷つけたりとか、したのかも。
シグルド様は優しいから、それを防ぐためにも人と関わることを避けたんだ。
(……ほんのちょっとだけ、わたしと似てるかも)
すべてを持っているが故に寂しかったシグルド様と、
すべてを持たざるが故に周りに意地悪されてきたわたし。
孤独を知っているという点に、思わず共感してしまう。
「あそこでやることと言えば、剣や魔法の訓練の他に読書くらいしかすることがなかった『誇り高きロンディウムの騎士であれ』それが祖父の口癖だった」
お屋敷の中が本棚でいっぱいなことを思い出す。
地下室や書斎だけに飽き足らず、シグルド様は私室も本棚がいっぱいだ。
なるほどと思いつつも、疑問にも思う。
「お爺様……ですか? お父様は」
シグルド様は自嘲するように言った。
「父には嫌われていてな。私のせいで産後に身体が悪くなり、亡くなったんだ。故にロンディウムの血を恨んだ父は酒に逃げ、ルークを愛するようになった」
思わず息を呑む。
シグルド様の瞳はぞっとするほど冷たくて、触れてはいけないものを感じた。
人を傷つけたとか、そんな次元の話じゃなかった。
こんなセンシティブな話、わたしなんかにしていいわけない。
「あの、申し訳ありません……」
謝ってはいけないと言われていたけど、謝らずにはいられなかった。
「気にするな。既に済んだことだ」
そう言ってくれるはありがたいけど、自分のせいでお母様が無くなるなんて辛すぎる。
わたしなんて今でも思い出すだけで泣いちゃいそうになるのに。
そっか。だからルーク様と仲が悪いんだ。
あれ? でもルーク様ってシグルド様の弟じゃなかったっけ? お母さんは……。
「ルークは双子の弟だ」
シグルド様はわたしの心を読んだように言った。
「改めて謝罪させてほしい。私の弟が本当に済まないことをした」
ギョッとした。
道の往来で、シグルド様がわたしに頭を下げたから。
「ちょ、ちょちょちょちょ、頭を上げてください! わ、わたしに謝る必要なんか」
「いや、君の境遇は私がロンディウムを放置したことにも起因する。謝っても足りないくらいだ」
「こうして雇ってもらってるだけでありがたいですから! 大丈夫ですから!」
「……そうか。ならば謝罪はまた後日に」
まだやるの!?
「る、ルーク様とシグルド様は関係ないじゃないですか……そこまでしなくても」
「だが、弟だ」
あ、また……。
シグルド様が遠い目をした時、なんだか胸の奥が疼く。
こんなに近くにいるのに、お支え出来ない遠くへ行ってしまいそうで……。
「いつの間にか、あんなに腐ってしまったが……弟なんだ」
そっか。だからシグルド様は公爵家に帰って来たんだ。
ルーク様とのやり取りを見て、嫌い合ってるのにどうして帰って来たのか不思議だったけど……。
弟思いのシグルド様は、やっぱり『良い』なって、思えた。
「尤も、君にしたことは絶対に許されない」
シグルド様は強く言った。
「罪は償わせる。待っていて欲しい」
「は、はい。お手柔らかにしていただければ……」
「身内だからと言って手抜きはしない」
わたしも人間だから、悪いことした人にはちゃんと天罰が下って欲しいとは思うけど……。
今はもうそんなに恨んだりもしてないかな。
彼のおかげでシグルド様と出会えたんだから、悪いことばかりじゃないし。
「でも、ちょっと意外です。シグルド様はご自分のことを語りたがらないと思っていました」
「……ふむ」
寡黙で優しくて方向音痴さんで、料理が趣味な不思議な人。
他にもいっぱい魅力はあるけど、シグルド様が自分のことを話しているのは聞いたことない。
これがルーク様だったら、自分の功績とか家の自慢を延々として来そうなものだ。
自分でも不思議だったのかシグルド様は口元に手を当てた。
「なぜだろうな。こんなこと、誰にも話したことがない」
「はみゅ? そうなのですか」
「あぁ。ずっと胸の内にしまいこんでいた」
「わたしに、だけ……?」
「そうだな」
「ニ―ナさんにも話したことがない……?」
「なぜニ―ナが出てくる」
「あ、いえ、なんでもないのです。あはは……」
(そっか……)
(わたしだけなんだ……)
強く孤高で、わたしの尊敬する理想の騎士。
そんなシグルド様が誰にも言っていない胸の内を明かしてくれた。
それがなんだか頼られているみたいで嬉しくて、心が浮き立つような気がした。




