第二十三話 花言葉(裏)
「ところでアンネローゼ嬢とはどうだ。上手くやってるのか? ん?」
「ジョンよ。私は心配だ。この男に女性の機微を察せられるとは思えん」
「そこはウチのババアがいるから心配ないだろ。で、どうなんだ?」
シグルドはため息を吐いた。
(……面倒な奴らに見つかったな)
相棒であるジョンは言わずもがな、ニ―ナは騎士訓練学校時代の同級生だ。
シグルドをライバル視していて当時は幾度となく突っかかって来たものである。
今ではシグルドの良き理解者として騎士団との橋渡しをしてくれている。
なまじ悪意がないだけに、シグルドは彼らを無下に扱えずにいた。
「──お待たせしました」
その時、店の奥からアンネローゼが出て来た。
店の入り口から風が吹き抜け、白雪のような髪を揺らす。
「ど、どうでしょうか」
その場の全員が言葉を失っていた。
(……………………ほう)
黒と白を基調とした、肩を出したワンピースは星空のような意匠が施され、触れたら折れてしまいそうな儚さと美しさがある。ルビーの瞳は無邪気さと神秘さを秘めていた。森の中から出て来た妖精と言われたら信じてしまいそうだ。その美しさの反面、まだまだ自信のない白魚の手が震えて、胸の前で弱々しく組まれた。
「あ、あの。やっぱり……」
「めちゃくちゃ綺麗じゃねぇか! いやアンネローゼ嬢、見違えたなオイ!」
「ひ」
「いやマジびびった。貴族の令嬢みたいだ。なぁ?」
シグルドは無言でジョンの襟首を引っ張った。
「大声を出すな、馬鹿者」
「あ? あぁ、悪い……いやお前、感想言えよ。デリカシーなさ男が」
「……」
「ごほん」
男二人を責めるような色で見てからニ―ナが進み出る。
がしゃりと甲冑を揺らした彼女はアンネローゼの前で膝をついた。
「初めまして、お嬢さん」
震えている手を取り、そっと手の甲に口づけを落とす。
「はにゃ!?」
「私はニ―ナ・ケネストル。シグルドの同僚だ」
ニ―ナはアンネローゼを見上げて微笑んだ。
「ご令嬢。良ければあなたの名を聞かせてもらえるだろうか」
「はひ……! あ、アンネローゼ・フランクと申します! シグルド様には大変にお世話になってまして」
「そうか? むしろ貴女がアイツの世話をしていると思うが」
「精一杯お仕えしております!」
「ふふ、そうか。羨ましいな。貴女のような可愛らしい方に仕えてもらえるなんて」
「はみゅ……」
歯が浮くような台詞を平然と告げるニ―ナにアンネローゼはたじたじだ。
側で見ていたジョンが複雑そうに呟いた。
「……あいつ、俺らより騎士らしくねぇか? 女からモテる女は違うな」
「……騎士は口よりも剣で語るものだ」
「貴様のそれは不器用を通り越して愚鈍だ。シグルド」
四大騎士最強のシグルドにそんなことが言えるのはニ―ナくらいだ。
同僚の女は容赦のない舌鋒を閃かせ、不器用な男を一刀両断にする。
「女は言葉にしてほしい時もある。分かれ」
「あ、えっと、別に無理して、あの、そんな」
シグルドは肩を竦めた。
「そもそも、今さら褒める必要があるのか疑問だ」
「シグルド、お前な……」
「アンネローゼが誰よりも美しいのは自明の理だろう」
「ほえ」
「…………ん?」
「もちろん、衣装も似合っているが、本当に彼女の美しさを引き立てたいと思うなら、専門のデザイナーに依頼し、オーダーメイドで作るべきだ」
その場の全員の目が点になった。
シィン、と静まり返った空間の中、少女の頬が真っ赤に色づいていく。
「あ、あぅ……シグルド様……言いすぎです……」
「お前、本当にシグルドか?」
「災魔じゃないだろうか。成り替わってるのかも」
「……張り倒すぞ」
「いやいや、だってなぁ。アンネローゼ嬢、あんたもそう思うだろ?」
「い、いえ……わたしは嬉しい、です」
ちら、ちら、とこちらを見てくるアンネローゼ。
目が合うと、なぜだか彼女は顔を手で覆い隠してしまった。
ニ―ナは微笑み、ジョンと入れ替わるようにこちらに近付いてくる。
「……いい子だな」
「あぁ」
「ロンディウム家の被害者なんだとか?」
「そうだ」
「貴様は……」
ニ―ナは言おうか言うまいか迷うように間を置いてから、
「彼女のことをどう思っている?」
シグルドはニ―ナを睨みつけた。
「下世話な勘繰りはやめろと言ったはずだが?」
「そうではない。ただ、彼女が貴様にとってどういう存在か気になっただけだ」
罪滅ぼしの対象。守るべき存在。優秀な侍女。
おそらくニ―ナが求めているのはそういった答えではあるまい。
シグルドはアンネローゼのほうを見た。
「……」
よく笑うようになった、と思う。
迫害と虐待から逃れるための作り笑いではない。
誰もが立場や力を求めて近づいてくることを思えば、彼女の笑顔は何の打算もない。
ただ心から笑っていることが分かるから、シグルドも肩から力が抜けるのだ。
ジョンと話す彼女も、花のように笑って──
もやぁ。
「……む」
胸の奥に違和感があった。
痛いわけではない。ただ不快な感触が残っている。
「…………これは野暮だったかな?」
ニ―ナは分かったように笑った。
「我々は本来の職務に戻るとしよう。おいジョン、行くぞ」
「ちょ、待て、まだ聞きたいことが……どいつもこいつも俺の休暇を何だと思ってやがる?」
ジョンに引っ張られていったニ―ナである。
店員と話す彼らをよそにシグルドはアンネローゼの下へ。
「いくつか選んでいたように見えるが、それが気に入ったのか?」
「は、はい……あの、でもわたし、お金が……」
「言っただろう。侍女の身支度を整えるのは私の仕事だ。今回は経費で受け持つ」
「ふぇ!? そ、そんな……でも……」
シグルドは店員に話しかけた。
「悪いが、先ほど選んでくれた服を全部貰えるか。これは着たままで」
「はい、かしこまりました!」
「あ、あぅ……本当に買っちゃうんですか……」
「無論だ」
シグルドもだんだんとアンネローゼの扱いが分かって来た。
こういう時、彼女には無理やり受け取らせるのが一番いいのだ。
「行くぞ」
魔法袋に入れた服を持ち、シグルドたちは店を出た。
アンネローゼはニ―ナたちのことをちらちら気にしていたようで、店を出る前も会釈をしていた。彼らが見えなくなると、アンネローゼの手が伸びてくる。
「む」
「あ、えっと……道案内用、です」
上目遣いでシグルドを見ながら、その手は裾を掴んでいる。
遠慮がちな手を見たシグルドは無理やり手を握った。
「はみゅ」
「……」
じっと見つめると、アンネローゼの頬は仄かに色づいた。
「あ、あの。シグルド様、どうかされましたか。さすがにそんなに見られると恥ずかしいと言いますか……」
「いや、なんでもない」
シグルドは握っていないほうの手て胸の上を押さえた。
先ほど店の中で感じた違和感はどこにもない。
「少し変な感じがあったんだがな」
ほんのりと口元を緩める。
「君の手を握ったらどうでもよくなった」
「そ、そうですか。お役に立てて何よりです」
アンネローゼは髪をいじいじと触り、「よし」と意気込む。
「さぁ、行きましょう。次は本屋さんです。わたしが方向音痴さんをしっかり導きますから!」
「……」
素直に肯定したくないシグルドだった。




